8.

小さい頃からスポ根漫画が好きだった。

厳しい練習に耐え、逆境に立ち向かい、死闘の果てに栄光を掴み取る。不屈の闘志。限界を超えた努力。意地と信念が火花を散らす、熱い名勝負。そんな青春ストーリーが大好きだった。

弱小校が努力の果てに全国最強校を打ち破る下克上もの。競い合い、時に友情を交わしつつ、最後には全力で激突し、雌雄を決するライバルもの。いろんな漫画を読み漁った。

降りしきる雨の中で上着を脱ぎ捨て、一人で猛練習を始める主人公。敗北の挫折から立ち上がった、その瞬間が好きだった。

人一倍の才能がありながら、運に恵まれず埋もれ続けてきた先輩。ようやく日の当たる場所に出られたと思った矢先に怪我に見舞われるトラブル。捻挫した足をテーピングでぐるぐる巻きにして出場する、その壮絶な姿に心が震えた。

部活に燃えてこその青春。俺もこんな熱い体験をしてみたい。

そう思った旭は中学入学と同時に野球を始め、高校に上がっても当然のように野球部に入部した。

当時は某バスケ漫画による、一大バスケブームの真っ最中。野球部員は少なかったが、少数派の自分という設定にかえって燃えた。別に強くも何ともない無名校だったが、これこそ漫画のようだと一人で盛り上がっていた。

高校時代の旭はまさに野球一色、熱血部活少年だった。

朝は五時に起きて自宅周辺の走り込みや素振りなどの自主朝練。放課後の部活は皆勤賞。居残り練習ももちろん最後まで残って筋トレまでやり、家に帰るのはいつも九時過ぎであった。

きつい毎日だったが充実していた。

鍛え上げ、自分が強くなっていく実感が得られるのが嬉しかった。たゆまぬ努力を続けることで、すっかりスポ根漫画の主人公気分だった。実際のところ試合にはあまり勝てていなかったのだが、きっと高校三年最後の夏には熱いドラマが待っているのだと、根拠もなく信じていた。


一方で、旭には仲の良い四人の友人がいた。

中学一年の頃に同じクラスで知り合ってグループを作り、その後クラス替えで疎遠になっていたものの、偶然にも同じ高校に入学していたことが分かり、再びつるむようになったのだ。

男が三人に女が二人の、五人グループ。

仲は良かった。少なくとも旭はそう信じて疑うこともなかった。学校で教科書を忘れた時など気兼ねなく貸し借りできる間柄だったし、たまに一緒に街へ遊びに行って映画を見たり、カラオケに行ったりしていたから。


事件が起こったのは、二年生の冬のことだった。

グループの中で美術部だった女子がコンクールで賞を取り、受賞作が今度の土日に街の市民会館で展示されることとなった。

話を聞いて旭は大喜びし、みんなで見に行こうと誘った。ところが四人とも難色を示し、塾があるだの別の友人と約束があるだのと理由をつけて、誰も誘いに乗って来なかったのである。

何だよ、みんな薄情だな。こんなこと滅多にないのに。

不満だったが、用事があるのなら無理強いもできない話である。こうなったら仲間代表として俺一人でも見に行ってやって、週明けに誉めてやるとしよう。そう思って土曜日、部活を終えてから見に行った。

そこで旭は、皆が行きたがらなかった本当の理由を悟った。

展示されていた絵は『大切な友達』というタイトルで、描いた本人も含めてグループメンバー四人が笑顔で談笑している姿が描かれていた。

四人である。

そこに旭は描かれていなかった。


翌週、絵を見たことを話すと、彼らは気まずい顔をしながら打ち明け話をした。

実はその絵を描いた女子は、二年生になった一学期の終わりに、不登校になっていた時期があったらしい。別にいじめなど明確な事件があったわけではないが、情緒不安定になってしまい、とにかく学校に来ることが出来なくなってしまったのだ。

そのとき三人は毎日のように彼女の家へ見舞いに行っていたのだそうだ。夏休みも一緒に遊んで心のケアに努め、それで彼女は元気を取り戻して二学期からは再び学校に通えるようになった。あの絵はそのときの感謝を込めて描いたものだったらしい。

そんなこと旭は知らなかった。

「旭はさ、ほら、部活が忙しそうだったから」

こちらが何も言わないうちから、彼らは弁解するようにそう言った。

ショックだった。

そんな大事になっていたのに、自分には何も教えてくれなかった事が。

部活が忙しそうだったからなどと、苦しい言い訳をしてくる事が。

どうして教えてくれなかったのかという怒りは沸いてこなかった。理由など決まっている。彼らにとっては、旭は教えるに値する人間ではなかったからだ。

あの絵が全てを物語っていた。

彼らにとっては、旭は『大切な友達』ではなかった。そういうことだ。

考えてみれば、確かに彼らがそうなっていても無理もない話だった。

自分はいつでも部活最優先。放課後にみんなで一緒にクレープを買い食いすることもなければ、夜中にだらだらと電話やメールでおしゃべりすることもなかった。きっと一般的な高校生の基準からすれば、仲良しと言うには程遠い親密度だったのだろう。

つまり彼らから見れば、旭は「たまにしか絡まないのに、会ったときはなぜか親友面をしてくる厚かましい知人」だったのだ。

必死に言い繕おうとする彼らの顔を見るのが辛かった。

こいつらホント良い奴らだよな。

そう思った。別に大して親しい間柄でもないのに、そんなに気を使わせてしまっているのが申し訳なかった。

「ああ、いや。こっちこそそんな大変な時に、力になれなくてすまなかった」

なるべく平気な風を装って、そう返すのが精一杯だった。

その後、彼らとは疎遠となり、高校卒業する頃には廊下ですれ違っても目が合うことすらない他人となった。


ちなみに部活も、けっきょく何のドラマもなく、最後の大会も二回戦であっさり負けて終わった。


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