第6話

 両脇に草の茂る勾配のある山道を彼は歩く。先週の夕方に知人と一緒に歩いて家へ向かうのと違って、こんな道を通らないと着けない家なんかに住みたくはないと思った。いくつか知っているハーブも今は見分けられる。話すことに夢中で道を見ず、心にもない不平を口にして同調していたから、時刻は違えど景色も違って見える。陽の沈む前の爛熟した色ではなく、暑さの行き過ぎて停滞する眠気の時は深夜のように深閑として、一人置いてけぼりにされたような捉えどころのない眩しさは、旺盛な植物の色が蛇のようにぎらついている。土竜が地中を掘り進めるごとく知人の家へ向かって登る。新しくない一戸建ては手に負えず、成るに任せっきりの茂みに巻かれている。夏の小道を抜けて、実家の二世帯住宅に住んでいる祖父母のいる田舎の扉を前にした誤想の焦げ茶色の木戸を前に立つと、玄関脇に、濃い青を背景に赤が点点とするコペンハーゲンと英文字の書かれた愛着のある傘が待ちくたびれて壁に寄りかかっている。(サア、コノママ帰ロウカ)傘に手をかける前にチャイムを鳴らして、挨拶だけはしておこうと彼は身構えて、ひょっとしたら今日は出かけていて誰もいないのではないかと期待した。すぐに控えめな分だけ健康な旦那さんが出てきてた。(夕立ガクレバイイノニ)コーカソイドの血が混じっているであろう中年の奥さんは出かけているらしく、この家でのバーベキューをしながらの花火見物に誘ってくれた女性が友人と一緒に由比ヶ浜にいると教えてくれた(アノ喧騒ノ中ニ)。

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