第3話 仲良し作戦



 その日から私は、ノワール様の妹ミスティアと仲良くなるために、その花屋に何度も足を運んだ。


 誰かに贈り物をするために、部屋に飾るために。


 実に様々な目的で。


 そのおかげか、彼女と話すうち、色々な花の名前に詳しくなった。


 子供のお小遣いで買えるカラフルな花の名前とか、染料によく使われる花の名前。

 それから、伝言をする時に役に立つ、変わった草の名前なども。


 朗らかな声で話すミスティアの説明は、驚くほどすんなり頭に入ってくる。


 いっそ、この花屋でバイトを始めるのも良いかもしれない。


 職場でミスティアの後輩になれば一気に、親密になれるはずだ。


 だけど、懸念すべきなのは……。


「おい、女」

「ノワール様!」


 馴れ馴れしくし過ぎるとノワール様にあやしまれるという事。


 学園の中庭で。いつものようにぼんやりノワール様の姿を見つめていたら、声をかけられた。


「最近花屋をうろついてるらしいな。何の目的があってミスティアに近づく」

「も、目的だなんて、そんな……。私は妹さんには」

「なんであいつが俺の妹だと知っている」


 しまった。私は慌てて軌道を修正する。


「私はただ花に興味があって」

「花に興味がある? 笑わせるな、雑草と苗の見分けもつかないくせに」


 それはつい先日あった出来事だ。

 ミスティアと話に華を咲かせたついでに、(植物の)花を咲かせる方法を訪ねて、その流れで。


 それなりに詳しくなったと思っていたが、しょせんは付け焼刃。

 どうやら私のずさんな草花知識では、ごまかせなかったようだ。


「ミスティアに何かしてみろ。女でも容赦しない」


 底冷えするような視線を向けられて、私は硬直するしかない。







 このままではノワール様を救う前に、私の人生が終了してしまう。

 好きな人にちょっかいかけすぎて、嫌われてからの破滅は、悪役のテンプレ展開だ。


 ミスティアにこれ以上近づくのはまずいだろうか、そう思った矢先に、事件が起こった。


「あれは、ミスティア?」


 迷いながらもミスティアが働いている花屋に向かいっていると、前方を歩く当人を発見。

 ミスティアは私達とは違う学校に通っている。


 が、学生の授業が終わるころは大体どこの学校でも同じらしい。

 授業後に働いてるため、帰り道で出くわす事もあるだろう。


 視線の先では、いつもの従業員服ではなく学生服に身をつつんだミスティアがいた。


 彼女は機嫌が良いのか鼻歌を歌いながら、歩いている。


 そのミスティアの目の前を黒猫が横切った。

 なんて、不吉な。


 と思ったのは私だけのようだった。


 ふと目の前に現れた黒猫に一目ぼれした彼女は、学生カバンからねこじゃらしをとりだして、相手をしはじめた。


「にゃんにゃんにゃん」


 ミスティアのにゃんにゃん、いただきました。


 後姿だけだけれど、きっとゆるんだ顔をしているに違いない。

 業務用ではないミスティアの顔。

 個人的に興味はあった。


 しかし一般的に、そういう所を他人に見られるのは恥ずかしいはず。

 私だったら、転げまわる。


 声をかけづらくなってしまった。


 見なかったふりをして、この場を去ろうかどうか迷っていると、前方からあやしい集団が近づいてきた。


 外套ですっぽりと体を覆った者達は、ミスティアの前で立ち止まる。

 ねこじゃらしで相手をしてもらっていた黒猫は、その威容な雰囲気をまとう者達に驚いて逃げてしまった。


 あやしげな者達は、ミスティアに声をかけた。


「一緒に来てもらおうか」

「……」


 ミスティアはどういった表情をしているのだろうか。

 ややあって小さく頷き、彼らの後をついていった。


 これは、ひょっとして事件では?


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