第5話 本当は
何度もお邪魔したことのある浩志の家は、住人を一人失い静寂に満ちていた。浩志の母親は疲れ果てたような顔をしていたが、俺達がやってくると、かすかに笑みを見せて家に招きいれてくれた。
初対面の光輝を紹介して二人で浩志の祭壇に手を合わせる。浩志の両親と会うのは葬式以来だ。リビングには浩志の父親もいたので、四人で席につく。二人とも痛々しいほどにやせ細っていた。
「二人とも浩志のためにありがとうね」
「いえ、そんなこと……」
「そういえば、裕君は浩志の話を聞きたいって言っていたけど、どういうことを?」
浩志の母親が不思議そうな顔でこちらを見る。
「……そのお二人に辛いことを思い出させて悪いんですけど、浩志が事故にあった日のことを詳しく聞きたいんです。どうして浩志はあの場所にいたのか。それと……妹の美優のことなんですが浩志が事故にあう数週間前にここに来ませんでしたか?」
俺の言葉に浩志の両親はお互いを見やり、結局口を開いたのは浩志の父親の方だった。浩志は父親のほうによく似ていた。精悍な顔立ちの人だったのに、今はひどく頬がこけていてそれが辛い。
「それが私達にもよく分からんのだよ。家からの帰り道にしては少し遠い寄り道になってしまうし、なんであそこで事故にあったのか。元々あそこは交通事故が多かったから、浩志自身も気をつけていると思っていたんだけど」
「浩志は一人だったんですか?」
「通報してくてくれたのは、周りにいる人達だったらしいから。多分そうだと」
浩志の父親はそう言って小さなため息をつく。
浩志が亡くなった日は平日の夕方ごろだった。丁度俺は全休の日で学校に行かなかった日。綺麗な夕暮れで染まった空の下で浩志は死んでいった。浩志の母親が次の質問に答えてくれる。
「美優ちゃん最近まで来ていたから、多分裕君が言う数週間前も来ていたと思うけど」
「最近まで?」
美優は俺の知らない間によく浩志の部屋を訪れていたらしい。俺の知らない時に二人が会っていたのは覚悟していたが、それが何度もあったとは思いもしなかった。隣の光輝が心配そうな瞳でこちらを見ているのが分かる。
なんだが本当に一人だけ取り残された気分だ。
「二人は付き合っていたんですか?」
俺の代わりに光輝が聞いた。
「付き合ってはいなかったみたい。美優ちゃんが大学に入ってからはよく浩志の部屋を訪ねていたから、二人とも付き合っているのかなって思っていたんだけど……」
―――俺と美優はそんな関係じゃないよ、母さん。
「なんてこと真顔で言われて、怒られちゃった」
「……そうなんですか」
浩志なら笑い飛ばして済ませる話だと思っていたので少し意外に感じる。だったら浩志と美優は本当に何も関係ないのだろうか。
「すみません、浩志の部屋見せてもらってもいいですか?」
そう言うと浩志の母親が辛そうな顔で目を伏せる。
「浩志がいなくなってから、あの部屋の物は何一つ動かしてないの。あの子がまだいるような気がして……。もし欲しいのがあったら遠慮なく言ってね。浩志の遺品として持っていってほしいの」
「はい、ありがとうございます」
浩志の両親は部屋に入らないらしい。俺は光輝と一緒に二階の浩志の部屋に向かった。
久しぶりに入った浩志の部屋は、空気がこもっているためか少し息苦しくも感じた。壁一面にある本棚から、あふれ出た本が山積みになって棚の前に置かれている。
俺は窓を開けて部屋全体を見まわした。明るい陽が木漏れ日のように部屋に差し込む。入ってきた風がカーテンを揺らした。部屋の住人がいないせいか生活感の感じない部屋。勉強机と小さなテレビに二人掛けのソファ。よくここでテレビゲームをしていたのを思い出す。
「……浩志って本たくさん持ってたんだな」
光輝が本棚にあった本を一冊とってそうつぶやく。世界的に有名な探偵が活躍するその本は、確か浩志のお気に入りだったはずだ。
俺も本棚の本を眺めるとここ最近増えたのか、コミックスやライトノベルなど近代的な物がかなり増えていた。しばらくそれを見てから浩志の机へと足をむける。
机の上には白いパソコンが置かれていたが、それを開けるのはためらう。これを見るとしたら一応浩志の両親の許可はとっておこう。心の中で親友に謝ってから、ひとまず浩志の机の引き出しを見ることにする。上から順に開けていくが文房具や大学のノート、教材があるだけだった。
一番下の少し大きめな引き出しを開けるとそこに入っていたのは、使い古された数冊のノートと一冊の手帳だった。中身をめくると、手帳の方はどうやら日記のようで数冊のノートには乱雑にメモのようなものが書かれている。
「何かみつかったか?」
「いや、なんか手帳みたいなものとノートが」
そう言って光輝に数冊ノートを渡して見てもらう。黒革の高そうな手帳は初めて見るものだった。汚れもないのでいつもは持ち歩いていないのだろう。開けてみるとそれはスケジュール帳だった。学校から配布されているのではなく、浩志が自分自身で買った手帳。中身には予定が事細かに書かれていた。誰とどこへ出かけるのか、どうやら私事で使っていたらしい。
四月からの予定を見てみると俺と美優、浩志の三人で遊んでいた予定の他に三週間に一回の割合で美優と浩志二人で会った予定が入っていた。めくっていて気づいたのが美優とあった時の要件だ。
例えば
五月八日 美優 十三時 途中経過
そこからずっと途中経過という言葉が続いて、
八月二日 美優 十四時 評価
九月十一日 美優 十三時 完成
と書かれている。特に九月に美優と会った日には赤丸がついていた。
「裕、見てくれこれ」
唐突に光輝がそう言って俺に先ほど渡したノートを渡してくる。
「何だったこれ?」
「小説のネタ帳みたいなものだ。……浩志小説書いてたんだな」
光輝がそう言って、ページを何枚かめくる。そしてある所で手が止まった。
生と死との境界線。ある男の罪の告白。
「これって……」
「境界線の小説を書いたのは、美優じゃない。浩志だったんだ」
だがそこで疑問が出てくる。だったらなぜ美優は嘘をついたんだ。
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