第29話「勇者さんへの告白」

「私のお家はね……。とっても大きいの。大きい領主の家なんです」




 ユキさんは答えてくれた。領主様……。僕は覚悟をしていたはずなのに、急にユキさんが遠くの人になってしまったと感じた。……いや、違う。仮にそうだったとしてもユキさんはユキさんじゃないか。




「そ、そうなんだ」




 だけど僕は動揺していたのだろうか。声がつい裏返ってしまった。




「だけどユキさんは……ユキさんは勇者だもんね」




 取り繕ったはずなのに、何を言っているのか僕はわからなくなってしまった。ユキさんは下を向いて黙り込んでしまった。やっぱり彼女なりに思うところがあったのだろう。こういう時にちゃんと立ち振る舞えない自分に僕は苛立ちを感じてしまった。




「私ずっと領主の娘ということで友達がいなかったんです。周りは大人ばかりで、稀に子供がいてもそれは結局『友達役』なんです。だからそれが小さい頃から嫌で嫌で……」




 それからポツポツとユキさんは勇者を目指した理由を語ってくれた。




「勇者は昔から色んな人がいました。王子や貴族の子弟からなった人も沢山います。そう言った人達が何故勇者を目指したのか。みんな私と一緒です。堅苦しい貴族社会に嫌気が差して自由な一冒険者として扱ってもらえる勇者になりたかったんです」




 籠の鳥のような生活に飽き飽きしていたユキさん。彼女はそんな先輩達と同じように、何者にも束縛されない冒険者に憧れて勇者を目指したと言った。だけど一四歳になるまでずっとお城の中で育った彼女が急に自由を得ても、上手く立ち振る舞えるはずが無かった。当然、あれ程望んでいた友達も出来るはずが無かった。




 右も左もわからない彼女はそれでも封魔の聖剣の噂を知り、この村へやってきた。そこで出会ったのが僕だったのだ。




「ワイトさんは私のことを知らなかった。だから一緒に迷宮探索へ付き合ってくれた。それに友達になってくれました。だけど本当のことを話せばきっと離れてしまう。そう思って言うのが怖かったんです。それでもワイトさんに真実を隠し続けることが、本当に友達としてするべきことなのか。そう思えなくなってしまったのです。それに……」




 ユキさんの声が震え出してしまった。ずっと悩んでいたことだったのだろう。僕は……、僕は友達として、そして僕を好きな人のためにその手を握ってあげた。




「一生懸命勇気を奮って、私を引っ張ってくれるワイトさんが好きになってしまったんです。だからもう隠し事は止めよう。そう思っていたのに、ずっと決心から逃げていました。結局こうしてワイトさんに嫌な思いまでさせて、今日の今日まで言えなかったんです。友達失格、好きなんて言える立場じゃ無かったんです……」




 ユキさんが悪いんじゃない。僕がこの話を切り出したからだ。そうに違いない……。僕はユキさんの手をギュっと握りしめることしか出来なかった。




 領主の娘となれば立場は僕とは天と地の違いだ。本来だったら目通りだって叶わないだろう。でも今こうして僕らは一緒にいる。友達と言える仲だし……いや、今はもっと別の関係になろうとしてるんだ。それをどうして簡単に引き離されてしまうというのか。




 ユキさんは僕に好きだと言ってくれた。それに僕は……僕もユキさんが好きなんだ。周りがどうのこうの言おうと知ったことじゃない。それで十分じゃないか。僕はユキさんを支えようと決心したんだ。だったらどうしてここで怖気づく必要があるというんだ。




「ユキさん。僕はあなたが領主の娘だからとか強い勇者だから一緒にいるんじゃない。ユキさんは友達で、必要だし、ずっと一緒にいたいと思うから今こうしてここにいるんだ。例えユキさんが嫌だと言っても……僕は荷物持ちとしてついて一生行くつもりだ。だってユキさんが好きだから!」




 僕は勢いに任せて一気に言い切ってしまった。最後はつい力が入って声が大きくなってしまった。洞窟の壁に反響して、辺りに一面に声が響いてしまった。でも僕は恥ずかしいとは思わなかった。これが勇気と言えるものじゃないのか、そう高らかに言ってやりたい気分だったのだ。




 ちょっと我に返って僕は周囲を見回した。何人もの冒険者が遠巻きに僕らを見ていた。メインルートだけあって通る人は多いのだ。例のオジサンパーティーの面々は涙を流して頷いている。……どうやら話を聞かれていたらしい。前言撤回、ちょっと恥ずかしい気分になってしまった。




 ちょっと咳払いをして僕は続けた。




「とにかくユキさんと僕は一蓮托生。もう別れたり嫌いになったりとか、そういう簡単な関係じゃないからね。もしユキさんの剣をお家へ返しに行ったとして、お父さんやお母さんが色々言って来たとしても、僕は認めない。あくまでユキさんの味方になるから」




「ワイトさん……」




 ユキさんは僕の懐に飛び込んで来た。僕は逃げずに彼女を受け止めて抱きしめてあげた。ちょっと周りの視線が痛い気がするけど……構うもんか。ユキさんを護るのが僕の役目なんだ。そのためのペケペーケ様の力なんだ。そう思うことにして、耐えることにした。




「あれ~、ユキさんにワイト君じゃん。こんなところで何してるの?」




「ちょっとお邪魔だったかな?」




 聞き覚えのある声だった。フェイさんとウォーレンさんだった。知り合いの人にまで見られるのはさすがに恥ずかしかった。だが、ユキさんは僕にしがみ付いたままだったのでそのまま二人に会釈した。




「あ……どうも。モスキートクイーン以来、お久しぶりです」




 ちょっとしまらない僕の精一杯の告白だった。

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勇者さんと僕 ~無病息災スキルでレベル1勇者と迷宮攻略がんばります~ 介川介三 @sukegawa3141592

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