第16話 自立

 意識が浮上していた。起きる瞬間。まだ目は開いていないけど、隣にちーちゃんがいるのが分かった。

 あぁ、なんだか幸せだなぁって思いながら目を開けた。

「あ、起きた?」

 もしかして、寝顔見られてた?そう思ったら恥ずかしくなって。

「あれ、これ朝チュンってやつ?」

 と言うと。

「うん、お昼だけどね」

 冷静なツッコミが来た。


 そうだった、夜勤明けだった。

「どれくらい寝てた?」

「2時間くらいだよ、もう少し寝る?」

「いや、あんまり寝ちゃうと夜寝れなくなっちゃうから起きる…あ、今日泊まってく?」

「ん〜今日は帰ろうかな。最近親がうるさいから」

「そっか」

 残念な気持ちを隠し、シャワーを浴びるためにベッドを出た。

 さっぱりしてから昼食を作り、一緒に食べた。その後はパソコンに向かった。

 ちーちゃんはテレビを見たり、スマホをいじったりしていた。


「ちーちゃん、ごめんね」

「何? とつぜん」

「さっきの話だよ、外泊多いからいろいろ言われちゃってるんでしょ? 私のわがままで引き留める事が多かったなぁって」

「なんだ、そんなことで元気なかったの? 怒ってるのか眠いのかと思ってたよ」

 だからイチャイチャするのも控えてたって。えっ、そうだったの?

「控えなくてもいいのに」

「じゃ、来て!」

 ソファで両手を広げるから、素直にダイブする。

 胸元に顔を埋める至福の時。


「親は、外泊がダメって言ってるわけじゃなくてね、なんていうか逆?」

 優しく髪を撫でながらも、言葉は何故か言いにくそう。

「ん?」

「もういい歳だから、早く出てって欲しい、、みたいな」

「早く結婚しろって?」

「うん、まぁ」

「そっか」

 そっか、そうだよね。次の言葉が出てこない。

 顔を見られなくて良かったな、きっと情けない顔をしてるから。

 しばらく上げられそうにない。


※※※


「ひーちゃん? あれ、寝ちゃった?」


 本当は言いたくなかったんだけどなーー特に結婚というワードはーーでも否定は出来なくて。


「起きてる」


 私の胸にスッポリ収まってる頭を軽く撫でる。

 気にしてるのかな?


「何、考えてるの?」

「ん?」

「顔、見せて」

「やだ」

 案外、頑固なひーちゃんを宥めるには。

「キスしたいな」

 可愛く言ってみる。


 モゾモゾと動いて顔を上げた、と思ったら押し倒された。

「うっ、、ん」

 そりゃキスしたいとは言ったけど、最初から激しいな。

 散々、口内を弄ばれた後ようやく目を合わせたら。

「泣きそうじゃん」

 再び、ぽふっと、頭が腕の中に納まった。


「ねぇ、ひーちゃん。私のために別れようとか考えてないよね?」

 ぶるぶると頭を動かしている。

「結婚なんてしないから。しないって、親にもちゃんと言ったから安心して」

「ほんとに? ねぇ、ちーちゃんはほんとにそれでいいの?」

「いいに決まってる。好きでもない人と結婚したってうまくいくわけない。そんなこと、ひーちゃんが一番分かってるでしょ?」

「うっ」

 あっ、また傷つけてしまったかも。

「やっぱり、今日も泊まろうかな。だから拗ねないで、ね!」

「ポンポンして」

 また、可愛らしいリクエストがきたな。と思いながら背中をトントンと叩く。

「結婚はしなくてもそろそろ自立はしなきゃなって思ってる。一人暮らしか、いっそのこと、ここに来ちゃおっかな、なんて」

「ここは二人じゃ狭いよ」

 即答で断られた?

「そ、そうだよね」


「ポンポン」

 ん? あぁ、手が止まってたか。


「一人だと家賃も負担だからさぁ、二人で新しくルームシェアとか、どう?」

「ん〜、、半年待って」

「は?」

 半年? って、6ヵ月だよね?

 えっ、まじで?


「ねぇ、ひーちゃん。ん?」

 嘘でしょ。

 なんで寝てんの?



 なんだかとっても気持ち良さそうに寝てるんだけど。


 ねぇ、どう思ってるの?

 半年って、なに?

 半年後には、私たちどうなってるの?

 何の保証もない、この関係。

 半年と言わず、たとえば一月後にはただの同僚に戻っていたりするのかな?

 ずっと一緒にいたいと思ってるのは私だけなの?


 しかし、この寝顔は狡い。

 人の寝顔って普段の三割増しで可愛いくないか?

 好きな人なら尚更だろう。

 無防備で安心しきってる感じも。

 やっぱ、狡い。


 きっと同僚に戻っても、嫌いになれないんだろうな、と思う。



「あれ? また寝ちゃってた」

 ひーちゃんは、30分くらいで起きた。

「ゆっくり寝た方がいいんじゃない? 中途半端だと疲れが取れないよ。私は帰るから」

「帰っちゃうの?」

「うん、帰ってゆっくり考えるよ」

「ん?」

 不思議そうな顔をしてるけど、それに答える気はない。

「え? 何して?」

 いつの間に?

 ひーちゃんが私の服の裾を掴んでいる。

「寂しい」

「だから、狡いって」その顔!


「ご飯、食べてって! 何がいい? 作るから」

 真剣な顔で言うから。

「グラタン」

 と、今食べたいものを言う。

「ん、マカロニでいい?」

 ひーちゃんの笑顔が戻っていた。


「どう? 美味しくない?」

 不安げな表情で聞いてくる。

「美味しいよ」

「じゃ何でそんな顔なの?」

「悔しいから。ひーちゃんのご飯は全部美味しい」

「あ、胃袋掴まれちゃって悔しいの?」

 今度は嬉しそうな顔をする。


 あぁ、だめだ、やっぱり。

「えっ、ちーちゃん? なんで泣いてるの?」

「ひーちゃんが好きなの、どうしようもなく」

「え、それは......ありがと」

「ひーちゃんはそう思ってなくても、私は真剣なの」

「ん? 私だって本気で好きだよ?」

「だったら何で、一緒に暮らそうって言ったのに、その返事が半年後なの?」

「はい?」

「半年待ってって言った」

「あっ」

「嫌ならハッキリそう言えばいいのに」

「違うから。この部屋、1年以内に出ると10万円払わなきゃいけなくて」

「は?」

「だから、あと半年」

「え、なにそれ、え、そういうこと?」

 なんだか、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。

「ごめん、10万払ってもすぐに一緒に暮らそうか」

「それは......もったいないかも」

「だよね」


 はぁ、勝手に勘違いして、落ち込んでただけか。まじで恥ずかしい。

 残っていたグラタンを黙々と食べた。


「ちーちゃん」

 いつになく真剣な表情で話し出す。

「今度は私からプロポーズするから、半年待っててくれる?」

 いきなり血液が逆流したような気がした。顔が熱い。

「はい。」

「ご両親にも挨拶しに行くから。あ、なんなら今日これから行く?」

「えっ、ちょ、それは待って! 折を見て で、お願いします」

「うん、わかった」


 やっぱり今日は帰りたくないって言ったら、怒るかな? 喜んでくれるかな?

 後者だったらいいな。

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