第3話

 割れた瓶の破片を踏んづけて足の裏にえぐられた浅くない傷ができてしまった。江ノ島が湯気を出して仁王立ちする橋のたもとで、重みさえ感じる太陽の射光に傷を照らしてみると、旨みさえ覚える真紅の血が横溢していて、クリップの形に奥行きを持たせた傷口に砂は深く混ぜ込まれていて、きれいに除去する気にもならない面倒な具合となり、まだまだ長い一日の新奇な真夏の砂浜での遊びに厄介な重石をつけられてしまった気がした。痛みよりも鬱陶しさが勝ったから、子供らしい欲を王様とする従属により、傷口にさらに砂が入ることを気にせず、油に汚れた手を洗うために砂をすくってそそぎ落とすのと似た考え方のもと、何も気にかけず砂浜を駈け、海に入り、ただ痛みだけを我慢して、磯のフナムシを追いかけ、砂の中からほじくり出した小さなワタリガニのような蟹を手に捕まえ、サワガニと比較にならない豪壮な甲殻に飼育してみたい気持ちを募らせた。どのように誘われて西浜海岸へ来たのかまったく知らず、物心がついてこの世に生きていることを気づき知ったように、いつの間にか海という言葉から喚起される映像とかけ離れて臭く汚いじめじめした砂のこの海で友達と二人で遊んでおり、夕方まで夢中に遊んで、虫かごに入れて持ち帰りたい生き物に名残惜しさと悲しさをひっかけたまま、友達のお父さんについていけば帰らせてもらえるのかと思いきや、暗い夜に明かりが浮かぶ人人と屋台の中を歩かされ、ホットドッグや焼きイカなどを食べさせてもらい、テトラポットに腰掛けて初めて間近に花火を見るという鮮明な体験を得ることになり、その後どうやって家に帰ったか、眠気や疲れをやはりまったく覚えていないが、ボールペンが手の平に突き刺さって肉に染みた黒インクが何年も残り続けるように、足の裏の傷口はなかなか治らなかったばかりか、えぐり出したくなる砂粒を記憶の刻印としていつまでも残していた。

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