第27話「勇者さんの本当の勇気」

「おかえり。今日は随分と遅くまで頑張ったんだね。御飯できているからみんなで食べようねえ」




 そう言って祖母はいつも通りに僕らを出迎えてくれた。どんなに迷宮で大冒険をしていようとも、祖母には全く関係が無いようだった。




「わしはもう腹ペコじゃ。さあ食べるぞ」




 呑気にペケペーケ様は早速食べ始めてしまった。




「さ、ユキさん僕らも食べよう」




「そうですね……」




 だけどユキさんの返事はいつもと違って元気が無かった。やっぱりレベルのことを気にしているのかな。自然と食も進んでいないようだった。




 僕は何とかユキさんを元気づけたいと思いつつも、ついにその日は何も言い出せずにいた。できることなら僕の上がった分のレベルを彼女に全部上げたいくらいだった。でもかけるべき言葉がついに見つからなかった。やっぱり僕には勇気が無いのだろうか……。






 夜中に僕は目が覚めてしまった。やはりユキさんのことがずっと気にかかっていたのだろう。自然と眠りが浅くなってしまったのかもしれない。




 気を紛らわせようとトイレに行こうと立ち上がって用を足していながらも、僕はユキさんのことをずっと考えていた。もうちょっとでレベル2になれるのだから恥じたり、心配することは無いと夕食時にはっきり言えば良かったと思った。だけどもう時機を逸してしまったという後悔で僕の頭は一杯だった。これが失敗の原因だった。




 田舎の僕の家はトイレが別の建屋になっている。そこから歩いて母屋に戻ると僕は自分の部屋へ戻った。無意識に、当たり前のことだったから何も考えていなかったのだけど、薄暗い部屋で布団に横になった時初めて違和感に気付いた。




 狭い僕の部屋の中央に敷かれた布団には先客がいた。そうだ、ユキさんだった。しまった……僕の部屋は今ユキさんが使っているんだ。いつもの習慣で何気なく自分の部屋に入ってしまったけど、女の子が寝ている部屋に僕は無断で入ってしまったんだ。




 どうしようと僕は慌てた。ユキさんが静かな寝息を立てているのが聞こえ、ますます心が乱れてしまった。早く祖母のいる部屋に戻らないと……などと思っている内にユキさんが寝返りを打ってこちらを向いてしまった。




 必然的に僕の目の前にユキさんの顔がある。今下手に動いたら気付かれちゃうよな。でもユキさんの寝顔は綺麗だった。そりゃ元から可愛い方のユキさんなのだから当然と言えば当然なのだが。思わず見とれてしまったが、そうこうしている内にユキさんがさらにこちらへもたれかかって来た。




 ユキさんに抱き着かれたことは何度もあったけど、あれは事故みたいなものだ。この時ばかりは……いやこれも事故か。何にせよどうにかしてユキさんを引き剥がして立ち上がらねばならない。どうしようと無い知恵を絞ったが妙案が浮かぶはずもなく、冷や汗ばかりが流れて来る。




「あれ……ワイトさん?」




 そんなことをしている内にユキさんが僕に語りかけて来た。




「なんだワイトさんか……」




 どうやらまだ寝ぼけているようだ。一先ず安心した僕だが、次の瞬間ユキさんが驚くべきことを口にした。




「ワイトさん……私、好きです」




 優しい口調で、しかしはっきりと言ったのだ。夢でも見ているのだろうか。だとしても、そんなことを言うくらいなのだから本当のユキさんの意思なのだろうか。とにもかくにも、彼女の告白を聞いた僕は完全に頭が沸騰してしまった。




 その時僕の頭に邪念が浮かんでしまった。目の前にあるユキさんの顔。そこには可愛らしいピンク色の薄い唇が当然ついている。そこに目が釘付けになってしまった。




 昼間、キノコの胞子でおかしくなってしまったユキさん。そんな彼女を治すため、ペケペーケ様がキスをしろとうるさくがなり立てていたことが突然フラッシュバックした。あの時はそんな気分になれなかったのだけど、今猛烈に僕はユキさんとキスがしたくなってしまった。それだけ彼女の唇の引力に僕の魂は引き寄せられてしまった。




 いや、待て。これこそだまし討ちみたいなものじゃないか。でも、柔らかそうな唇に目や心はどんどんと奪われてしまい、段々と他のことが考えられなくなってしまった。




「悪いこともバレなきゃ、悪くないんだぜ」という支離滅裂な論理でいつも強がって見せるアランとスミスの言葉が頭をよぎった。そうだよな……ユキさん眠ったまま目が覚めないんだから、ちょっとくらい……。




 僕は意を決した。自分の唇に全神経を集中して、ユキさんの唇を目指した。鼓動がどんどん早くなり、脈打つ音が聞こえそうだった。ユキさんの顔が次第に大きくなって来る。もう僕の瞳にはユキさんしか映らなかった。




 突如ユキさんの目が開いた。自然僕と目が合った。




「あ、あの、布団間違えちゃって。……これは、今晩は」




 しどろもどろで僕は挨拶をしてしまった。ユキさんは突然の事態を把握できないようだった。目を何度も瞬きさせて添い寝している僕を見ている。




「ワイトさん……。私の寝言、聞いてしまいました?」




「えっと。『なんだ、ワイトさんか』って言ってましたよね」




「その後です」




 うん、僕のことを好きと言ってたよな。僕は小さく頷いた。




「てっきり夢の中でワイトさんが現れたのかと思って、私言ってしまいました」




「ははは……」




 布団の上でお見合い状態になった僕らは固まってしまった。




「でも、今の言葉に嘘偽りはありません。現実じゃ言う勇気も無いけど、夢の中でなら言えるかなって思って……」




 ユキさんも相当緊張しているようだった。そりゃいきなり僕が布団の上で一緒に寝ていりゃそうなるのも無理は無い。でもそれだけではないようだった。




「ワイトさんが勇気を出して冒険者になってから、見違えるように強くなりました。それを見て私も勇気が欲しいなと思ったんです。もちろん腕輪に頼ったものなんかじゃなくて、自分の本当の勇気です。だから――」




 一瞬ユキさんは目を伏した。そして意を決したように僕をしっかり見据えた。そしておもむろに目を閉じ、キスをした。一瞬だったが、確かにユキさんの唇は柔らかかったのははっきりとわかった。




「これで私も勇気が持てました」




 そう言うとユキさんは向こうを向いてしまった。彼女なりの精一杯だったのだろう。しばらく僕は余韻に浸っていたが、ハッとして立ち上がり祖母達の寝ている部屋へ戻った。




 ペケペーケ様の寝相がひどくて布団からはみ出してしまっていたのでかけ直してあげた。




 僕はユキさんの勇気について考えながら横になった。そしてそのまま眠れず、朝を迎えた。

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