9.

その場にいては警察が来て厄介な事になるので、ひとまず離脱。

ホテルまで移動してロビーで事情を説明した。

「ほほぉ、花火大会ねぇ。んでお前らは、その月城って男からお嬢ちゃんを守るべく、ボディガードみてえなことをやっていると」

「まあ、そうッス」

「自分たちばっかり三連チャンで有給取って、そんな面白そうな事をやってると」

「遊びでやってるわけじゃないッスよ! ……まあ、そう思われてもしょうがないかも知れないッスけど」

「ほほぉ。これはなかなか、由々しき事態だなぁ。まさかまさか、そんなことになっていたとは」

番場はニヤニヤしながら大儀そうに言う。

この爺さんがこういう笑い方をしている時は、たいていロクなことにならない。それを知っているだけに、旭は内心でハラハラしながら番場の出方を伺っていた。

一方、鈴華は番場が引き連れていた若い衆に大人気の様子だった。

「かわいい。いやマジかわいいッスよ。福岡も相当レベル高いはずなんだけど、やっぱ東京の女子高生は更にハイレベルって感じ? 上には上がいるもんだなぁ」

「おい妻帯者、密告すんぞ。いやでも、確かにこいつはヤバい」

「ヤバい。旭さん、これはヤバいッスよ。こんな娘を連れ回してるとか、俺マジで旭さんの身が心配になってきましたよ」

大きなお世話である。

鈴華はと言うと、いきなり見知らぬ男たちに囲まれて戸惑うものの、助けてもらった手前があるので邪険にするわけにも行かず、曖昧な愛想笑いを浮かべてその場を凌いでいる。

「よっしゃ!」

番場が膝を叩いた。

「そんな健気なお嬢ちゃんの話を聞いて、黙ってたんじゃ男が廃るってもんだ。おう旭、明日から俺も嬢ちゃんのボディガードやってやるぜ」

予想でき得る限り、最悪の展開だった。

ただでさえ厄介な状況なのに、ワガママ放題な爺さんまで加わるなど冗談ではない。

「だから番場さん、遊びじゃないんですって。面白がってるでしょ」

「俺ぁ至って真面目だぜ。それにお前らのヘタレっぷりを見てたら、とても安心して任せらんねえ! 俺もしばらく休みだしよ、これは仏さんのお導きに違いねえ!」

「番場さんはお休みじゃなくて謹慎ですからね? 分かってます?」

冴木の苦言も馬耳東風。やる気になってしまった番場を止められる者など、社長も含めてマチダ運送には一人もいない。

「ええーっ? 番場さんズリィっすよ! 俺も東京の女子高生と遊んでみたいッスよ!」

「バカ野郎、お前らまで休んだら仕事が回らねえだろうが。こういう厄介事は経験豊富な年長者に任せて、お前らは若ぇ力で会社を盛り立てるんだよ」

「どう考えても仕事よりそっちの方が面白そうじゃないッスか。うわズリぃ、パワハラだ! 旭さんや神部さんはそんな人じゃないって信じてたのに!」

「おい俺に飛び火させんな。俺は成り行きでこうなっただけだ」

「俺の嫁なんて同い年ッスよ? かあーっ、羨ましいったらありゃしねえ!」

「だからお前ら遊びじゃねえって言ってんだろ、いい加減にしろ!」

騒ぐ若い衆を怒鳴りつけるものの一向に効果はなく、しばらくホテルのロビーに東京の女子高生と遊ぶの遊ばないのと不穏な単語が飛び交う。

そして何だかんだと言いながら、明日から番場もついてくる事が為し崩し的に決定してしまった。

長谷川ら若い衆は天を仰いで、口々に落胆の声を上げた。

「ちくしょー、けっきょく明日も仕事かよ。しかも明日って俺、早出じゃねえか。最悪だー」

「里見ちゃーん、用事終わったらウチの会社にも遊びに来てねー」

「お前らさっさと帰れ!」

一人だけ笑っている番場を先頭に、恨み千万の若い衆がホテルを出て行く。

彼らを追い返すように見送り、ようやく静かになった。

「あーくそ、どっと疲れたぜ。さあもうメシに行こうぜ、気分切り替えだ」

チェックインしてそのままロビーで説明会だったので、まだ部屋に荷物を上げてすらいない。

エレベーターに向かっていると、鈴華が隣に来て言った。

「みんな良い人達」

「あん? うちの若ぇ衆のことか?」

「助けてくれたこと、私たちが気にしなくていいように、わざとバカっぽく振舞ってくれてた。ぜんぜん恩着せがましくない人達だった。だから良い人達」

旭は驚いて鈴華を見下ろす。

そして慎重に言葉を選びながら答えるのだった。

「いや、悪ぃけどな鈴華。あいつらは本当にバカなだけだ。お前も奴らと一緒に仕事してたら分かる」

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