第17話 焼き上がるまで

「今日のおやつはシフォンケーキだよ、楽しみにしててね」

 まだ半分寝ているであろうベッドの上のちーちゃんに声をかける。

 昨日、ようやくオーブンレンジを買って、お菓子作りに挑戦だ。

 まぁ、レシピはあるし、以前も作ってたから大きく失敗することはないだろう。


 当分起きて来ないだろうと思っていたちーちゃんが、ガバッと布団を跳ね除けて起きた。

 なに? どうした? 珍しい。驚いていると。

「私も一緒に作る!」

「えっ、あ、うん。いいけど」


 身支度をして、簡単に朝食を食べてから作ることにした。

「まず、卵を黄身と白身に別けるんだけど......私がやるね、見てて」

 話してる途中からジト目で見られた。


 そういえば、先週もご飯を作ってる時に「手伝う」って言って、卵を割ってもらったら失敗してグチャってなってたな。卵関係は私がやった方がいいのかな?

 殻を半分に割って、黄身だけを残しながら白身をボウルへ落とす。慣れれば簡単だけど初めからは無理だよね。

「凄い」

 真剣な目で食いついていたので、つい。

「やってみる?」

 と言ってしまった。

「うん」

 と元気よく頷いた顔を見れば、なんだ、やりたかったのか。と微笑んだのも束の間、グチャ! という音がして凹むちーちゃん。

「大丈夫だよ、これで後で卵焼き作ろ」

「ごめんなさい」

「失敗しながら上手になっていくんだから」

 そんな不器用なところも可愛いと思ってしまうのだけど。

 ちーちゃんは、すっかりいじけてしまったようだ。顔を見られたくないのか、私の後ろに回り込んで。

「今日は見るだけにする」

 ん? バックハグ?

 背中に当たる柔らかさを感じながら、作業を進める。

 幸せだぁ。

 これは、ちょっとしたご褒美みたいだ。

 メレンゲを作り、泡立てた卵黄液と混ぜて、型へ流して。

「さ、あとは焼くだけ」

 オーブンに入れスタートさせる。


 腰に絡められてた腕をほどき、ちーちゃんと向き合う。

 目を伏せた顔を上げさせるために、両手で頬に触れる。

「可愛い」

 そのままチュッと軽めのキスをした。

 ちーちゃんは私の手に触れた。

「ひーちゃんの手、甘い匂いがする」

 と、チロっと舐めた。

 このままイチャイチャモード突入か?

 焼き上がるまで、あと28分!




 唇が離れ、さぁこれからって時に。

「洗いものくらいは私がするね」

 と、ちーちゃんは洗い始め、お預けを食らう形になった。

 ならば、と。

 今度は逆に私が後ろから抱きついて、ちーちゃんの手元を覗き込む。

「ちょっとー洗いにくいよ」

 と、邪険にされながらもくっついていた。


「そういえばさぁ、最近よく手伝ってくれるよね、なんで?」

 気になっていたことを聞くと。

「料理が上手な子が好きなんでしょ?」

 意外な答えが帰ってきた。

「えっ、なにそれ?」

「施設長と話してたじゃん」

「ん?」



 あぁ、そういえば。

 ちょっと前に職場で、雑談の際にそんな話したっけ。

 施設長もバツイチの女性で。

「一人は寂しいよね、どこかに良い男いないかなぁ」みたいな感じで振られたから。

「私は別に」って言ったような気がする。

「もう男は懲り懲り?」

「そうですねぇ、彼氏より可愛い彼女がいいですね、美味しいご飯作ってくれる子が欲しいです」

「あ、それは私も!」

 と、施設長も乗ってくれて、冗談で笑い話にしたんだった。

 ーー前半は本音だったけれどーー


 あれを聞いてたのか。

 それで、今まで苦手だった料理をしようとしたの?

 なに、この子。

「ちーちゃん、可愛すぎるんだけど」

 もう、洗いものなんて後でいいから。

 ひたすら抱きしめた。

「ちーちゃん、やばい! 好き!」

「料理出来ないよ?」

「そんなのいいよ、大好きだから」


 この後、焼き上がるまでひたすらイチャイチャした。

 焼き上がるまで、あと13分!

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