第28話「勇者さんの秘密」
眠い目を擦りながら僕は朝を迎えていた。結局あれから一睡もできず、一人悶々とユキさんの勇気……あと唇の感触について考えていたからだった。
頭がずっとボーっとしている。朝食を食べていてもそれは晴れることは無く、ぼんやりと天井を眺めていた。無論ユキさんの顔を真っすぐ見られなかったこともあるのだけれど。
ユキさんはいつも通りだった。彼女は一大決心をして僕にキスをしたのだろう。だから何も恥じ入ることは無く、日常を過ごしている。それに比べて僕は感情が空回りするばかりで、我ながら落ち着きが無いなと思ってしまった。
「ユキさん、そろそろ迷宮に行こうか」
「はい!」
普段と変わることなくユキさんは元気に答えてくれた。でもどことなくその返事は自信に満ち溢れているように感じた。ユキさんはあのキスで本当の勇気を手に入れたのだろうか。僕も……僕も負けていられない。
「よーし、今日こそは最深部の剣まで到達しよう!」
「頑張りましょう!」
勢いでつい言ってしまった。特に何かを達成した訳じゃないけれど、僕とユキさんはハイタッチをした。それだけで何故か力が湧いてくるような気がした。
「二人とも朝から元気じゃのう……」
ペケペーケ様は反対にまだ眠そうだった。
「わしは昨日の疲れがまだ残っとる。もう一度寝るぞ」
昨日の件ですっかり力を使ってしまったらしい。既に目は半開きで頭がフラフラしている。そのまま布団に潜り込んでしまった。
ペケペーケ様の力は確かに今の僕らには必要だろう。だけど頼りすぎてはいけないんだ。だから今日は二人だけで行ける所まで行ってみよう、という気になった。
見知らぬ道を歩く時はとても長く感じるものだ。だけど逆に、一度通った道を進むのは何だかあっという間に感じる。サクサクと僕らは迷宮の奥深くへと潜って行った。
それでも途中から前回とはルートを変えた。ペケペーケ様がいないと溶岩の川を渡れる自信が無かったし、せっかく自分の力で地図を作っているのだ。どうせなら完全版の地図を作ってやろうという気にもなっていたのだ。
「あ、魔物がいますね。よーし、私が成敗します!」
ユキさんが張り切って剣を抜いた。相変わらずのブンブン剣術だが心なしかスピードが速くなっているし、剣に振り回されている感じも無くなっている。やっぱりレベルが上がりつつあるんだ。そう思うと僕は安心しつつも、ユキさんが逆に頑張りすぎないか心配になってしまった。
「ユキさん、まだ先は長いから控えめに行こうよ」
「そうですね。私、つい熱中すると周りが見えなくなってしまうので……。ありがとうございます」
うん、これで良いんだ。僕らは二人で一人、二人三脚で進めば間違いないんだ。そう思いながら、ユキさんが倒した魔物の魔石を回収した。
僕らが今回通ったルートは通称メインルートと呼ばれているらしい。罠が少なく、魔物も粗方退治されていて、一番安定して通れるらしい。自然と他の冒険者と沢山すれ違う。その度に僕らは挨拶をした。
それにしても色んなパーティーがいる。聖剣探しに躍起になっているパーティーもいれば、そうでない人達も結構いるのだ。そもそも聖剣だって魔王討伐のために手に入れようという冒険者ばかりではない。自分の名誉のため、剣を入手しようとする冒険者がいると思えば、あるいは刀剣蒐集家から高額報酬で頼まれた冒険家もいる。
ユキさんはどうなんだろう。既にあれだけ立派な魔法銀の剣を持っているのだから必要ないんじゃないか。そうだ、ここで勇気を出してユキさんのことを色々聞いてみよう。
「ユキさん、破魔の聖剣を手に入れてどうするの? ユキさんの剣でも十分強いと思うんだけど」
僕の質問にユキさんは一瞬口ごもってしまった。
「実を言うとこの剣、私のじゃないんです」
あ、まずいこと聞いちゃったのかな。ちょっと僕の心にズシンと不安がよぎってしまった。
「その……本当のこと言うと、家出する時に家の蔵にあった使われてない剣の中から適当に選んで持って来てしまったんです」
なんだ、そういうことか……ん? こんな名剣がユキさんの家には沢山転がっているってこと? しかも蔵があるなんて、よっぽどのお金持ちだよな。
「ははは、そういうことか。じゃあユキさんのものみたいなものだし、別に気にする必要ないじゃないか」
僕の意見に、ユキさんは首を横に振った。
「そうも行きません。今は借りているだけ、ということですから。だから破魔の聖剣が手に入ったら返しに行くつもりです」
そこは律義なユキさんだった。しかし家出した実家に物を返しに行くというのも何かちぐはぐな感じがしたけど、そこは真面目なユキさんらしいとも思えた。
「じゃあ絶対聖剣は手に入れないといけないね」
「はい。聞けば魔王はそれ相応の聖剣でないと刃が通じないと聞いています。ですからこの機会は絶対に逃がせません」
それにしてもガラクタ同然に名剣をしまってあるユキさんの実家ってどんな家なんだろう。銀の懐中時計を持っていて……。そう言えば以前モスキートクイーンに刺された時、手に貴族のようにキスをしたよな。その時、ユキさんはお父さんからされたことがあるって言ってた。まさかユキさんの実家って……。
聞いて良いのかな。もしユキさんが貴族様だったとしたら、とても僕では及びもしない遠い存在になってしまう。正直聞くのが怖かった。でも僕はユキさんのことを色々知りたいんだ。それももっともっとだ。知り合ってからのことじゃなくて、今までどんなことをしてきたのかも含めてなんだ。勇気だ、そう勇気が僕には必要なんだ。だから力を振り絞って僕はユキさんに聞いたんだ。
「ユキさんのお家ってどんなお家なの?」
ユキさんはそれを聞くと、ちょっと悩んだ風だったけど優しい顔をして答えてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます