3.
買い物を済ませた後、今夜のホテルに直行して準備にかかる。
シャワーを浴び、買ったばかりの服に袖を通し、整髪料で髪を整える。ドレスコードがあるパーティーに参加するなど人生初である、何だか緊張する。
ネットで調べたところによると、タワー近辺は駐車場制限が敷かれておりマイカーでの来場は禁止されているらしい。
旭らはホテルで身支度を整え、夕刻を待ってタクシーで出発した。
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市民図書館前に設けられた臨時タクシー専用乗降場に到着し、まず先行していた冴木、神部、番場の三人が車を降りる。
「あー、やっと着いた。やっぱ混んでんなー、こんな状況じゃなきゃ電車使ってたんだが」
「それだと駅からだいぶ歩かなきゃいけないじゃないですか。私は嫌ですよ、汗でもかいたらメイクどうしてくれるんですか」
「まあたまには良いじゃねえか。ハイヤーでパーティー会場入りなんざ、セレブにでもなった気分だぜ。俺も出世したもんだ」
神部と番場はジャケットにノーネクタイのカジュアルな装いでまとめ、冴木は胸元に白のリボンが付いたブラウスに、ロングスカートというシンプルなスタイル。
『Bランクくらいの富裕層が週末に親族でディナーに集まる』というコンセプトでコーディネートした甲斐あって、神部も番場もそれなりの会社で、それなりの地位についている人物のように見せかけることに成功していた。
「整髪料なんて付けたの何年ぶりだ? あーあ、こんなもんのために、また俺の老後資金が」
「俺もトニックってやつを初めて自分で買ったぜ。世の金持ちは、たかがオシャレのために毎日コレやってんだよな。ご苦労なこった」
「番場さん、トニックって養毛剤であって、別にオシャレのために付けるものじゃありませんので」
「なにっ、そうなのか?」
ちなみに会話は、ぜんぜん富裕層ではない。
低レベルなことを言い合っていると、遅れてもう一台のタクシーが到着した。
「おっ、我らがお姫様のご到着だぜ」
ドアが開き、鈴華が降りてくる。三人は「おー」と感心の声を上げた。
白とネイビーブルーを基調としたセーラーマリンワンピースに、薄手のカーディガンを羽織り、足下はコーデの王道・赤のパンプス。胸元のリボンと大きなセーラー襟のインパクトも相まって、フォーマルとカジュアルの中間を行きつつ、かつ可愛らしさを前面に押し出した絶妙なバランスのコーディネートとなっていた。
「JKの強みを最大限に生かしてみました」
冴木が誇らしげに胸を張る。
「どうです? この全力の、清楚&カワイイ推し。ちょっと制服っぽくて、春先の女子高生って感じでしょう? カーディガンもわざと大きめにしてるんです。萌え袖ですよ、萌え袖。こういうのが許されるのは、本当に若いうちだけですからね」
勢いよく早口でしゃべる冴木に、神部が気圧されながらうなずく。
「お、おう? よく分からねえが、可愛らしいことは認めるぜ。さすが、あんだけ時間かけて選び抜いただけのことはある。よく似合ってる」
「孫ってこんな感じなんだろうなぁ。こりゃ世の中のジジイが小遣いあげたくなる気持ちも分かるぜ。おう嬢ちゃん、千円やろうか千円」
ノリで財布を出す番場に、鈴華は照れながら「いらないです」と首を横に振る。
続いてタクシーの支払いを終え、旭も降りてきた。
うっすらと光沢を放つグレイのスーツに、色を合わせた本皮のローファー。高級感のある黒のドレスシャツを下地に、ひときわ強烈な存在感を放つ金色のネクタイを締めていた。
番場と神部が腹を抱えて爆笑する。
「ガハハハハ! やっぱ何度見ても笑えるわ。金のネクタイって何だよ、金って」
「パリピだパリピ! 四十過ぎのオッサンが、今さらどのツラ下げてパリピデビューしてんだよ。頭おかしいだろ、ぎゃはははは!」
「うるせえな、だから俺が選んだんじゃないって……!」
旭は顔を赤くして言い返しながら、隣の鈴華に言う。
「なあ、やっぱ金はナシだったんじゃねえか? いくら何でも金はよぉ」
しかし旭にこのネクタイを選んだ張本人は、なぜか自信満々だった。
「そんなことない。かっこいい。周りなんか気にしちゃダメ」
「なんでお前、そんな揺るぎない確固たる信念なんだよ。やっぱお前センスおかしいって……」
「何てこと言うんですか旭さん。クライアントの要求ですよ、従ってください」
「おっ、そうだな。大丈夫だって旭、世の中にゃもっと頭おかしいカッコしてる奴だっているんだからな。それに比べりゃかわいいもんだぜ」
「少しは若く見えるし、まあいいんじゃねえのか。……ブフッ」
「番場さん笑ってんじゃねえッスか」
旭の人生史上最高額のコーデにも関わらず、この扱いである。
「いいから行こうぜ。まだタワーに入るまでは安心できねえんだからよ」
肩を落とす旭を叱咤しつつ、神部が皆に促した。
タワーは目の前であり、花火大会会場はさらにその奥にある海浜公園だ。周囲は会場へ向かう客でごった返している。これだけ人目があって警察や警備員が近くにいる状況で、さすがに襲撃はないだろうが、人混みに紛れて月城や鯖尾が接近して来ないとも限らない。
旭らが周囲を警戒しながら、タワーへ向かっている時だった。
「こんにちは! 福岡中央放送です。本日は花火でお越しですか?」
いきなりカメラを構えた集団が現れて、旭にマイクを向けてきた。
地元テレビ局の取材だ。
「ご家族の皆様でしょうか。本日は、お仕事はお休みですか?」
「え? あ……ええと」
いきなりのことに、しどろもどろになる旭。
すかさず冴木がスッと傍へ寄ってきて、笑顔で対応した。
「そうなんです。実は、運良くタワーでのディナーチケットが当たりまして。せっかくだから皆で行こうという話になったんです」
「えっ、タワーの!?」
マイクを持った若い女性のリポーターは顔を輝かせる。
「チケット当選された方を探していたんです! インタビューよろしいですか? お時間は取らせませんから!」
よろしいですか。よろしいですね。よろしくなくてもやらせてもらいます。
そう言わんばかりの勢いで、強引にインタビューを始めてしまった。
「それでは改めまして、チケット当選されて本日はご家族で?」
「ええ、ちょうど主人もお休みでしたし。五人までということでしたので、後は身内で都合のつくメンバーで。ね、あなた」
冴木は息をするように嘘をつき、旭に微笑む。
旭はギョッとするのを顔に出さないようにするので精一杯だった。
「そうなんですか。ではそちらのお二人は、ご親戚か何かで?」
「こいつの兄です」
神部が旭の左肩に手を置き、
「こいつの父です」
番場が右肩に手を置く。
まるで予め練習でもしていたかのように息ぴったりである。
「お二人も、本日はお休みだったんですか?」
「いえ、午前中は仕事だったんですがね。朝一番で二件ほど取引を終えて、そのあと早退して来たんです」
「私はもう第一線は引退した身でして。朝にちょっと部下から報告を聞いて指示を出しただけで、もう一日の仕事は終わったようなもんです。ろくに仕事もさせてもらえない、会長職など名ばかりですわ。わっはっは」
しかも二人とも、有能な重役のフリや大物のフリがなぜか上手い。
くそ、狼狽えてんの俺だけかよ、みっともねえ。こうなりゃ俺も。
旭は気合いを入れ直した。
「そうなんですね。チケットは大変人気で相当な倍率でしたけど、ご当選が分かった時はどんなお気持ちでしたか?」
「いやあ、実は応募していたのは娘なんです。こいつはなかなか強運の持ち主でして、私共は娘のおこぼれに預かっただけなんですよ。早めの親孝行をしてもらった感じですかな、はっはっは」
鈴華の肩を引き寄せて娘と紹介し、快活に笑って見せる。
「……娘……」
鈴華が抗議の目で見上げてきたが、気付かないふりをした。
「そうだったんですか。とっても可愛らしくて素敵なお嬢さんですね」
「そうでしょうそうでしょう、自慢の娘です。俺の目の黒いうちは、嫁にはやりません!」
調子に乗って宣言してみせる。
リポーターは笑って鈴華にマイクを向けた。
「厳しいお父様ですね。こうおっしゃってますが、いかがですか?」
鈴華はカメラの前だというのに不満を隠そうともしていなかったが。
何を思ったのか、急に旭の腕にしがみつき、打って変わってカメラ映えのする華やかな笑顔で言った。
「いいんです。もしそれで行き遅れたら、お父さんと結婚して責任取ってもらいますから」
ギクリとして凍りつく旭。
しかし事情を知らないリポーターは、可笑しそうに笑うだけだった。
「あらあ。これはお父さん、嬉しいんじゃないですか? 大きくなっても娘さんからこう言ってもらえるなんて、羨ましがるお父さんは大勢いると思いますよ?」
「や、はは……そうかも知れないですね。いやはや、これは一本取られたと言いますか、ホントに親孝行な奴で、はは……」
恐るべき爆弾発言に、余裕ある態度など保てるものではなかった。
「あなた、そろそろ鈴木さんとのお約束が。すみません、タワーで人と待ち合わせをしているもので」
冴木が機転を利かせ、インタビューを強引に切り上げさせる。
早々にその場から立ち去り、ようやく一息ついた。
鈴華が胸に手を当てて言う。
「あー緊張した。トイレ行きたい」
「何が緊張しただ。テレビの前で何てこと言いやがる。親父さんが見たら泣くぞ」
「おじさんが悪い」
「何でだよ」
「ねえトイレ。お父さん」
「誰がお父さんだ。……タワーの中にもトイレくらいあんだろ。ったく、せっかく綺麗な格好してるのに、そんなトイレトイレ言うなよなぁ」
「綺麗?」
「あ、いや。オラ行くぞ」
何の気兼ねもなくポンポンとやり合う旭と鈴華の様子を、三人は後ろから呆気に取られた様子で眺めていた。
「何だぁ? 嬢ちゃんもいつの間にか、すっかり旭のヤロウに懐いたもんだなぁ」
「いや、懐いたっつーか……何でしょうねアレは。もともと精神年齢は近い感じでしたけど。いやどうだろ。何かあったっけか……?」
「何だよ、どうかしたか」
「いやまあ、気のせいだとは思うんですが。旭はともかく嬢ちゃんの方が、なんかあの……おい冴木、どう思うよ」
神部は戸惑った様子で、煮え切らない言葉をモゴモゴと呟く。
そして話を振られた冴木も首をひねる。
「う~ん……正直、昨日あたりから、もしやと思わないでもなかったんですよ。何となくですけど」
信じがたいという顔で続けた。
「あの服って、鈴華ちゃんが自分で選んだんですよ。あの服を見つけて手に取って、まず私に訊いたのが、『世の中のオジサンがセーラー服好きって、本当だと思いますか?』だったんですよ。世の中のオジサンって言うか、旭さんのこと言ってましたねアレは。確実に」
番場と神部は顔を見合わせる。
「え、何だよそういう話か? あいつらそうなのか? ヤバくねえか」
「や、でもいくら何でも……どうなんでしょう」
「枯れ専女子ってのも、いるにはいますからね。でも旭さんは、別に枯れオジでもないし……う~ん……」
にわかに沸き上がってきた疑惑に複雑な表情を浮かべながら、二人の後についてタワーの入口に向かう。
『完全貸切 一般のお客様はご入場できません』
入口には、そう書かれた大きな看板が立てかけられていた。
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