第4話 手がかり

 

 美優は何かを隠している。それはもう確信に近かった。だが美優が変わろうとした原因が分からなければ、その何かも分からないだろう。


「俺が部屋に引きこもっていた一か月間の間に何かあった……」


 それが一番妥当な考えであろう。

 まずそれが、浩志の死に関係あるのかどうかだ。自室のベットに寝転がり目を閉じる。美優にとって浩志は兄の友人という立場でしかないと思っていた。浩志にとっても。

 でも本当は違うのかもしれない。

 微睡む意識の中で俺がいない二人だけの姿が見える。それが現実か幻か分からないまま、意識は闇に途切れた。



 

 浩志の母親に聞けば何か分かるかもしれない。その考えにたどり着いたのは、母親との会話だった。

 一限目が休講になったと嘘をついて、朝食の時間を美優とずらし母親と二人っきりで朝食を食べる。何か言われるかと思ったが、久しぶりに一緒の朝食の席に着いたのが嬉しかったのか、母の機嫌は上機嫌だった。


「美優と浩志君?」

「あの二人って仲良かったかなって思って」


 美優も母親になら何か言っていると思ったが、特に何も聞いてないらしい。二人で出かけに行くという話も聞いたことがないようだ。俺が浩志の話を持ち出したことで心配になったのか、真面目な顔でこちらを見る母親の表情に少し胸が痛む。最近はこういう表情をさせることが多くなった。いつも気を使わせてしまっている。


「仲は悪くなかったと思うけど。どうしてそんなこと聞くの?」

「いや、ただなんとなく」

「……そう」


 探るような視線を感じるが、手元のフォークに意識を向けて黙々と朝食を口に運ぶ。久しぶりのスクランブルエッグを口に運び、そういえば久しぶりにまともな朝食を食べたなと舌が感じたのが分かった。部屋に引きこもっていた間はほとんど差し出された朝食を食べてなかった。家にストックしてあった菓子や、コンビニでの軽食で済ませていたためだ。


「美優は浩志君に懐いていたけどね。浩志君も美優のこと妹みたいにかわいがってくれていたから」

「まあ、確かに」


 小さい頃からこの家に遊びに来ていた浩志は、家によくいる美優にも優しく接していた。口数の少ない美優だが浩志が来るときは俺の部屋に遊びに来たりと、嫌ってはなかったのだろう。


「それに、この前だって三人でいたんでしょ。試験が近いから浩志君の家で勉強やるって美優が言ってたし」

「えっ……それっていつの話?」

「浩志君が事故にあう数週間前だったかな。あんた達いつも三人で仲良くしてたわよね」


 その時期なら確かに試験期間だが、俺は浩志の家にいっていない。

 だったら、それは美優の嘘だ。多分浩志と二人きりというのが母親に言えなかったからそう言って誤魔化した。でもなぜ二人で?


「裕、あんた大丈夫?」

「……大丈夫。そういえばそうだったわ、忘れてた」


 ごちそうさまと言って食器を片付ける。母親の心配そうな顔がまだ離れない。


「あと裕、美優に会ったら遅くまで遊ばないように注意しといてくれない。最近のあの子私の言う事ちっとも聞かないのよ。頼むわよ、お兄ちゃん」

「うん分かってる」

「悩みがあったら私でもお父さんでもいいから言いなさい。私達はあんたたちの親なんだから。裕もそうよ、辛くなったら言いなさい」

「……うん」


 母親の懇願するような声にただ頷く。自分を心配してくれる存在がいるだけでこんなにも心強い、ただそれと同時にこれ以上心配かけさせたくないという気持ちも生まれる。

 母親の心配そうな顔はいつだって胸が痛い。


「ご飯ありがとう」


 部屋に引きこもっていた間、作ってくれたご飯に何も手をつけなかった謝罪の意味もあった。気恥ずかしさに急いで部屋に戻れば、視界の端で母親の久しぶりの笑みを見た。




 浩志の母親に連絡したところ休日なら空いているということなので、今週末に伺うことになった。浩志の話を聞きたいと言ったところ快く承諾してくれたので、ありがたく行かせてもらう。その話を光輝に話すと、一緒に行きたいという事なので休日に二人で浩志の家に向かうことになった。

 浩志の家に行く約束の時間より早めに待ち合わせをして、二人で向かう。行く途中、事故があった交差点に寄れば紫の花や、缶ジュース、お菓子などが供えらえていた。誰かが浩志を悼んでくれている。俺はその場所に立ち止まりゆっくりとしゃがんだ。みずみずしい花の香りが辺りを漂う。


「いまだに浩志がいなくなったなんて信じられないよ」

「二人とも仲良かったもんな」


 光輝の優しい言葉がしゃがんだ俺の背中にかかる。浩志と光輝は俺を通じて友達になったが、光輝は浪人して一つ年上のためか、俺達二人がいるときは一歩引いて見守っていた感じがあった。


「昔からの幼馴染なんだろう?」

「ああ、一時期俺が引っ越して疎遠になったこともあったけど、高校の時再開して大学まで腐れ縁だった」

「じゃあ長い付き合いだったんだな」

「一番長い付き合いの友達だよ」  


 しばらくお互い黙りながら事故現場を見つめる。人生で一番長く居た友人なのに、俺はあいつの死に際にいなかった。死ということを他人事に考えて、自分の周りには降りかからないと思っていたのがこの結果だ。そっと息を吐く。待ち合わせの時間が近くなってきたので重い腰をあげた。


「俺も昔大切な友達を事故で亡くしたんだ。この交差点で」

「えっ」

「昔から事故が多かった場所なんだろうな。そこにある紫の花とかもよく供えられていたよ。だからお前の気持ちもよく分かる」

「……でも光輝が同行してくれるのはちょっと意外だったな」

「そうか? 俺もあいつのこと知りたかったしな」

 

 真面目な顔で光輝が言う。


「お前ほどそんなに一緒にいなかったけど、自分の見た印象と他人から聞いたものって必ずしも同じものじゃないだろう。人にはいろんな側面があるから。……自分の見てた浩志が正しかったのか、とかな」

「……そうだな」


 新しい側面を見たとき、それが自分の見てたものとかけ離れていたら。


 そうだったら俺は。

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