2.
冒険者の主人公たちが立ち寄ったその村は、奇妙な村だった。
村人が、子供しかいないのである。
畑を耕しているのも子供。商店で買い物をしているのも子供。お店の番をしているのも子供。それも年端も行かないような、小さな子供ばかりだったのである。
大人はどうしたのかと主人公が尋ねると、
「いない」
「知らない」
と、全員が首を横に振る。
別の町に買い出しにでも行っているのかと尋ねても、
「違う」
「最初からいない」
と否定する。
大人が一人もいない村で、しかし子供たちはみんなきれいな服を着て、何不自由ない様子で、楽しそうに仕事の真似事をしたり走り回って遊んだりしている。
主人公たちは違和感を感じながらも、旅の疲れを癒すためにその村で宿を取った。
宿の主人も、もちろん子供だった。
なのに夕食には、とても子供が作ったとは思えない豪勢な料理が次々と出てきた。
外からやってきた大人が珍しいのか、村中の子供達が宿屋に集まってきて、主人公たちに別の町や村の話をせがんできた。
立派な城や美しい町並みを持つ王都の話に目を輝かせ、広大な海の話に興奮し、魔物と戦った話に歓声を上げた。
子供らしい反応に、いつしか主人公たちの警戒心は薄れ、ねだられるままたくさんの話をしてあげた。
しかしいい加減、夜も遅くなってしまった。もっと聞きたいと駄々をこねる子供たちに、主人公は優しくこう言ってあげた。
「大人になったら行ってごらん。この続きは、君たちが自分の目で確かめるんだ」
すると子供達の雰囲気が変わった。
誰もが泣きそうな顔になり、しょんぼりとうなだれてしまった。
「行けない」
「大人になれない」
突然の変化に戸惑う主人公たち。
「大人になりたかった」
「きれいな服を着たかった」
「お腹いっぱい食べたかった」
「広い世界を見てみたかった」
不思議な言葉を口々につぶやき、子供達はみんな帰って行ってしまった。
よく分からないが、どうやら子供達を傷つけてしまったらしい。
明日になったら謝ろうと思い、主人公たちは宿のベッドに潜り込んだ。
そして翌朝になり、目を覚まして驚く。
村が消えていたのである。
家々は朽ち果て、そこかしこに大人のものとおぼしき白骨が野ざらしで転がっている。一夜にして村は廃墟へと変わっていたのだ。
主人公たちは驚き、怖くなって、慌ててその村を出て行った。
そして次の町へたどり着き、酒場で真相を聞いた。
実はその村は、かつて大飢饉に襲われて滅びたはずの村なのだという。
その年は夏の異常気象で秋に作物が穫れず、しかも冬は例年にない大雪に見舞われた年だった。雪で道は閉ざされ、外界から孤立したその村は、ついに食料が無くなってしまった。
飢餓に極限状態となった村の大人たちは、なんと子供を殺して食べたのだという。
しかも、そんな状態でも我が子を手にかけることはできなかったので、よその子と自分の子を交換し、罪悪感をあまり感じないようにして、殺してその肉を食ったのだ。
しかし天罰が下ったのか。そうまでして生き延びようとした村を大雪崩が襲い、村は長い冬の間中、厚い雪の下に閉ざされた。
やがて春になり、雪がすべて溶けた後。
残っていたのは潰れた家々と、罪深い大人達の死体だけであった。
主人公たちが見たのは、大人たちに食べられた子供たちの幽霊だったのである。
・
・
・
「グロい話だな、おい。中学の時にそんなもん読んでたのかお前」
顔をしかめて言う番場に、神部は首を横に振る。
「いや、その小説自体は普通の冒険ものですって。魔王から世界を救う、みたいな。そん中のエピソードの一つですよ」
「大人が子供を食うなんざ、ゾッとしねえ話だな。やっぱ現実でも、大昔にはそういう話があったのかねぇ。極限状態まで追いつめられたら、人間どうなるかなんて分かんねえからなぁ」
番場と同じく首を横に振りながら、旭は言った。
「そういう時代に生まれなくて良かったぜ」
「………………」
そんな旭を、神部は無言でジッと見つめる。
「何だよ」
「そんな呑気なこと言えるお前が、羨ましいと思ってな」
「は? 何のことだ」
「なんで俺がこんな、中学の時に一回読んだだけの話を覚えてると思う。自分がこの子供達と同じ目に遭って思い出したからだよ」
なおも首を傾げる旭に、神部は渋面を浮かべながら言った。
「旭よ。俺達の世代が何で就職氷河期なんて呼ばれてるのか、こないだ話したの覚えてるか」
「国がそう仕向けたからだって話だったな。正社員の採用をメチャクチャ絞って、非正規の枠をメチャクチャ増やして、安くて便利な労働力を大量生産したって」
「そう、要するに人件費を浮かそうとしたんだよ。じゃあよ、俺達を買い叩いて、それで浮いた人件費は、一体どこに行ったんだろうなぁ?」
「いや……分かんねえけど」
「今の老人どもの高ぇ給料や退職金になったのさ。不況で金がねえ。でも社員の給料額は維持しなきゃいけねえ。だから俺達の採用を絞って浮かせた人件費でそれを補填したんだ。つまりだな、この国は当時のオッサン達にバブルの時と同じような高ぇ給料や退職金を支払うために、俺達を犠牲にしたんだよ」
あ、と声が漏れた。
神部の言わんとする事がようやく分かった。
飢えをしのぐため、子供を交換して食った大人。
当時の現役世代の給与を守るため、ロスジェネ世代の未来を奪った国。
確かに酷似していた。
「俺達はよ、親に未来を食い潰されたんだよ。どうせ親世代の老人どもは、自分がそんな事をやらかしたなんて分かっちゃいねえだろうがな。自分の子供から直接金を巻き上げたわけじゃねえし、だいいちバカだから」
自分たちが高い給料や退職金をもらえたのは、一生懸命働いてきたのだから当然のことだと思っている。世の中が不況だと言っているのに、その膨大な資金がどこから、どうやって捻出されたのかなんて考えもしない。
そしてまともに就職できず、生活を成り立たせることができないロスジェネ世代を「まじめにやらなかったからだ。俺の若い頃は云々」などと得意げに叩くのだ。
なんという無知。なんという不勉強。
それが今の日本の老人たちなのだ。
「ったくよぉ、お前は何かっつーとすぐそれだ。話が暗ぇんだよ」
番場がことさらに大きな声で言った。
「何でもいいから話せって言ったの番場さんじゃないッスか」
「うるせえ。言っとくがな、俺だってバブル世代だが、ぜんぜん良い思いなんてしてねえぞ? 不況になって取引先がバタバタ潰れて行くのを、この目で見た。リストラに遭って首くくった奴だって、何人も知ってる。うちの会社だって一時期はマジでやばかったんだ。甘い汁吸ってたのはドデケぇ一流企業とか、政治家とつながってる会社とか、そんなんだけだ。お前らだけが不幸な目に遭ったと思ってんじゃねえぞ」
「分かってますって。あくまで時代の概要っつーか、大きな流れを話してるだけじゃないッスか。そんな怒んないで下さいよ」
実は神部と番場がこのやりとりをするのは、これが初めてではない。今まで酒の席などで、世代間の不平等の話を何度もしている。
これは番場なりのフォローなのだ。それを神部も分かっている。
言ったところでどうにもならない。しかし言わずにいられない。ならば言ってしまった後、暗く沈んでしまった場をどう浮上させるか―――― 長い付き合いの中で編み出された、暗黙の話題終了の合図だった。
「まあともかく、こんなこと二度と繰り返さないようにしねえとな、って話ッスよ」
「おう。俺の目が黒いうちは、そんなことさせねえぜ」
「それにしても、まだかよ冴木の奴は。腹減ったって言ってんのによぉ」
それからしばらくして、ようやく大きな紙袋を提げて冴木と鈴華が戻ってきた。
「どうしたんですか? 三人ともそんなグッタリして」
「うるせえ、腹減りすぎて死んでんだよ。お前らこそ何で平気なんだ」
冴木は腕時計を見る。
「わ、もうこんな時間でしたか。二時間くらいしか経ってないと思ってました」
「二時間でも長ぇよ……」
待たせた事になど悪びれた風もなく、冴木は「情けないですねえ」と鼻を鳴らす。
「じゃあ下に行ってランチにしましょうか。そのあとで、皆さんの服のコーデやりますから」
「俺達の服? なんで」
「鈴華ちゃんだけ良くても、周りのオジサンが貧相な格好してたんじゃ、けっきょく恥ずかしいじゃないですか。ちゃんとした一張羅、持ってるんですか?」
三人は顔を見合わせる。
「いや、ちょっと待てよ。タワーに行くのは鈴華だけじゃねえのかよ? 確か限定二十人だって」
「限定二十組、です。一組につき五人までセーフってことになってます。丁度いいでしょ?」
「初耳だぞ」
「そうですか? じゃあ今言いました」
聞かされていない年貢の取り立てにでも遭った農民のような顔をする三人のオジサン達に、冴木は役人よろしく腰に手を当てて詰問する。
「で? 一張羅は?」
「す、スーツはあるぞ、一応」
「俺も。何年も着てねえから防虫剤の臭いが凄そうだけど、それさえ我慢すりゃ、何とか」
「あ~、俺は……親父から受け継いだ、家紋入りの袴がだな」
溜め息ひとつ。
男達は沈黙する。
「昼からはコーデです。いいですね」
「あの、金は」
「その歳で自分の洋服代も出せないって言うんですか」
簡単に一蹴され、旭らは
「女子高生と花火見るのって、金かかんだな……」
「知ってるぞ。これがエンコーってやつだな」
「今はパパ活って言うんスよ。ついでに言うと全然違いますから」
力なくボソボソと言い合い、肩を落とすのだった。
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