第5話 うち、来るでしょ?

「うわっ、美味しそ」

 どれにしよ。と、色とりどりのケーキの前で悩むちーちゃん。

「可愛いなぁ」

 思わず心の声が漏れてしまって、チラッとこちらを見たちーちゃんの顔が赤くなった。


 今日は、ケーキバイキングに来ている。貴重な、2人の休みが重なった日。


「子供っぽくてごめんね」

 ちょっと拗ねている。

「そんなこと思ってないよ?」

 拗ねてるちーちゃんも可愛い。

「ほら、ひーちゃんもいっぱい選んで!」

「年取るとそんなに食べられないんだよ」

「やっぱり思ってるじゃん」

「若いっていいなぁって思ってるの」


「あれ?千鶴?」

 ちーちゃんの名前を呼ぶ声の方を向くと、綺麗な女の人が立っていた。

「あ、恭子さん?」

「久しぶりだね、元気?」

「はい、元気にやってます」

「そっか、また遊ぼうよ」

「あ、はい」

 なんとなく気まずそうに、ちーちゃんがこちらを窺う。

 恭子さんと呼ばれた人は、笑顔でこちらを気にする。

「で、こちらのお姉さんは、お友達?」

「あ、えっと、同僚の」


「同僚の竹本です。あ、先に行ってるね」

 前半は女の人へ、後半はちーちゃんへ向けて言い、そのまま席へ向かった。

 なんだかモヤモヤするのは、何故だろう。

 席について二人の方を見れば、俯きがちなちーちゃんが、二言三言話した後こちらへやってくる。

「ごめんなさい、食べましょうか」

「うん」



「うん、美味しい。甘さもちょうどいいし生地もフワフワだ」

 まずはオーソドックスなスポンジケーキを頬張っている。

「ちーちゃん、甘いの好きだね」

 彼女の前のお皿には、チョコ系やクリーム系のケーキが並んでいる。

「別腹ですよ、いくらでもいける。ひーちゃんは、フルーツ系?」

 それも美味しそうだから後で。と言っている。

「プリンやババロアも好きかなぁ」

「あ、コラーゲン?」

「鋭いなぁ。それもあるけど、子供の頃にね、友達の家に遊びに行ったらババロアと紅茶がおやつに出てきてね。美味しかったなぁ」

「おしゃれですねぇ」

「うん。あ、私も以前はお菓子作りに嵌ってたんだよ」

 わりと好評だった。少し自慢げに言ってみた。

「今は?作らないの?」

「今はレンジにオーブン機能がなくて作れないの」

「そっか」

 残念そうな顔を見てたら、ちーちゃんのために作りたい気持ちになって

「ボーナス出たら、レンジ買い替えよっかな」と言うと

「そしたら一緒に作りましょう」と目を輝かせた。

「それもいいね」


「おかわり行って来ますね」

 いつの間にか、ちーちゃんのお皿は空っぽになってた。さすがだ。

「うん」

 コーヒーを飲みながら、なんとなくちーちゃんを目で追っていたら、さっきの女性が近寄っていた。そして一瞬、目が合ったような気がした。

 案の定、ちーちゃんに話しかけている。え、腰に手を回してる?

 ちょっと、距離近すぎだよー

 一人悶々としていると、ようやくちーちゃんが帰ってきた。

「え、ひーちゃん?どうしたんですか?」

「ん?」

「眉間にしわが・・」

「そう?」

「これ、どうぞ」

 と言って差し出されたのは、ババロアだった。

「マンゴーのババロアだって。好きかなと思って」

「ありがと」一口掬って食べる。「美味し」

 味もだけど、私の好みを考えて私のために持ってきてくれたのだから、美味しくないわけがない。

「良かった」と笑う、その顔だ。



 そう、その顔。

 大好きなその笑顔を見ていたら。


「さっきの人は、元カノ?」

 その笑顔をあの人にも見せていたの?


「え、違いますよ。えっと、ともだち。。です」

 なんとなく歯切れが悪い。

「へぇぇ」

 たとえ元カノだとしても、それを私がとやかく言うことじゃないんだけど、どうにもイライラしてしまう。なんだこれ、小さすぎじゃないか自分。

 一人、自己嫌悪に陥ってたら。

「・・れです」微かな声が聞こえた。

「え?」

「セフレでした」今にも泣きそうな顔で言う。


 心臓が暴れだした。

「せ・・?」

「セフレっていうのは、その、」

「分かってる、それくらい」

 思いがけず大きめの声が出て、ちーちゃんもビクリとしていた。

「ごめん」そう言って頭を抱えた。

 頭は考えることを拒否してるのに、妄想が駆け巡っている。

 ちーちゃんと、あの人が・・・

「ちょっとトイレ行ってくる」


 冷静にならなきゃ。

 大人なんだから、そういうこともある。の?

 少し冷静になったところで、先程の会話が蘇ってくる。

 久しぶりってことは、もう過去の事だよね?

 でも、また遊ぼうって言ってなかったっけ。

 ちーちゃんは、何て答えてた?

 いやいやいや。ちーちゃんに限ってそんなことは。

 あ、でも。私たちは正式な恋人じゃないし、そういうことも?

 いやいやいや。嫌だ。



 心配そうにしているちーちゃんの元へ戻る。

 ちーちゃんの前のお皿にはケーキが残っている。全然減ってないなぁなんて、どうでもいいことが気になった。

「ごめん、調子悪いから先に帰るね、ちーちゃんはゆっくり食べて」

「え、待って。私のせいですよね?」

「違うよ、そんなんじゃ、ない、から」

「来て!」

 立ち上がったちーちゃんは、私の手を取って--カバンも持って--ちょうどケーキをお皿に取っているあの人の元へ引っ張って行った。

「恭子さん、もう二度と会いません。偶然バッタリ会っても無視してください。さようなら」

 そう言って、そのまま出口に向かった。

 お店を出て、しばらく無言で歩いた。

 いつの間にか離した手を、今度は私から繋いだ。

「ケーキ、勿体なかったね」と言って。

「そうですね」

「ボーナス前だけど、レンジ買っちゃうかなぁ」

「何作ります?」

「ちーちゃんの好きなのでいいよ」

「じゃ、シフォン」

「いいね、得意なやつだよ」


「これから、どうします?」

「ん?うち、来るでしょ?」

「はい」

 あの笑顔で頷いた。



 家へ帰って、いつも通りご飯を作って、一緒に食べた。


「そういえば、これ読んでみて。まだ下書きなんだけど」

 小説の続編の第一話だ。

「へぇ、プロポーズから始まるんですね」

「うん、どうかな?」

「いいと思います。またキュンキュン出来ます」

「期待に添えるよう頑張ります」


「ねぇ、私との事を書いたりしないんですか?」

 ちーちゃんと私の物語。実は書こうと思ったこともある。でも、

「ちーちゃんとの事は、書きたくない」

「え、なんで?」

「ちーちゃんとの事は、大切だから誰にも見せたくないし教えたくない。今日の事だって私のやきもちだし。ちーちゃんを独り占めしたい。だから・・・本物の恋人になって欲しい」

「え?」

「え、ちーちゃん?」

 ポロポロと涙をこぼしてた。

「わた、、しは、さ、さいしょから、、すき、すきだ、、った」

泣きながら、しゃくり上げながら返事をくれた。

「可愛いなぁ」

 大切な彼女に、心の声を聞かせた。



ーーー(とりあえず) 了ーーー

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