第6話 知らなかったこと

「へぇ、由布院だって。良いところだねぇ、行ってみたいかも」


 相も変わらず、私とちーちゃんは、家でマッタリすることが多い。

 テレビの旅番組をなにげなく見ていたら、有名な温泉地が出てきた。


「うん、良いところだよ」

「ひーちゃん、行ったことあるの?」

「うん」

「ふぅん」


 ん?ちーちゃんの表情が一瞬曇った気がしたけど、それ以上考えることが出来なかった。私のスマホに着信があったからだ。

「あ、ちょっとごめん」

「いいよ、ここで出て!」

「え、、うん。もしもし、どうした? は? なんで?」

 ちーちゃんの視線が気になって、少し距離を取る。部屋を出るべきだろうけど、私の部屋はワンルーム。出るとしたらトイレか浴室か。

 とりあえず廊下に出たが、声は聞こえてるんだろうな。

「いや、だから、要件は何? え〜そんなこと言われても。無理だよ。うん、とりあえず分かった」

 とにかく早く通話を切りたくて、結論は先延ばしにして。

「はぁ」大きなため息を吐いた。


 部屋に入っていくと、ちーちゃんはテレビを見ながらポテチを食べていた。

 そっと近づいて行くと

「誰から?」と視線はテレビに向けたまま聞いてくる。

「息子」

「・・・そうなんだ」

「ごめん」

「子供、いたんだ」

「うん」


「で?」

「え?」

「なんだって?」

「息子の用事じゃなくて、元旦那が話したいって」

「・・・」

 ようやく視線をこちらに向けた。

「謝るから帰ってきてほしいって」

「なっ!何言って…」

「ないよ! 復縁なんて、断じてない!」

 断じてなんて、初めて使ったな。こういう時に使うのか。なんて、関係ないことを考えるほど…テンパっていた。

「ほんとに?」

「向こうが勝手に言ってるだけだよ。信じて」

「じゃ、なんで言ってくれなかったの?子供のこと」

「それは、聞かれなかったから」

「なにそれ」

 冷たい声だ。

「ごめん」

「帰る!」

「え...」


 バタバタと荷物をまとめて、さっさと出て行くちーちゃん。

 動けなかった。

 引き止めることも忘れていた。




「はぁぁ」

 ため息しか出ない。


 離婚してもうすぐ4ヶ月。なんで今さら。断言出来る。気持ちは1%も残ってない。

 ちーちゃん、もう来てくれないのかな。情けない。泣きたくなってきた。


 バタン!

「なんで! なんで追いかけてきてくれないの?」

 ちーちゃんだ。怒ってるけど帰ってきてくれた?

「泣いてる暇があったら、追いかけてきて! ちゃんと捕まえててよ」

「ごめ…」

 さいごまで言う前に、ちーちゃんが抱きついてきたので、受け止める。全力で。


「許さないから」

「うん、許してもらうまで一緒にいるよ」

「大嫌い」

「うん、好きになってもらうまで離れない」

「バカじゃないの?」

「うん、愛してる」

「・・・わかってるよ、そんなこと」

 涙を拭って口づける。何度も、何度も。


 そのまま、もつれながらベッドまで移動し、押し倒される形になっていた。

「ひーちゃんに聞きたいこと、いっぱいあるの」

「なんでも聞いて、全部答えるから」

 ちーちゃんは、満足そうに頷いて「後でね」と言った。

「今は?」と聞くと

「今からやる事はひとつでしょ?」

 そう言って、私の服に手をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る