8.

ドーム近くのショッピングモールで遅めの昼食をとる。

ランチコースお一人様千五百円は、ふだん昼食など五百円以内で収めているトラック運転手には痛恨だったが、鈴華の手前ポーカーフェイスを死守した。

「しっかし百道浜近辺も、すっかり綺麗になったよなぁ。やっぱ昔、ここでよかトピアやったのはデカかったんだなぁ」

値段の割に量の少ないサラダをつつきながら呟くと、神部が手を叩く。

「あったよなあ、よかトピア! お前行ったのか?」

「そりゃ行くだろ。三回くらいは行った覚えがあるぜ」

「いいなあ、羨ましいぜ。俺は一回しか連れて行ってもらえなかったからよ」

話を聞いていた鈴華がスマホを操作し、画面を覗き込みながら言った。

「アジア太平洋博覧会、ですか」

「要するに万博だよ。よかトピアってのはその通称。もう三十年くらい前になるか」

旭は説明する。

「アジアの色んな国をテーマにしたパビリオンがいっぱいあって、イベントとかも盛りだくさんでな。当時ガキだった俺の目には珍しくて面白いもんばっかりだったぜ。いかにも南国って感じの民族衣装着た浅黒い肌のオッサンが、強烈に印象残ってるんだよなぁ。トンガ? だっけ。なんかそんな国のオッサンでよ。あん頃は外国人ってのがそもそも珍しかったしな」

「俺はヤシの実ジュースだな。ヤシの実に穴あけてストロー差して飲むやつでよ、親に泣いて頼んで買ってもらったんだ。どんな味だったかは覚えてねえけどよ。懐かしいな、あれは俺らが小学生くらいの時か」

「あのタワーは、元々よかトピアのシンボルとして建てられたもんだったんだよ。会場に入ったら正面にこのタワーが銀色に輝きながらデーンとそびえ立っててよ。おお未来だ、って感じだったぜ。今はもうよかトピアの名残は、タワーとテーマ館くらいしか残ってねえのかな」

「テーマ館は、確か今は市の博物館になってるんだっけ。あれも銀色で派手だよな」

「そうそう、あっちの方にあるやつ。入場ゲートもあの辺だったはずだぜ、ゲートくぐったらすぐ右手がテーマ館だったの覚えてるから」

オジサン二人が万博トークで盛り上がる一方、鈴華だけでなく冴木もせっせとスマホを操作していた。

「でもアジア太平洋博覧会って、最初はガラガラだったらしいですよ」

「マジかよ? 俺の記憶じゃ人でごった返して、すげえ盛り上がりだったぜ?」

「じゃあ旭さんはきっと後半に行ったんですね。開催期間の前半は集客ヤバかったけど、後半で盛り返したらしいですから」

「て言うか冴木よ、なんでお前までスマホ頼みなんだよ。お前も地元民だろ」

「しょうがないじゃないですか。当時は私、まだ生まれたか生まれてないかくらいですよ。旭さんや神部さんと一緒にしないで下さい」

「こんなところで何のアピールだよ……」

ゲンナリしていたその時。

鈴華が操作していたスマホから、不意に歌が流れ出した。


ランラン手を繋いで ランラン祭りだ祭り

ランラン手を繋いで ランラン祭りだ祭り


「ぐはぁっ!」

旭と神部は悶絶する。

「懐かしい! 懐かしすぎるぜ、おい何だそれ!?」

「ユーチューブです。当時のCМがあったから」

「やべえ泣きそうだ。……あん頃は良かったなぁ、未来が輝いて見えてたもんだぜ。それがまさか、こんなトラック運転手なんかで生活費を稼ぐだけの人生になるなんてなぁ……」

「おいよせよ、まだ分かんねえだろ。まだまだ人生これからだぜ! 少なくとも俺はそう思ってるぜ」

「じゃあお前、そっちの現役女子高生に聞いてみろよ。客観的に見て、俺らが人生これから盛り返せるように見えるかをよ」

「ちょっと神部さんやめて下さい、そんな残酷なことに鈴華ちゃんを巻き込まないで」

「残酷って言ってんじゃねえか。鬼かお前」

神部の恨み言をスルーして、冴木は鈴華に尋ねる。

「さあ、時間もないから次の目的地を決めなくちゃ。鈴華ちゃん、どこか行きたい所ある? ざっくり街中をウィンドウショッピングとかでも良いけど」

鈴華は少し考える。

「ごめんなさい、花火のことしか頭になかったから、福岡のことあんまり調べてなくて……。でも、できれば街中よりは自然が綺麗な景色とか見たいかも、です」

「そりゃそうだ、東京民だもんな。渋谷だの原宿だのに慣れてる人間からすりゃ、福岡の街並みなんざショボくてつまんねーだろうし」

「や、東京といっても山手線周辺がすごいだけで、私が住んでたのは郊外だから……渋谷にも原宿にも、私はあんまり行かなかったし……」

「そんなもんか? まあいいや。自然がきれいなとこって言やあ、この辺では」

冴木が断言した。

「伊都島ね。決まりだわ」

「伊都島ぁ? あんな田舎行ってどうするんだよ、何もねえぞ?」

「田舎だから良いんじゃないですか。サンセットロードをドライブするも良し、白伊都の滝を見に行くも良し、海にも山にも見どころがありますよ。それに最近の伊都島はブランドですよ? 古民家カフェとか隠れ家的レストランとかバンバンできてて、雑誌でしょっちゅう特集されてるんですから」

「あ~……まあ、なんかそういう話を聞いたことはあるけどよ」

「私に任せて下さい。これでもお休みの日に何度か伊都島には行ったことがあるんです。さあさあ、時間がないから行きましょう」

こうして冴木の鶴の一声により、伊都島行きが決定したのだった。

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