第6話 裏切り者の登場
予告通り、最初ににじりよってきた人間には、それなりの攻撃を与えたやった。
だが、自分にできるのはそれだけ。
逆上した男たちに捕まえられてしまった。
三人がかりで手足を抑え込まれた私は、彼らにとって良い相手となるのだろう。
「くそっ、よくもやりやがったな!」
額から血を流す男が、私の頬をなぐりつける。
ストレスがたたったのか、吐血した私も血だらけだ。
これで驚いて逃げてくれればよかったが、彼らは意外と胆力があったようだ。
血走った眼をこちらに向けながら、憎悪の言葉を吐きちらかしている
「命だけは助かるなんて、甘い事考えてねぇよな。お前は指定された人質じゃないんだ。慰み者にした後で、むごたらしくころしてやる」
彼らの言葉に身を震わせる。
勢いでとんでもない事に首をつっこんでしまった。
ゲームの内容を考えればミスティアが助かる事は分かっていたのに。
けれど……。
「ミスティアが早く助かればノワール様も嬉しいですしね……」
「あ? 何喋ってんだ。自分の立場分かってんのか」
私は、彼らの悪意に負けないようにまっすぐににらみつけた。
誘拐犯たちの一人。
目の前で血を流す男がこぶしを振り上げる。
だが、それが振り落とされることはなかった。
くぐもった声がして、私をなぐろうとした男性が崩れおちる。
その向こうに立っていたのは……。
「女一人に男三人か。ずいぶん臆病物なんだな。女に手をあげるとは」
「ノワール様!」
ミスティアの兄。
孤独な男性。
やがて裏切り者になる愛しい貴方。
血にまみれた私を見て少しだけ勘違いをしているノワール様は、鋭かった視線をさらに鋭くして、きっと相手をにらみつけた。
「当然、殴った分だけ、殴られる覚悟はできてるだろう?
「生意気な……ぐわっ!」
「強いじゃ……がはっ!」
誘拐犯たちは喋る間もない。
音もなく立ちまわるノワール様が、お腹に拳をお贈りしたり、首に手とうを見舞ったりして、事態を鎮静。
ノワール様はあっという間の二人もやっつけてしまった。
やられ役の男達は、白目で床の上だ。
数分で男三人をのしてしまったノワール様は、さきほどまで床の上で押さえつけられていた私に手を差し出した。
「いつまでひっくり返ったダンゴムシのようになっている」
「あ、ありがとうございます」
その手を握り返す
ずっと遠く見ているだけだった人の手は、細くて小さかったけれど、思ったよりはごつごつしていた。
立たせてもらった所で、部屋の中に新たな人間がやってきた。
肩まで伸びたやわらかな質感の桃色の髪を揺らしながら、髪色と同じ穏やかな優しいい色をたたえた瞳を向けるその少女は、ヒロインだ。ノワール様ともすでに顔見知り。
「人が、倒れて……ノワールさん、いったい何があったんですか!」
「誘拐犯だ。ウルドから聞いてきたのか」
「ええ、偶然町で会って、その時に」
「そいつらは、しばってころがしておけ」
「は、はいっ」
ここにヒロインがいるのはゲームの内容で分かっていた。
元のシナリオではウルドとヒロインが、この場に居合わせることになっているのだから。
荒事慣れしている彼等の活躍のおかげで、ミスティアは無事救出といった流れ。
しかし本来なら、兄であるノワールは、この場にはいなかった。
彼らはここで助けたミスティアの事を、ノワールの妹だとは気が付かないまま別れる。
だから、私がこれからその流れを変えなければ。
人を信じる事にためらいを覚えるノワール様の心境を考えると、ここでは口を閉ざしていたほうが良い。
だが、ノワール様には彼らともっと交流してもらわなければならない。……それが後々の悲劇をつぶす鍵となると、信じて。
「ノワール様、私が逃がしたミスティアさんは大丈夫でしたか?」
「おい、余計な事を言うな」
「でも、ノワール様の妹さんは誘拐犯に攫われて、とても怖い目にあってしまったんですよ。心配です。かなりつらい思いをされているはずですし」
すると、予想通りヒロインが、その話にくいついてきた。
慣れた手際で誘拐犯たちの実動きを封じながら(持ち運んでいる護身用グッズの縄を活用)、訪ねてきた。
「まあ、ノワールさんには妹さんがいらっしゃったんですね。きっと美人さんなんでしょうね」
「ローズローズという花屋に努めているんです。とっても素敵なお店なんですよ」
「まあ、行ってみたいですわ!」
ノワール様がこちらをにらみつけながら「恩をあだで返しやがって」みたいな事を言いたそうにしている。
これは恨まれてしまっただろうか。
しかし単純に楽しみにしているヒロインにクギをさすのも、不審な行動だと思ったのだろう。
それ以上は何も言わなかった。
ノワール様は、ため息をついて話が落ち着いた事にこちらを見た。
「……それより、まずお前の手当てが必要だろう」
あっ、吐血の勘違い。
気まずい気持ちでいる私の代わりにヒロインが口を開いた。
「ノワールさんは、エルンさんの体質をしらないんですか? 学園では有名なんですけど……」
余計な心配させてごめんなさい。
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