7.

観光の手始めに、福岡Bayドーム球場へやって来た。

福岡ではタワーに並ぶランドマークである。

「お、ちょうどファルコンズの試合やってるぜ。見て行くか?」

ドームを取り巻くようにテントがいくつも立てられ、ファルコンズのユニフォームを着た売り子がグッズを売っている。今日が試合の日であることを察して旭が言うが、鈴華は首を横に振った。

「私、野球ぜんぜん知らない」

横で冴木も全く同じ動作をする。

「野球なんか見てたら、いくら時間あっても足りませんよ。却下です」

「何だよ、野球場に来て野球見ねえとか、何しに来たってんだよ」

「こういうのは雰囲気を味わうだけで十分なんです。ほら、周りに面白そうなのがたくさんあるじゃないですか」

冴木と鈴華はファンでもないくせにグッズを見て回ったり、店員さんと写真を撮ったり、ドームに入っている食べ物屋がどんな店があるかチェックしたりしている。

「これ、楽しいのか?」

「言うな旭。女の感覚を理解しようとするだけ無駄だぞ」

旭と神部はその後ろをついて回ることしか出来ない。

ドームの周辺には有名人の手をかたどった銅像が、あちこちにあった。握手ができる形をしており、写真を撮っている観光客がそこかしこに居る。

「でもこれ、ポールマホトニーの隣に武田鉄次とか、意味分からないです。節操のない並びしてますねぇ」

「お、汪監督の手じゃねえか。これは撮っとくか。おおい旭、頼むぜ」

「しかしこんだけ手ばっか並んでると、ちょっとしたホラーだな。これを設置しようと思った奴、サイコパスの気があるんじゃねえのか」

「夜にここ来たら、ちょっと怖いかも」

少し離れたところには福岡海浜タワーが見える。

鈴華は感慨深げにそれを見上げていた。

「あれが。眺め良さそう」

「とっても良いわよ。あの高いところから、あっちに上がる花火を見るの。きっととても綺麗でしょうね」

「明後日だっけ? 例の中国の何とかって花火はよ」

「しあさって」

「前の日には着て行く衣装選びもするからね。楽しみにしててね」

自分が福岡に来た最終目的地とあって、思うところもあるだろう。ただタワーが立っているだけの何の変哲もない景色なのに、鈴華はしばらくそれを眺め続けていた。

それから更に北側に回ると、博田湾とその先にある海の中路が一面に広がる展望エリアだ。

「すごい。きれい」

よく晴れた空。青色の海をジェットスキーが白い波を蹴立てて走っている。

海を眺める鈴華の隣に立ち、旭は水平線を指して言った。

「ほら見てみろ。海の真ん中によ、細い陸地がずーっと出っ張ってるだろ」

「うん」

「あれが海の中路だ。こっから見たら細くて頼りないけど、近くまで行けば立派な陸地で、電車だって通ってるんだぜ。子供のころ乗ったことあるけど、いつ発車していつ止まったのか全然分からなかったのが印象に残ってるなぁ」

神部が横から口を挟む。

「うん? おい旭、どういうことだそりゃ」

「だからその電車がよ、発進停止がメチャクチャ静かだったんだよ。ぜんぜん揺れねえの。外の風景見てなきゃ、マジでいつ止まっていつ発車したのか分かんねえくらい。そういう線路なのか、そん時の運転手がよっぽど上手かったのか知らねえけどよ」

「そうなのか。海の中路なんて行ったことないから知らん」

「マリンランド行ったことねえのかよ!?」

「ねえよ。だってただの水族館だろ?」

「おい地元民」

そんな旭と神部のやりとりは無視して、冴木が鈴華に寄り添って海の中路の先端を指差す。

「海の中路を行った先に島があるでしょ? あれが志賀島。知ってるかしら? 金印が出土したことで有名なんだけど」

「あ、知ってます。漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」

「そう、それ。さすが現役高校生ね」

「習ったの確か小学校の頃ですけど。教科書に載ってたのが目の前にあるって、何だか変な気分です」

二人のやりとりを聞いて、旭は首をひねる。

「かんのわのな……何だって?」

「おい、人のこと言えんのか地元民。何で知らねえんだよ。中国の皇帝が卑弥呼に贈ったって言われてるやつだよ。邪馬台国がこのへんにあったかも知れねえ有力な証拠だって習っただろうが」

「卑弥呼とか邪馬台国って聞いたことあるな。え、あれって福岡の話だったのか?」

「いやだからハッキリとは分かんねえよ、そういう説が有力だってだけで。佐賀で吉野ケ里遺跡が発掘されて、やっぱりあっちじゃねえのかって話もあるし」

「そうなのか。おまえ物知りだな、博士か?」

「小学校の教科書レベルの話だぞ。電車の事なんかどうでもいいから、そっちを知ってろよ。ちょっと待てお前、元寇の防塁壁のことくらい知ってんだろうな?」

「何だよそれ」

「モンゴル軍が攻めてきたって話ですか。神風が吹いてやっつけたけど、鎌倉幕府が滅亡するキッカケになったっていう」

こともなげに答えた鈴華に、旭は驚きの声を上げる。

「おまえ何で知ってんだよ? 東京民のくせに」

「だから教科書に載ってんだって。小学生レベルの知識だぞ、恥ずかしい奴だな」

「う、うるせえ、そんなもん知らなくたって生きて行けらぁ!」

「勉強できない中学生かお前!」

「マリンランドに行ったこともねえ奴に言われたくねえよ! そんなんでよく地元民が名乗れたもんだぜ」

「ああ? そんなに言うならお前、福岡城の名島門くらい見たことあんだろうな?」

「ちょっとそこのオジサン二人、地元の恥だからしばらく黙ってて!」

冴木に怒られてしまった。

「鈴華ちゃん。元寇の防塁壁はね、今でもあるの。あの辺だったかな? つまりあの海の辺りを元軍の船が押し寄せて、それをあの辺りで日本の侍が迎え撃って……」

「すごいです。やっぱり現地で見ると面白いです。教科書に載ってたこと、本当にあった事なんだって実感できて」

「鈴華ちゃんがしっかり勉強してるから面白いのよ。偉いわ」

海や陸地を指差しながら笑い合う女性陣の後ろで、叱られたオジサン二人は黙って突っ立っているしかなかった。

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