第2話 吐血少女



 保健室


「はぁ……」

「……ンさん。エルン・クラリネッタさん。おやおや、珍しいですね。そんなに深いため息をつかれるなんて、どうされたんですか?」


 考え事をしていた私は、知らない間にため息をちていたようだ。

 声をかけられて我に返る。


 目の前には見慣れた保険医の顔。

 私がいる位置は保健室のベッドの上。


「いえ、ちょっと考え事を。大した事ではありませんわ」

「それならいんですけどねぇ、気の弱りは心の病といいますので、きちんと療養してくださいねぇ」

「はい」


 私は病弱体質だ。無理をすると血を吐くし、しなくても血を吐くので、よくこの保健室のお世話になっている。

 この私は一応悪役令嬢であるのだが、ばりばり動いて働く系の悪役ではない。体が弱いため、人を使って主人公達を邪魔する悪役だった。


 そのためそんな彼女に転生した私は、こうして何度もお医者さんや保健医のお世話になっていた。


「エルンさん、今日は吐血の回数が少ないですし。このまま安静にしててくださいよぅ」

「分かりました」


 保険医が言った通り、授業でちょっと激しい運動をしただけでも血を吐く。


 無理をしたら血を吐くような登場人物を、乙女ゲームに出さないでほしい。


「いつものお薬も飲んでおいてくださいねぇ」


 先ほどから私の様子をうかがっている保険医は、白髪の男性。

 歳は三十代半ば。けど、見た目は二十代のように見える。

 人当たりの良い笑みを浮かべているのが常で、親しみやすそうな雰囲気がある。


 だけど彼の暗い紫の瞳にまっすぐに見つめられるのは苦手だ。

 まるで心の中まで見透かされてしまっているような気がしてくる。


 正直、この人は苦手だ。


「先生は、ご自分の仕事に戻ってください」

「はいはい、デスクで作業しているので、何かあったら読んでくださいねぇ」


 なぜならこの人、主人公達の敵であるのだから。


 彼の行動動機が明らかになるのも、終盤。


 ゲーム内で秘密を抱えていた彼は、裏切り者として暗躍するノワール様を陰であざけっていた。


 だから、私は最初から最後までこの人が嫌いだった。


 いや、今も。






 ノワール様と仲良くりたい。

 けれど、ノワール様は人とは距離を置きたがるだろう。

 だから、正面から行くのは至難の業。

 ヒロインや、攻略対象者ならばきっと、真正面から当たっていっても、大丈夫。

 ノワール様の心の扉を開くことができるだろう。


 しかし、悪役である私にそれができるとは思わない。

 なので、外堀から埋めていく事にしたのだ。


「確か妹さんは、このあたりで……」


 ノワール様の妹。

 ミスティナ。


 彼女は、お花屋さんで働いているとゲームの情報にあった。

 だが、主人公達が直接顔を合わせたことはないので、顔が分からないのが難点だ。


 情報では、ノワール様と同じような髪色と瞳色をしているという事だから見ればわかると思うが。


 私は、ミスティアが働いているお花屋さんローズローズに赴いた。


 お店の前には手書きの看板が設置してある。

 たぶん女の子が書いたのだろう。まるまるとした書体で、本日入荷されたお花の名前が書いてあった。


 お店の玄関口の前には、綺麗に飾られたプランター。

 覗いてみると中では、小さな花がたくさんあった。


 入口でぼうっとしていたから気付いたのだろう。

 店員さんらしき少女が扉をあけて出迎えてくれた。


「お客様、当店ローズローズへ何か御用でしょうか」


 花のような笑みを浮かべて、話しかけられる。


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