一日目

1.

8時になりました。本日の福岡の天気は晴れ、降水確率0パーセント。絶好のお洗濯日和となるでしょう……

ラジオの明るい声を聴きながら、旭はマチダ運送へ帰ってきた。

電話で言われた通り、いつものパーキングではなく倉庫へ向かうと、その入口で冴木が待っていた。

「お帰りなさい。お疲れ様です」

「おう、ただいま。それとおはよう。ゆうべはちゃんと家に帰ったのか?」

「帰りましたよ。シャワー浴びて四、五時間寝ただけですけど」

本当にお疲れ様である。

冴木によると、件の正規品はもうすぐここへ到着予定だという。

「さっさと行きてえんだけどなぁ。これじゃ昼の四ツ星、だいぶ遅れちまうかも知れねえや」

「そのことなんですけど。ゆうべあの後、ダメ元で神部さんにメッセージ送っておきました。事情を説明して、四ツ星行きを旭さんと代わってもらえませんかって」

「神部に? あいつ今日休みだろ? もう二週間休みなしだったってことで」

「ですからダメ元です。メッセにもそう書いてます」

朝起きてメッセージに気付けば返信を送ってくるはずです、と冴木は言う。

冴木らしい機転だが、あまり期待はしない方がいいかもなと旭は思った。二週間も連続で働いて、ようやく休みだとホッとしたところにやっぱり出てくれ、である。旭ならメッセージに気付かなかったことにして、もう間に合わない時間帯になってから「いま気付いた」と返信する。

「ともかく積荷のダブルチェックをしましょう。開けてくれませんか?」

「真面目だねぇ。何べん見たってロットは変わんねえぜ?」

旭は苦笑しながらロックを外し、リヤドアを開けた。

そして二人して絶句する。

荷台に人間が転がっていた。

正確には、見知らぬ一人の少女が、荷物の隙間でスヤスヤと寝息を立てていた。

ずいぶんと若い娘だ。確実に十代、高校生くらいか。

汚い荷台にハラリと散らばったセミロングの髪。Tシャツとショートパンツの上から薄手のパーカーを羽織ったラフな服装。あどけなさの残る寝顔は、目鼻立ちが綺麗に整った将来有望な美人のタマゴだ。

その他、描写すべき点は多々あるような気もするが、とにかく言える事は。


誰だこいつ。


この一点に尽きる。

「……あ?」

ようやく旭の口から、まぬけ極まる一言が発せられた。





「こここ困るよぉ旭くん、トラブルは困るよぉ!」

マチダ運送社長、町田謙信はひたすら狼狽うろたえていた。

「俺だって困ってますよ。てか、こいつが勝手に俺のトラックに乗り込んだんスよ? むしろこっちが被害者ッスよ」

会社の応接間には旭、冴木、そして町田の三人が集まっていた。

件の少女はソファーに腰かけて両手を膝の上で握りしめたまま、身じろぎ一つしない。

少女の名前は里見鈴華さとみ すずか。東京から新幹線に乗って家出してきた。旭のトラックには大阪のサービスエリアで乗り込んだ。ごめんなさい。

今のところ聞き出せた情報は、これで全てである。後は親の連絡先を訊こうが家出の理由を訊こうが、何を訊いても貝のように口を閉ざして黙秘権行使の構えだ。

「なあお嬢ちゃんよ、こっちだって事を荒立ててえわけじゃねえんだ。いいから家の電話番号を教えてくれねえか。このままじゃ、こっちとしちゃあ警察に通報するしかなくなる。お嬢ちゃんだって、その若さで警察のご厄介になりたくはねえだろ?」

旭はわざとらしい猫なで声で言ってみる。

大人を本気で怒らせるな。優しくしてやってるうちに言う事を聞いとけ―――― 言外にそういうニュアンスを滲ませての一言だ。狙い通り、少女も一瞬は狼狽えた表情を浮かべた。

だが。

「け、警察なんてダメだよぉ! 世間様の耳に入ったら何を言われるか。未成年の女の子を東京からさらって来たなんて噂になったら、この会社終わっちゃうよぉ!」

町田があっさり暴露してしまい、旭は頭を抱えた。

「ちょっと社長、あんたがネタバラシしてどうするんスか! この子への脅しにならねえでしょうが!」

「お、脅し!? ダメだよぉ旭くん、未成年の女の子を脅すなんてダメだよぉ!」

くそっ、誰かこのオッサン摘み出せよ!

思わず絶叫したかった。

近くに置いておくだけで、いつか絶対に大変なことになる。

このご時世、オジサン達にとって未成年の少女というのは、時限爆弾にも等しいのである。

鈴華と名乗った件の少女は、このやりとりの意味を理解すると、再び貝のように口を閉ざしてしまった。

「いいわ。まずは私が話を聞きます」

埒が明かないと思ったのか、冴木がそう言った。

「厳ついおじさん二人に詰め寄られちゃ、怖くて言いたいことも言えなくなっちゃうわ。私が一人でこの子から事情を聴きますから、お二人は外に出ていて下さい」

「出てけったって、じゃあ俺らは何してりゃいいんだよ」

「知りませんよ。トイレの掃除でもしてて下さい」

一度決断すると冴木の行動は早い。あれよあれよという間に応接室を追い出されてしまった。

何という扱いだろう。

この時点において、旭の仕事は冴木の手腕によって無くなっていた。東京からの積荷の件も四ツ星飲料の件も、冴木が「非常事態」の名のもと非番の者を無理やり召集して押し付けたのだ。

東京から見知らぬ少女を連れてきてしまうという、このマチダ運送創業以来の大事件において、旭は重要人物だからということでの特別処置だったのだが。

それが今度は出て行け、トイレ掃除でもしていろ、である。

「くそっ、俺はもう寝るぞ、こちとら徹夜なんだよ! 社長、何かあったら更衣室のソファーにいますんで!」

旭は一方的に宣言して、オロオロしている町田を置き去りに、足音も荒くその場を立ち去って行った。


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