乙女ゲームに転生した悪役令嬢は、裏切り者の貴方を愛している

仲仁へび(旧:離久)

第1話 ノワール・ディスタ



 学園 中庭


 魔法の力を鍛えるための学校。

 その学校に通っている私は、お昼に必ず中庭へ向かう。

 目当ては、あの人。


 乙女ゲームのシナリオの中で、主人公達を裏切る定めにある、裏切り者のあの人だ。


 遠くから見つめるあの人は、何者も寄せ付けない雰囲気をまとっている。


 声をかけたり、話をしたいけれど……。

 正直あの状態の彼に近づく勇気はない。


 だから、いつも離れたところで見つめるのみだった。


 中庭の隅、目立たない場所。

 大きな樹の下で木陰の中に入る。


 手製のお弁当箱を手にして、腰かけるのにちょうどよい石を頼った。


 心の中でよっこいしょ、なんて言って冷たい石の上に腰を落ち着け、一息。


 さわりとそよぐ風は柔らかくて、生えて間もない青々とした草のにおいを運んできた。


 お腹の虫が空腹を主張してきたので、弁当箱をあける。


 すると……。

 弁当箱の中身に影がさした。


「いつもここにいるな」


 耳を打つ声は何度も聞いた声。

 けれど、こんなに至近距離で聞いたことはない。


 ゆっくり視線をあげると、そこにあの人がいた。


「あ……」


 これが私の、気になるあの人に声をかけられてからの第一声。

 もっと気のきいた言葉を発したかったのに、大した言葉にならなかった。


 間近で見るあの人は、画面の向こうに見るそれとは違っていた。

 圧倒的な存在感を秘めている。


「一体何の目的で僕を見ている。たいした用がないなら、僕に近づくな」


 私に対する彼の好感度はおそらくマイナス。


 彼は、こちらをにらみつけてから、その場を去っていった。


 けれど私は、そんなあの人の背中から視線を外せない。


 これが、彼との……この世界での初めての出会いだった。






 光の無い深淵を思わせる黒い髪に、ルビーのように光輝く赤い瞳。

 透き通った瞳が放つ光は、いつでもまっすぐで、意志が強そうな印象を与える。


 年齢は16歳。

 しかし、一般的な男性よりはやや低めの身長。

 声は中性的で、女性のようにも男性のようにも聞こえる。


 容姿は整っているけれど、どこか冷たい雰囲気をまとっているため、近寄りがたい。


 そんな人物の名前は。

 ノワール・ディスタ。

 ノワール様。


 彼は、乙女ゲームに出てくる登場人物だ。


 そんなノワール様が気になったのは、前世でやった乙女ゲームでの出来事が理由。


 彼は、物語の終盤で主人公パーティーを裏切る。


 これを聞くと、普通はひどい人間だと思うだろう。


 けれど、それには深い理由があった。


 幼い頃に両親を亡くした彼は、妹と二人で支えあって生きててきた。


 けれど彼らは、王族の血を引いているため、平穏な日常を過ごすことはできないのだ。


 彼が主人公達を裏切った後に、隠されていたその事実が明らかになる。


 彼らの両親は王家の陰謀に巻き込まれて亡くなっていたのだが、自分の子供たちを安全な場所に逃がした。


 それがノワール様たちだ。


 妹の方は小さすぎたため、その時の事を覚えていない。


 けれど、ノワール様はその時にはすでにもうはっきりと物心がついていたため、悲劇的な出来事を覚えていた。


 だから、彼は極力他人を信用しない性格になってしまったのだ。


 その事実を知った主人公達は、ノワール様を説得しようとするけれど……。


 時すでに遅く、裏切りを働いたノワール様たちは永遠に主人公達の元へ戻る事はなかった。


 ちなみにそんな世界に転生した私はというと、彼の裏切りを手助けする人間の一人だ。

 悪役の一員。


 自分の容姿を鏡で見て、それを知った時は深く絶望したものだが、ノワール様に会えるかもしれないという事実が私の心を癒してくれた。





 しかし、ゲームをプレイした当初。彼の事は、最初の方はあまり好きではなかった。

 主人公達には冷たいし、非協力的。

 いつも最小限の助言と手助けしかしてくれないのだから。

 悪役である私のキャラと同じくらい、嫌っていたと言っても良い。


 けれど、私はいつの間にか、そんな彼を好きになってしまった。

 悲しい過去を知って、彼が抱えていた闇と苦痛を知って、どうにかしてあげたいと思っていた。


 だから私は、この世界に転生したと分かった時、彼をとりまく悲劇の運命をどうにかしてあげたいと思ったのだった。


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