4.
シルバー車はフェンス張りの業者用出入口から空港の敷地内へ入る。
近くに控えていた二人の男が入口を閉めようとするが、そこへ月城の黒塗りが強引に割り込み、強行突破した。空港の敷地内でさらに追跡。やがてたどり着いたのは、小型機の整備所らしき格納庫だった。
薄暗い屋内で旭と月城、そして月城の部下の黒服二人が車を降りる。すると目の前に八人ほどの粗野な雰囲気の男たちが集結していた。
「おー。どこのバカが追いかけてきたのかと思えば、月城先輩じゃないですか。お疲れ様でーす」
雑然と積み上がった木箱の上に一人の男が腰掛けており、軽薄な声をかけてきた。
月城は顔をしかめる。
「
鈴華もそこにいた。貸衣装の袴姿で、後ろ手に両腕を拘束され、半グレのような私服姿の男たちに囚われている。
「どういうつもりだ。なぜお前がこんな所にいる」
「どういうつもりも何も。僕は業務命令で来ただけですよ。月城部長補佐が手こずっている様だから、手伝ってやれってね」
「お前が来るなどという話は聞いていない」
「じゃあ言う必要がないって判断されたんじゃないですか」
「なんだと」
木箱の上から傲然とこちらを見下ろし、鯖尾という男は言った。
「先生はお怒りですよ、月城先輩。たかが小娘一人攫ってくるのにいつまでかかってるんスか。だから俺が出張ってくることになったんスよ。あんま手間かけさせないでもらえますかねぇ、僕も暇じゃないんで」
月城はさらに表情を険しくした。苦々しい目で鯖尾を睨み上げる。
「知らない間に、ずいぶん大口を叩くようになったもんだな。こんな昼間から無関係の一般店舗に襲撃など、バカにも程がある。今ごろ警察に通報が行っているぞ。どう事を納めるつもりだ」
「さあ? 僕はこの女子高生を東京に連れて帰れって言われただけなんで。この件の責任者はあんたでしょう、あんたがどうにかして下さいよ。僕は知りません」
「お前何を言っている。そんな道理が通るか」
「道理」
鯖尾はせせら笑った。
「上の奴らがそんなもん、考えると思いますか。あの爺さんはそこの女子高生が自分の手元に戻って来りゃ、それで満足なんですよ。後始末のことなんて考えるわけないでしょう。俺が今すぐこの女子高生を連れて帰る、すると後がどうなるか想像がつきませんか」
月城は少し沈黙し、はっきりと怒りの形相を浮かべた。
「貴様……!」
「そういうことです」
何やら二人の間だけで勝手に話が進んでいるが、部外者の旭にはサッパリ意味が分からない。
拳を震わせる月城に、旭は小声で尋ねた。
「よう、いったい何の話してんだ。誰だあのクソ生意気な奴は」
「鯖尾だ。俺の、会社の後輩だ」
「先生って誰だよ。鈴華を爺さんの手元に戻すとか、お前ら何の話してるんだ」
「……うるさい。お前に説明してやる義理はない」
月城が答えないので、代わりに鯖尾に向かって声を張り上げた。
「ようお前、月城の後輩。さっきから何の話してんだ」
「何だオッサン」
鯖尾は胡散臭そうな目を向けてくる。
「鈴華の保護者代理だ。親父さんから頼まれてな。先生だの爺さんだのってのは誰だよ、そいつがお前らの黒幕なのか」
「保護者代理? ああ、じゃああんたがアレか。報告にあった、邪魔してくるオッサンか。月城先輩、なんでこんな奴連れて来てるんスか。頼んますよ」
鯖尾は呆れたように言い、それから旭に向かって小馬鹿にしたように続けた。
「しかしオッサン、首突っ込んできてる割に先生のことも知らんとか、ちょっと無能すぎだろ。そこの女子高生買い取って、自分の嫁にしようとしている爺さんだよ。聞いて驚け、我が国の与党第一党・民権党の
「……嫁……?」
「おい鯖尾、貴様何を考えている! 軽率に先生の名前を口に出すなど!」
「うっさいなあ、いま良い気分で喋ってるんだから邪魔しないで下さいよ。どうよオッサン、笑えるだろ? いい歳こいた爺さんが女子高生とヤりてえばっかりに、わざわざ企業に手ェ回して策謀巡らせて結婚のお膳立てして、挙げ句の果てには福岡まで人を使って人攫いまでさせてんだぜ。若い女とヤりたきゃ適当にお高めのデリヘルでも呼べばいいものを、ちょっと正気じゃないぜ。イカれてる。世も末だよなぁオイ」
薄暗い格納庫に下品な高笑いを響かせる鯖尾。
顔を青くする月城。
しかし旭はそれどころではなかった。
「爺さん、だと……? いや、鈴華は、御曹司と結婚するんじゃ……」
「御曹司? どこの御曹司だよ。まあ表向きがどんな話になってんのか知らねえけどな、実際の嫁ぎ先は七十も過ぎた爺さんだよ。やっぱJKブランドってやつ? リアル女子高生を嫁にするとか、まあロマンじゃあるがな。金と権力さえあれば、俺も一度くらいはやってみてえし」
あまりの衝撃に言葉が出なかった。
鈴華を見やる。
旭と目が合うと、鈴華は辛そうに目を逸らした。
思い返してみれば、確かに鈴華は「結婚させられる」としか言っていなかった。
相手がどこの誰なのか、本人が話したことは一度もない。
最初に神部の部屋で事情を聞いたとき、おおかた大企業の御曹司との政略結婚だろうと、旭と神部で勝手に想像しただけだ。その勝手な想像に対して、鈴華は否定も肯定もせず沈黙していた。
あのとき神部は言っていた。大して悪い話でもない、政略結婚だろうが何だろうが、結婚できる奴はさっさと結婚すればいいと。
正直、旭も心のどこかでそう思っていた。本人の意に反した結婚など論外だと口では言いながら、「でも女は若ければ若いほど価値があるってのが現実だ。高値で売れる時に玉の輿に乗れるんなら、将来的にはアリだよな」と。
貧しく、機会に恵まれず、婚期を逃してしまったロスジェネ世代の女性たちのことを知っている。彼女たちに比べれば、正直なところ鈴華の境遇が贅沢に見えていたのも事実だ。
月城に振り返る。
「おい、お前は知ってたのかよ」
「……うるさい」
「知ってたのかって聞いてんだよ」
「………………」
それが蓋を開けてみたらどうだ。
政略結婚どころではない。こんなもの遠回しな人身売買、ペットショップで売られている愛玩動物も同然ではないか!
「っざけんなテメエ!!」
次の瞬間、旭は激高して月城に掴みかかった。
胸倉を両手でねじり上げ、ガクガクと揺さぶる。
「鈴華の相手が七十過ぎのジジイだとぉ!? そんなバカな話があるか! そのジジイもたいがいクソだが、それに手ェ貸してるお前もクソだ! 何やってんだ、何やってんだよテメエは! ええ? ケーキのおじさんよぉ!」
月城はハッとしたように旭の顔を見る。
「なぜ知っている……いやそうか、お嬢さんか」
「そうだ! 鈴華はなぁ、お前のことをケーキのおじさんって呼んでたんだぞ。優しいおじさんだったって、それを今でも覚えてるんだぞ! そんな奴をお前、七十過ぎの変態ジジイに売り飛ばそうってのかよ! 何考えてんだテメエは!」
「やかましい! うるさいと言っているのが聞こえんのか!」
月城も旭の胸倉を掴み返した。
「何も知らんバカは黙っていろ! だったら貴様に何かできるのか? 金も地位も持たん底辺の無能が、民権党の有力者相手に何かできるのか!」
もみ合う二人に、鯖尾が呆れたように言った。
「おいオッサンども、こんなとこまで来て二人で何してんだよ。お互い潰し合ってくれるんならそれでもいいけどな、こっちも時間ないんだ。面倒くさいから二人まとめて潰れてくれや」
パチンと指を鳴らすと、配下に控える八人の半グレたちが動き出す。
それを見て、旭と月城は弾かれたようにお互い手を離して飛びすざった。
「頭に来たぜ、久々にマジで頭に来たぜ! 覚えてろよテメエ、こいつら潰してからテメエも潰すからな! もうここでどいつもこいつもブッ潰して、鈴華は連れて帰る!」
「こっちのセリフだバカが。覚えていろ貴様、鯖尾の次は貴様だ! ここで全てカタをつけてやる!」
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