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「いい。いいわよ鈴華ちゃん、とっても可愛いわ。やっぱり素材がいいと、服も着せ甲斐があるわね」

貸衣装屋に到着して、早や一時間。

冴木が豹変していた。

ドレス姿の鈴華の周りを犬のようにグルグル回りながら、目をギラギラさせて誉めちぎっている。

「次、こっち見て。あーそうそう、その角度。いいわよぉ、ちょっと目線上げて……そう! 可愛いわよ鈴華ちゃん」

スマホを構え、なぜか鼻息を荒くしながら写真を撮りまくっている姿を、旭らは後方でたじろぎながら眺めていた。

「な、なんかあいつキャラ変わってないか? ああいう奴だったっけ」

「いや……俺も初めて見たッスけど。あれじゃないッスか、女は小さい頃にお人形遊びとかやるでしょ。こう、童心に返ったっつーか」

「童心かアレ? なんかねちっこくて、変質者のオッサンっぽいぞ」

「聞こえましたよ旭さん。誰が変質者のオッサンですか」

冴木に睨まれ、旭は首をすくめる。

「ものの例えで言っただけじゃねーかよ……」

「許しません。後で相応の報いを受けてもらいますからね。けどまあ、今はそんなことより」

冴木は鈴華を指して続けた。

「せっかく女の子がお洒落してるんですよ。男が三人もいて、一言くらい気の利いたコメントでもしてあげたらどうですか」

「コメントってな」

こんなオッサンどものコメントなんかいらないだろうに。

そう思いつつ目を向けると、鈴華はなぜか少し赤くなり、そそくさとポーズを取り直した。

……え、欲しいもんなのか?

その初々しい仕草に、年甲斐もなく少し動揺してしまう。

いま着ているのは桜色のパーティードレスだった。「結婚式に参列する友人」といった場面を想定したものらしい。祝いの場にふさわしく、かつ花嫁より華美にならぬよう、色合いやデザインに気を配った一着である。

「おう、よく似合ってるじゃねえか。どっかの良いトコのお嬢さんみてえだぜ。こりゃあ外で悪い虫が付かねえか、親は心配でしょうがねえだろうな」

「なかなか大人っぽく見えて良いと思うぜ。もしそれにすんのなら、せっかくだしネックレスとか小物も合わせてみたらどうだ。組み合わせ次第では更に化けるんじゃねえか」

番場と神部がサラリと感想を言ってのける。

自然、皆の目が旭に集中した。

「……え、俺も言うのか?」

「当たり前ですよ」

早く言えと冴木から目線で急かされ、旭はなぜか得体の知れない焦りを感じた。

「あ~、その……何だ。え~とだな……」

鈴華と目があう。

こっちを見ている。ガン見である。期待するような、不安そうな。

不意にハッとして慌てたように髪に手をやり、何事もないのを確認してホッとして、再び固唾を呑んでこちらを見てくる。

おいやめろ。なんでお前そんなにマジな雰囲気出してんだよ。ガチのコメント待ちやめろ、言いにくいだろうが。

相手の緊張感が伝わり、ますます言葉が出てこなくなる。

妙な間が空き、神部と番場も「何やってんだお前」と言わんばかりの顔でのぞき込んできて、それが更なる焦りを誘う。

簡潔に、一言でいいのだ。そんなことは分かっている。

実はドレス姿の鈴華を見た瞬間、単純明快な一言が頭に浮かんではいた。

だが、その一言というのが。


きれいだ。


いや、ダメだろこれ。

これ言っちゃダメなやつだろ。

四十三のオッサンが十七歳の女子高生にこれ言ったら終わる。何かが終わる。とにかくダメだと本能が警鐘を鳴らしている。

旭はあまりアドリブが利く方ではない。正直な一言を言えないとなると、代わりに何を言えばいいのか皆目見当もつかなかった。

「あー、うー……。つ、つまりだな、その……」

冷や汗をかきながら、壮絶に頭を絞って考え抜いた結果。

「いいと、思うぜ。うん。いい」

鈴華の顔に苦笑が浮かび、冴木からは呆れた顔をされる。

「お前よぉ、さんざん引っ張っといてソレだけかよ。面白くねえぞ?」

「語彙力。お前、せめてもうちょい。恥ずかしいぞ」

番場と神部からも小馬鹿にされてしまった。

くそっ、この裏切り者ども。だいたい何であんたらは、そんな簡単に女を誉める言葉が出て来るんだよ。おかしいだろ。あんたらがサラッと言うもんだから、言えない俺が変みたいになってるじゃねえか。俺は悪くねえ!

「ま、旭さんですから期待はしてませんでしたけど。さ~て次は」

打ちひしがれる旭をよそに、冴木はさっさと次の試着を考え始める。

その目が店の隅にある和装コーナーで止まった。

「和装か……アリね。すみません、あっちも試着できますか?」

「もちろんでございます、ぜひぜひお試し下さい。いまカタログをお持ちします」

「鈴華ちゃん、こっちいらっしゃい。着物や袴なんて着る機会ないでしょ、せっかくだから試してみましょう」

店員は営業スマイル全開で和装コーナーへと誘導する。

鈴華はチラリと旭らの方を振り返って苦笑を残し、呼ばれるまま冴木の元へ向かって行った。

「ま、まだ続くのかよコレ。もう四着目だぞ」

「着物の着付けってメチャクチャ時間かかるんじゃなかったか? やべえぞ」

今日の予定を聞いた時、冴木は「衣装選びだ」と言っていた。

衣装選びの後は何するんだと尋ねると、「選ぶのにどれだけ時間がかかるか分からないから未定だ」と答えていた。

おい、まさか本気で丸一日かける気じゃないだろうな。

これが噂の女の洋服選びってやつか。マジでしんどいぞコレ。

世の男たちが味わってきたという苦痛の予感に、三人は溜め息をついた。

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