第24話 巣立ち

「ひーちゃん、どうした?」

「あ、ごめん。何だった?」

「なんかボーっとしてたから」


 しまった。ちーちゃんが来てるのに、その存在さえも忘れるなんて、どうかしてる。


「一年、あっという間だったなぁって思って」

「そっか、ひーちゃんが転職してきてもうすぐ一年かぁ」

 プロポーズするって約束してたけど覚えてるかな? やっぱりそれなりの雰囲気作ってからかなぁと、最近は、そんなことを考えていた。

 でも今日は、他のことでボーっとしちゃってた。


「ねぇ、やっぱり今日なんか変だよ?」

 ちーちゃんには、少しの変化もバレバレみたいだ。

「実はね、息子の進路が決まってね」

 今朝届いたメッセージに報告があったのだ。

「そうなんだ、おめでとう」

「うん、ありがとう」


「--遠くに行くの?」

 じっと私の顔を見つめてからの言葉に驚いた。そんなに顔に出てる?

「ん」

「寂しくなるね」

「喜んであげなきゃいけないのに--」

「しょうがないよ、人間だもん。会えなくなるのは寂しいでしょ」

 ちーちゃんの顔が近づいてきた。

 唇が軽く触れた後、抱きしめられた。

「泣いていいよ」

「そんな、泣くほどじゃないよ」

「気付いてないの? さっきから溜息ばっかりだよ」

「ごめん」

「謝らなくていいから、思ってること吐き出しちゃいな」

 頭を撫でながら、優しい声で優しいことを言う。ちーちゃん、カッコいいな。


「今までだって、たまにしか会ってなかったから変わらないと思うんだけどね。それでも、いつでも会える距離にいる安心感があったんだなぁって。子供なんていつかは巣立っていくもんだって分かってはいるんだけどね。距離だけじゃなくて、遠くに行っちゃうんだなぁって。自分から家を出ておいて勝手なことばかり言ってるよね。最低な母親だ」

 ちーちゃんの肩に頭を預けながら、思いを口にして、そして泣いた。泣くつもりなんてなかったのに、自然に涙が出てきた。ちーちゃんの言うとおりだったなぁーー違うか、ちーちゃんが泣かせてくれたんだ。


「ちーちゃん、一緒に暮らそ」

「うん、いいよ」

「え、嘘、今声に出てた?」

「おもいきり」

「やだ、撤回」

「は、まじで?」

「だって、こんなついでみたいなプロポーズ嫌でしょ?」

「いいよ、ひーちゃんの心の声でしょ? 何より嬉しいよ」

「指輪のひとつもないんだよ?」

「ひーちゃんが一緒にいてくれれば何もいらないよ」

 ちーちゃんってば。

「男前すぎん?」

「今、知ったの?」

 ちーちゃんは、クスクスと笑う。

 私の涙もいつの間にか乾いていた。

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