最終日

1.

「当日レンタルってお店も困るでしょうし、もう買っちゃった方がいいと思うんですよ。鈴華ちゃんの衣装」

「そりゃそうだろうけどよ。金どうすんだよ。高ぇんじゃねえのか」

「旭さんのポケットマネーで、ってどうです? プレゼントってことで。鈴華ちゃん喜びますよ」

「ねえよ」

「……そんな堂々と言わないで下さいよ。冗談です、みんなで折半しましょう」

冴木が事前に調べた情報によると、そうした衣装は博田駅の駅デパに良い店が入っているらしい。

よって最終日、朝一番の目的地は博田駅に決定した。



そしてホテルを出て地下鉄の駅へ向かおうとしたところで、さっそく捕まった。

「いきなりかよ……」

立ち塞がる数名の男達を前に、旭は苦笑を漏らす。

「よう、てめえら。どっちだ?」

月城か鯖尾か確認しようとしたが返事はなく、問答無用で襲いかかってきた。

たちまち乱戦となり、悲鳴とともに周囲に野次馬が集まってくる。

衆人環視も厭わぬ強襲である。まさかここまで、なりふり構わぬ暴挙に出るとは思わなかった。

旭が一人を殴り倒し、神部が一人と取っ組み合い、番場が一人を投げ飛ばす。戦いをかいくぐって鈴華に迫る男の前に冴木が割って入って抵抗し、旭や番場がフォローに入るまでの時間を稼ぐ。

必死に応戦するも、こちらは実質三名に対して相手は倍以上、鈴華に近づけさせないよう追い払うのが精一杯である。さらに敵の一人が電話で仲間を呼んでいる姿を見て、たまらずに逃げ出した。

朝の名治通りを走る。逃げる旭らを追って怒声を張り上げる男達の集団に、通りすがりの人々が何事かと振り返る。

「おいっ、こっちだ!」

神部が声を上げ、通りがかった開店準備中の店に飛び込んだ。

そこは天仁界隈でも珍しい、東北地方の名産品を販売する専門店だった。突然踏み込んできた旭らに、保冷棚へ三陸わかめを並べていた従業員の中年女性が金切り声を上げる。

「な、何なのあんたら!」

「すんません、すぐ出て行きます! ちょっと通らせて下さい!」

神部の意図はすぐに察せられた。

ここの店内を通り抜ければ、名治通りからビルを挟んで反対側の新幣町アーケードへ出られるのだ。地元民ならではの抜け道である。

「警察呼ぶよ、ケーサツ!」

「だからすぐ出て行きますって!」

わめく店員の前を通り過ぎ、アーケード側の出入口へ行こうとして。

「っ! やべ、戻れ!」

先頭を走っていた神部が身を翻した。

アーケード側の外にも、半グレのような格好をした男達が駆けつけてきたのである。

あわてて戻ろうとするも、名治通り側にも追いついてきた男達の姿が。

「しまった……!」

挟まれた。完全に袋の鼠である。

店内にいれば向こうも無茶はできないのではないか、と一瞬淡い期待を抱くが、追いついてきた名治通り側の男達は無遠慮に店内へ入ってくる。完全にやる気だ。

「くそっ、仕方ねえ。ここで戦るぞ!」

腹をくくり、拳を握って構えたその時だった。

アーケード側が急に騒がしくなった。

見れば先ほどの半グレ達が、さらに新たに現れた黒服の集団に袋叩きに遭っている。

「な、なんだぁ?」

瞬く間に半グレ達を叩き伏せた黒服集団は、そのまま店内に踏み込んでくる。

先頭で入ってきた男に、旭は思わず声を上げた。

「月城!」

それは月城の率いる黒服の一団であった。

月城が旭を一瞬だけ見やる。その表情に旭は絶句した。

目は血走り、顔は憤怒の色に染まっている。本当に一瞬見やっただけで、すぐに興味を失ったように正面に目線を戻す。

そして鈴華をも素通りして、今度は名治通り側から店に入った男達に襲いかかって行った。

想像外のことに旭らは呆気に取られ、別人のように暴れ狂っている月城を見つめた。

「何だかよく分かりませんけど、今のうちです! 行きましょう!」

冴木の声で我に返り、店から脱出した。

新幣町アーケードから地下街へ降り、地下鉄の駅へ。

そしてタイミング良くホームへ入ってきた電車に飛び乗って、ようやく事なきを得たのだった。





目当ての店は博田駅の駅デパの五階にあった。

冴木が張り切って鈴華を店内に連れて行き、旭らは店のすぐ近くに設置されている休憩場所で見張りをする。

三人でソファーに座り、さっき自販機で買ったペットボトルの水を飲んでいた。

「見たかよ、あいつの顔」

隣で呼びかける神部に、旭は水を一気に半分ほど飲み干してうなずく。

「すげえ顔してたな。どうしたんだ、あいつ」

先程の月城のことである。

明らかに様子がおかしかった。まるで怒りで我を忘れているような、あれほど感情を剥き出しにした月城など見たことがない。

最終日でもう後がないから、というわけではないだろう。それなら昨夜会った時点でそうなっている筈だ。第一、さっき月城は鈴華にさえ目もくれずに、鯖尾の部下とおぼしき男達に殴りかかって行ったのだ。

月城が、鯖尾を潰しにかかっている。しかしなぜ? もともと仲は悪そうだったが、あんなに敵意をむき出しにしてまで。

番場が首をひねって言う。

「急に心を入れ替えて、俺達に協力する気になった……ってわけじゃねえだろうし。きのう俺たちと会った後、何かあったんじゃねえのか」

「そうとしか考えられないですよねぇ。何だ、大先生に直接お叱りでも受けたのか」

しばらく、ああではないかこうではないかと可能性を話し合うが、とうぜん憶測の域を出ない話にしかならなかった。



鈴華の衣装選びは、例によって時間がかかった。

どうせまた冴木の興が乗って、あれもこれもと鈴華に試着させまくっているのだろう。昨日の反省を生かして旭と番場は交代で一人ずつタバコに行ったが、それを終えてもなお時間がかかった。

警戒していた襲撃も、今のところ無い。

朝一番から衆人環視も厭わず強襲してきた事から、今日はそうとう厳しい一日になると予想していたのに、その後は拍子抜けするほど静かだ。その沈黙が不気味ではあるが、ともかく敵の姿もない。

つまりヒマであった。

「おい、もう昼過ぎだぞ。ランチタイムすら終わってるぞ。腹減った、お前らどっちか冴木に電話しろよ」

「俺だってそうッスよ。そんな言うなら番場さんがやって下さいよ」

「バカ言え。冴木に腹減ったって言ったところで、我慢しろって逆ギレされて終わりに決まってんじゃねえか」

「分かってんじゃないですか。電話したって、あいつの機嫌損ねるだけ損ッスよ」

空きっ腹を抱えてソファーでうずくまる中高年たち。

言い争いも長くは続かず、再び沈黙が広がった。

「おう神部。何か話しろよ、話」

とうとう暇にあかせて番場がそんなことを言い出した。

「話って、何の話ッスか」

「何でもいい。ホラーと金の話じゃなけりゃ何でもいい」

「雑な振りッスね。いきなりそんなこと言われても」

文句を言いかけるものの、確かにそうでもしないと退屈でかなわない。

神部が腕組みして考え始めた時、そんな彼の前を一組の親子連れが通りかかった。

父親は自分たちと同じくらいの年代だ。小学生らしき男の子と、まだ幼稚園くらいの女の子を連れ、何事か話しながら目の前を通り過ぎて行く。幸運にも時代の暴風を回避でき、人並みの幸せを手に入れることができたロスジェネサバイバーの一人なのだろう。

神部は黙ってその後ろ姿を見送り、やがて口を開いた。

「俺が中学生くらいの頃だったかなぁ。小説で読んだ話なんスけど」

「お、何か思いついたか。小説って、ナツメソーセキとかか」

「そういうんじゃなくてですね。漫画を小説にしたみたいな、中学生や高校生向けのファンタジー小説で、俺らがそんくらいの頃にちょうど流行ってたんスよ」

「ラノベってやつか。知ってるぜ、剣とか魔法が出てくるやつだろ」

旭が同調すると、神部はうなずく。

「その中に出てきた話なんスけどね。主人公たちが旅してる途中で、子供しかいない村があったんスよ」

そして過去に読んだという、その話を語り出した。

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