第5話
ナンテ人混ミナンダ。ナンデコンナニ人ガイルンダ。ビーチサンダルの上で傷口はずきずき痛むなか、花火はどうだったのか覚えていないが、きっと綺麗だったのだろう。竜宮城ハ、着物ヤ裃ヲ着タ鯛ヤ平目ガ酒ヲ注ギ、御馳走ヲ給仕スル所デハナク、壊レタ水道管ミタイニ人人ヲ溢レサセル所ダッタノダ。大きな椰子の木がそそり立ち、日本にも南国の植物があるのだと、薄暗い夜の道路沿いで外灯に照らされながら落ちない命の力強さを見ていたな。祭リノ後ノ通リ雨ノセイデ湿度ハ数値デ計レナイ。真水ノ湿気ト、人ノ汗ニヨル湿気ニ、潮カラ蒸気シタ塩分ヲ含ム湿気ガ、ソレゾレノ限界値マデ高メラレテ、アラユル生物ガ蠢キ出ス条件ニ整エラレテイル。新年に打ち上げられた寒空の下の西洋の花火とは趣がまるで異なっている。新年ノ初詣デモコンナニ人人ハ集マラナイダロウニ、何ニ濡レタカ額ヤ腕、脇ノ下ヤ背中ニ、陸ニ打チ上ゲラレタ海月ミタイニ誰モガ汗ヲベタツカセテイル。ぬるぬるシテイルナラ滑リガ良クナルノニ、逆ニ肌ト肌ハ引ッカカリヤスク、誰カノ腕ノ毛ノ一本サエ感ジラレル密着ハ、触レテイナイ腋ノ毛ヲ触ラサレテイルヨウニ癇ニ障ル。生コンの砂浜にサーフィン以外の目的で来ることは今後ないだろうな。花火大会ノ開始時間モ調ベズニコンナ所ヘ来テシマッタノモ、内気ガ原因ダ。男ラシク前前カラ誘ッテオケバナァァ、仲ノ良イ周リノかっぷるハ皆花火大会ヘ行キ、彼女モ行キタクテ、誘ワレルノヲ待ッテイルノダカラト、ソノ日ノ昼過ギニ知ラサレタカラ。今日は波の高さが足りない。崩れそうで崩れない分厚いショアブレークだ。コンナ日ニ合ワセテ自分ヲ嫌ウドコロカ、呪ッテイルダロウ。帰ル人ガ次次ト駅ニ入リ込ンデ来テ、身動キガ取レナイ。炎天の太陽はまだ日が高い。砂は懐かしい温度に焼けていてフライパンと卵を落としたくなる。片瀬江ノ島駅ニ着イタノガ花火ノ終ワッタバカリナンテ、ワザワザココマデ何シニ二人デヤッテ来タノダ。打チ上ガラナイ花火ノ為ニ人ノ流レニ逆ラッテ駅ノ外ヘ出ナケレバナラナイナンテ、無駄ニモ程ガアル。何もすることがない。花火の上がるまであと三時間以上ある。持ってきたトルストイでも読んで時間を潰そう。後ロノ彼女ヲ見ナガラ体達ノ逆流ニ敵意ヲ持ッテ突キ進ンデイテハ、コノママオ互イ離レ離レニナル。長袖と長ズボンにスニーカーだなんて、夏の砂浜に合わない服装は自分だけだろうな。友人ノ紹介デ付キ合イダシテカラ三ヶ月目カ、オトナシク、彼女カラ話シヲスルコトハホトンドナク、二人デイテモ黙リコクルバカリデ、顔モたいぷジャナイノニ、義理ト申シ訳ナサデ告白シテモ、週ニ一度連絡スルクライデ、男友達ト一緒ニ遊ブホウガハルカニ気楽デ、放ッタラカシニシテイタ。陽はわずかに赤味を帯びてきたぞ。朝からの海水浴以外の人もちらほらとやって来た。異性ノ体ニ興味ヲ示スサカリツイタ高校生ナノニ、未ダ手サエ触レズニイルノハ弱サカラダト知ッテイタカラ。自分に似た服装の人もいる。砂浜はたしかに人に埋められていく。昼過ぎはあれだけ人が少なく、本当に今日は花火大会かと疑うほどだったのに。必要ニ迫ラレテ不意ニ彼女ノ手ヲ握ッタ。スグニ指ト指ヲ一本ズツ交差サセテ、一歩ヲ踏ミ出シタ勢イデ二歩目ヲ踏ムノヲ、決シテ離シテハイケナイ今ノ状況ヲ言イ訳ニシテ。席取りは二人、三人と増えると、遅れてやって来た場合にはほぼ間違いなくいさかいが始まる。一人は隙間を見つけて自分の条件で座る場所を決められるから、融通がきくけれど、やっぱり寂しいものだ。必死ナノハ自分ダケデハナク、帰リ客モ同様ラシイ。彼女ハ辛ソウナ顔ヲシテイテモ、一言モ文句ヲ言ワズ、自分カラノ問イカケニモ、眉ヲ顰メタママ小声デ頷クダケダ。一人でいる女性をついつい探してしまう。若いのから年増まで、姿は問わず、夏の欲情による異性への求めが対象を絞る。色色ナ人人ノ体ト擦リ合ワセテイテモ、手汗デ同化シタ柔ラカク小サイ手ノ温モリハ、夏ノヒョンナ熱ニ陥ラナイ抑制ノカカッタ熱デ、暗闇ニ物ヲ捕マエル実感ハ、五感ノ九割ヲソコダケニ集中サセテ貪ル自分ガイタ。空は薄暗く、砂浜は人で埋められ、自分の隣にも人がいて、会話もやりとりも聞こえて、どんな関係であるか否応なく知ってしまう。改札ヲ抜ケタノハ覚エテイル。ソレカラドレダケノ時間ヲカケテ肉ノとんねるヲ押シ退ケテキタノダロウカ、気ガツケバ橋ノ上デ、手ヲ繋ガナクテモハグレルコトハナクナッテイタ。花火が打ち上がった。すごい迫力だ。近くで見るとこんなにも視界と空一杯に広がり、時間差のない音は体の奥まで振動を伝えるのか。潮カ、雨カ、人ノ体液カ、道路ハ湿ッテイテ、暗イ砂浜モ湿ッテイルヨウダ。彼女ハ何モ言ワズニ手ヲ繋ガレタ儘デイル。マルデ奴隷ダ。一人で観る花火は分析を押しつける。歓声を上げて共有する者を持たないから、周りの声の原因を探り、人に受ける花火を解析する。ドンナニトンデモナイ殺風景ナ所ヘ来タッテ、苦労シテ来タノナラ、少シハ特別ナ風景トシテ目ノ前ニ広ガリ、休憩ヲ欲シテ、スグニ引キ返ス気ニハナラナイ。彼女ニ声ヲカケテ、てとらぽっとニ近ヅイタ。花火は豪勢に終わり、人人はすぐに帰路へと向かい出す。江の島ハ明ルイガ、波ノ音ダケノ見エナイ海ハ深サガ見エナイ。すぐに立つ気にはなれない。てとらぽっとニ座ロウト思ッタガ、足ヲ滑ラセテハイケナイシ、湿ッテイルカラ尻ガ濡レテシマイソウダ。乾いた砂に座っていたのに、汗か、砂の底からの湿気か、尻が湿っぽい。駅ヘ向カウ人ヲ背ニ、手ヲ繋イダ儘彼女ト突ッ立ッテ花火ノ上ガラナイ海ト空ヲ見ル。昼の暑さはもういない。ヒンヤリスル湿ッポイ風ガ、海上から吹いていて、手ヲ繋グ二人ノ間ヲ、見開いた目を通り過ぎて、花火ニ消エタ夜空ハ、一人ばかりの存在が募り、手ノ温モリガ目ヲ瞑ッテモ大キク光ヲ放チ、やケに海ト空が大キく呉須ニ滲んデ感じタ。
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