7.

数人の部下を引き連れて現れたのは、鯖尾だった。

「はいはいはい、遊びは終わりだ。死ぬぜ、オッサン」

レストランの真ん中で対峙する。周囲の客は突然現れた集団に、何事かと遠巻きに様子を伺っている。

「よう。ちったあマシな面構えになったじゃねえか」

きのう散々殴ってやったせいで腫れ上がっている顔を指して、旭は笑う。

鯖尾は床に唾を吐き捨てた。

「オッサンが調子こいて意気がってんじゃねえぞ。死ぬぜ」

懐に手を入れ、黒光りする鉄の塊を取り出す。

拳銃だった。

「……物騒なモン持ち出しやがって。どうやって手に入れた、そんなもん」

「うるせえ。テメエは俺を怒らせた。相応の代償を払ってもらうぜ。オラ命乞いしろよ、まず土下座だ土下座」

「土下座したら、お前は俺を許すのか?」

「許すわけねえだろバカが」

「じゃあするかよ。土下座するだけ損じゃねえか」

隣に立つ神部が、小声で耳打ちしてきた。

「おい旭、大丈夫なのかよ。あれが本物だったらどうすんだ」

「本物なわけねえだろ。ビビんなって」

ヒソヒソ声だったが聞こえたのか、それとも雰囲気で察したのか。

「これが偽物だと思ってんのか」

鯖尾は銃口を天井に向けると、無造作に引金を引いた。

火薬の破裂音が耳をつんざく。

紛れもない本物の銃声だった。女性客の一人が甲高い悲鳴を上げ、周囲は恐慌状態に陥る。

「動くな! 動いた奴ぁ撃ち殺す!」

鯖尾が彼らに銃口を振りかざし、それを押さえつける。

「……マジかよ」

これには旭も顔を青ざめさせた。

「たかが土下座一つのために拳銃まで持ち出すかよ、ふつう」

もともとイカれた奴だとは思っていたが、ここまでとは。

「ようやく分かったか? そんだけテメエは俺を怒らせたんだよ、オッサン」

「ああ確かに見誤ってたぜ、お前のバカさ加減を。俺もたいがい自分のことをバカだと思ってたが、何にでも上には上がいるもんだな。負けたわ」

「おい旭……!」

隣で神部が悲鳴にも似た声を上げる。

旭とて、ヤバいと頭では理解していた。しかし気が付いたら挑発の言葉が口から出てしまっていたのだから仕方がない。自分にこんなクソ度胸があったなど、自分でも新発見だった。

「マジで死にてえらしいな、オッサン」

鯖尾が銃口を向けてきた。

「まだ脅しだと思ってんのか。俺が撃てねえとでも?」

「いーや、お前なら撃つだろうさ。こんなに後先考えねえバカなんだから」

「だから何度も言わせんな! 俺をナメてんじゃねーぞ、ロスジェネのジジイのくせによぉ!」

ヒステリックにわめいて引き金の指に力を込めようとした、その時だった。

鯖尾らの背後で不意に騒ぎが起こった。

振り返ると鯖尾の部下たちが数名、背後から黒服の男達に組み付かれ、押し倒され、殴りかかられていた。

「なっ……!?」

さらにその混乱から飛び出し、鯖尾に急迫する人影があった。

腕に組み付き、拳銃を叩き落とす。鯖尾は慌ててメチャクチャに暴れ、人影から身を引き剥がすと、部下たちとともにレストランの奥に退いた。

拳銃が床に落ちたのを見て、一般客の誰かが「逃げろ!」と叫ぶ。

今度こそ恐慌状態となった。周囲の人々は我先にとレストランを飛び出し、エレベーターへと殺到する。怒号と悲鳴が飛び交い、エレベーターが満員と悟るや非常階段へと人波が移動する。

人の喧噪が次第に遠のいていく中。

レストランに残った三つの陣営は、ようやく互いを認識していた。

「ハッ、月城先輩じゃないッスか。横取りとかマジ勘弁して下さいよ」

鯖尾が虚勢を張った声を上げる。

突如現れた黒服グループは月城の部下たちであった。

「あんた昼間も俺の邪魔したでしょ。やめて下さいよ、どっちの味方なんですか」

八人いた鯖尾の手下は突然の奇襲で三人が餌食となり、半減していた。

対する月城の顔を見て、旭は眉根を寄せる。

朝に一瞬すれ違った時に見たのは、やはり見間違いなどではなかった。怒りに染まり、まるで狂犬のような顔をしていた。

そのとき黒服集団たちの背後から、一つの人影がコソコソと移動して旭らのもとにやってきた。

なんと番場だった。

「番場さん! え、なんで月城と一緒に」

「俺も驚いたぜ。おう旭、用心しろ。あの兄ちゃん、ちょっとおかしいぞ」

番場は下で起こった事を話した。

タバコを吸い終わって戻ろうとすると、タワーの出入口で混乱が起きていた。ヤンキーらしき若者の集団が警備員に因縁を付けて絡んでいたのだ。

その混乱に乗じてタワーに侵入する数名の男達を見つけて、番場はすぐに察した。

嬢ちゃんを狙ってる連中が来たに違いない。街で暇を持て余しているバカガキどもに金を握らせて騒ぎを起こさせ、その混乱に乗じて侵入する。簡単な陽動だ。

すぐさま旭に電話して知らせ、自分も上へ戻ろうとした。

ところがエレベーターに乗り込むと、そこへ月城と黒服たちもドカドカと乗り込んできたのだ。しまった、こいつらもか。狭いエレベーターの中で逃げ場はなく、さすがの番場も観念した。

しかし何も起こらなかった。月城は番場を一瞥したが、すぐに興味を失くしたように目をそらし、黒服たちにも「放っておけ」と言ったのだという。

「俺なんざ眼中にねえって感じだった。やべえ雰囲気だぜ」

いったい何があったのか。

旭は息を飲んで両者の対峙を見守った。

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