オタクの死

西涼

第1話

おまえは、幼稚園の頃から、絵が得意だった。将来は漫画家になれると、親やクラスの友達に言われた。

小学生の時は、毎年クラスで2番目くらいに絵がうまいキャラとして定着していた。


おまえがオタクとしての道を歩み始めたのは、中学生になってからだった。


中学の同級生に、伝道師と呼ばれるオタク友達がいた。

その彼からまどかマギカを教えてもらったことが全ての始まりだった。

みて、衝撃を受けた。寝ても覚めてもまどかマギカのことだけを考えていた。

まどかの次はエヴァにハマった。エヴァの次はハルヒ。ハルヒの次はらきすた。ガンダム。ボトムズ。けいおん。

アニメの好みはどんどんと横展開し、おまえはずぶずぶとサブカルチャーの深みにハマっていった。


自分もこんな、とてつもない作品を作ってみたい。


いつしかおまえはそう思うようになっていった。

それから、授業中は、ノートの端っこに自作キャラクターの顔を書くことに専念した。主人公。ヒロイン。主人公の相棒。ラスボス。国王。それから、各登場人物が持つ武器のデザイン。魔術使いの魔法陣。アイテム。いろいろな物を次々にデザインした。


この作品の媒体は漫画がいいか?いや、漫画だと時間がかかりすぎる。小説か?

うん、ラノベのように、基本は小説にして、断片的に挿絵をはさむのはどうだろう?

それであれば、スピーディに作品もつくっていけて、自分の絵を披露する機会もある。

いまのライトノベルは、著者とイラストレーターでわかれていることが多い。両方できる自分は多才だ…


学校から帰ってきて、夜中には、目を真っ赤にして創作のネタ帳を充実させることに精を出した。

内容は、自分が好きな作品の要素をまぜこぜにして作ったような作品。

モチベーションが下がった時には、自分の好きなアニメ作品を見ることで、モチベーションを回復した。

そのたびに、その作品に対する熱が上がり、そのエッセンスが自作に追加され、チグハグな物になっていった。

青春物をみれば、ヒロインはJKにして可愛くなければならないと思って、設定を追加した。宇宙SF物をみれば、壮大な歴史の設定が必要だと思い、自作の年表を作成しだした。コメディをみれば、やはり笑いは潤滑油だと考え、キャラクターの掛け合いには、ギャグをいれた。

どんどんとキメラのような作品になっていき、風呂敷は広がっていった。

考えなければいけないことは無数に増えた。その過程は楽しく、おまえは創作のしがいがあると感じていた。


おまえは、ひたすら、創作のネタを考え続けた。通学で歩いているときも地面と空を見ながら考えていた。授業中も、歴史や国語の内容が、なにか自作に生かせることはないかと、そればかりを考えた。

ときには、自分は天才だと思うようなアイデアを獲得することができた。

でも、それがすでに使い古されたネタだったら怖いから、インターネットでそれを検索はしなかった。友達にいえば、それはあの作品の○○みたいだと言われるから、言わないようにした。

でも、おまえの考えていることは、大体すでに世にでていた。


おまえは小説のネタを膨らませながら、自分に酔っていた。

これさえ完成することができたら、自分が天才だと世に知らしめることができると思った。アニメ化待ったなしだと思った。


だが、おまえは気づいていなかった。

ネタ帳の厚みだけが増すばかりで、一向に小説の作成は進まないことに。

肝心の、小説の出だしは数行書いただけで行き詰まっていた。

筆が止まると、まだ設定の煮詰めが足りないと思い、また設定の作り込みに精をだした。


なぜ小説が進まないのか。断片的には創作のネタはできていた。世界観の設定、国の設定、主人公の能力の設定、最終三部作であっといわせるどんでん返しの設定、裏切った仲間には悲しい過去があったという設定、、、

おまえは設定を煎じつめることに全力を投下していた。


だが、脚本をかく勉強は一切できていなかった。

だから、設定をつなぎ合わせて物語にすることができなかった。登場人物のセリフを書くことができなかった。

登場人物は、瑣末な設定まで細かに考えられていたが、生きてはいなかった。一切のセリフを吐くことはなかったし、感情もなかった。それはよくできた精巧な像とおなじだった。


この創作もどきは、高校に入ってからも続く。

高校に入ってからは、同じ趣味の友達も新たにできた。誰にも見せることのなかったネタ帳を、初めて友人に見せた。おまえは幸せだった。幸せな夢を見続けていた。


社会人になったら、創作で生きていこうと思っていた。

まだ作品を発表できていないが、発表さえできれば全て解決する。

自分ほどの才能があれば、将来有名クリエーターと肩をならべることができる。

自分もエヴァのように、社会現象を巻き起こすことができる…


まずは、作品を発表することだ。

今作っているものは、自分でも面白いと思うが、如何せん大作すぎる。

スターウォーズのように3部作にわけて、序章だけ発表するか?

もしくは、創作をしながら、他に作りたいものが次々と浮かんでいるから、

そっちは短編にして、先に作って発表するか?うん、それがいい、そうしよう。


おまえは創作の風呂敷を広げていくのがすきだった。

作品Aを作っていたと思ったら作品Bにうつり、息抜きに作品Cを作り始めた。


だが結局、おまえは作品をひとつも完成させることなく、卒業の時間になった。

気づいたら、終了のチャイムが鳴っていた。

生を得ることができなかった、大量の肉片を抱えながら、おまえは高校を卒業した。


・・・


おまえは都内の大学生になっていた。


おまえには少しの焦りがでてきた。

もたもたしていると、すぐに大人になってしまう。そろそろ時間がない。本格的にサブカルチャーで食っていく道を探っていこう。

目標として、大学在学中に、ラノベ大賞に応募するか、漫画雑誌に投稿するかを考えていた。


おまえが好きなアニメ監督の来歴を、Wikipediaでみる。

学生時代からアニメーターになり、30になって初めてアニメの監督を任せられる、と書いてあった。

大丈夫だ。30までに開花すればいい。まだ時間はある。その日は安心して寝るのだった。


おまえはとにかく怠惰だった。

創作のモチベが上がって数日創作したとおもったら、また数ヶ月のインターバルをおいた。

中高のときの、モチベは嘘のように消えていた。

4年間の、無限に湧く時間はおまえの時間感覚を少しずつ蝕んでいった。

無下に時間がすぎていく罪悪感を、少しずつ奪っていった。


たまに絵を描くと、自分の下手さに絶望した。そうして、画力を上げるための計画を考えて、いろいろな参考書をかったりした。

だが、絵に描いた餅になった。


自分が本気で練習すればすぐにうまくなる。才能はあると思う。

いろいろなひとから、君は絵が上手い、と言われていたから、プライドはあった。


おまえはたまに2chで絵を描くスレを発見すると、すぐさまその絵のアラを見つけ出し、批判していた。

貼られている絵が下手くそだと、おまえは安心した。まだ俺より下手な奴はいっぱいいる。

貼られている絵が上手だと、作者の年齢をみて、年上だとおまえは安心した。俺にはまだ時間がある。


年下が自分より上手い絵を描いていると、どうしようもない気分になった。

だから、とにかくその絵の弱点を研究して、指摘した。そうして自分のアイデンティティを保っていた。

他人の絵の急所を見つけ出すと、おまえは絵が上手くなったように思えた。自分の技術は上がったように思えた。


さて、大学に入ってから、新たに頭をもたげてきた欲求があった。

性欲である。

性欲自体は昔からあって、オナニー中毒ではあったのだが、できれば彼女が欲しいな、程度だった。いつかそのうちできると思っていた。

だが、大学になって当たり前のようにみんな彼女を作ってSEXしていることを知った。

この彼女が欲しい、SEXがしたいという感情は、どんどんと肥大化し、おまえの欲求の領域を少しずつ侵食し、でかい楔となって、おまえの心に食い込んでいく。

この楔は、のちのコンプレックスとなる。

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