第26話「勇者さんとレベルアップ」

 僕らはどんどん迷宮の奥深くへ進んで行く。ここまで来たら一気に最深部まで行ってしまおうか、なんて気にもなって来る。いや、なっていたのは僕だけだった。




 ペケペーケ様は言わずもがな、先の戦闘でユキさんは元気を前借した反動で既に限界だったのだ。




「私は大丈夫です! ほらこんなに元気ですよ」




 そう言ってユキさんは笑ってくれるのだが、笑顔がどこか引きつって青ざめている。うん、絶対無理しているのが明らかだった。そもそも、あの腕輪を勧めたのは僕なんだから彼女が悪い訳じゃないんだ。




「ワイト、わしは疲れたのじゃー。足がもう棒になって一歩も歩けん!」


 一方のペケペーケ様はぐずり出してしまった。ついには床に座り込んでしまい、梃子でも動きそうにない。




 ここら辺で限界かなと僕は思った。今日は無茶のしっぱなしだったのだ。僕だけが張り切りすぎてかなり奥まで来てしまった。これ以上二人に無理強いもできない。




「わしは腹が空いたのじゃ。そろそろ晩御飯の時間じゃろ?」




 ペケペーケ様は持って来た団子を全て食べたはずなのだが、全てエネルギーとして消費してしまったようだった。




 それにしても迷宮の中にずっといるので感覚がおかしくなっているが、もうそんな時間になるのだろうか? もっとも時計なんて高級品が貧乏な我が家にあるはずもないので、普段は寺院の鐘任せの暮らしをしているのだけど。




「あら、本当。もう御夕飯の時間ですよ。おばあ様がきっと待ってらっしゃいますよ、ワイトさん」




 腰の革製ケースからユキさんが取り出した時計を見て言った。うん、ペケペーケ様の腹時計もかなり正確なんだな。あれ……?




 ユキさんの手にあるのは銀色の懐中時計だった。村で持っている人なんてまずいない。実物を見るのは僕も初めてで、もし純銀製ならかなりの高級品のはずだ。それを当たり前のように取り出して見ているということは、やっぱりユキさんは相当なお金持ちのところのお嬢さん何だろうか。




 そう考えると、僕はユキさんのことを知っているようで何も知らないことに気が付いてしまった。聞いてみたいような、聞いたら悪いような。そんな抵抗感があって今までユキさんの詳しい身の上話を避けていたのだ……。




 でもこれから一緒に冒険をすることになるんだ。それに僕はユキさんのことが気になり始めていた。もっと彼女のことを色々知らなくてはと思ったし、知りたいと思ったのだ。




 僕には切り札があった。文字通りの札である、脱出魔法札だった。一回きりの使い捨てだが、迷宮の入り口へ一瞬で帰ることが出来る便利アイテムだ。お店で買うと結構値が張るが、幸い宝箱から回収できた。これで帰ることが出来る。




 またここまで潜るのは大変だろうけど、無茶はいけない。そう思うことで僕は決心してお札を使うことにした。




 使ってみれば何てことはない。光に包まれたかと思うと、次の瞬間には迷宮の入り口に立っていた。例の弁当の屋台の片付けをおばちゃんがしていた。空は茜色に染まり、カラスが寝床へ帰ろうとしている。




「今日は大冒険だったね」




「はい! それに凄い深いところまで行けました」




 僕とユキさんはそんなことを話しながら家路に着いた。




「ワイト、ユキ! 何をグズグズしておる。早う家に帰るぞ」




 そう急かすペケペーケ様だったが、僕らはもう一度ギルドのテントへ行ってみることにした。せっかく今日は大活躍をしたのだ。ちょっとくらいはレベルが上がってないか早く知りたかったのだ。




「おおう、閉店間際のご来店ですか」




 お姉さんの言葉に思わず恐縮してしまう。




「御迷惑でしたか?」




 ユキさんがおずおずとして質問した。




「なーんて冗談よ。今日二度目なんて随分とまた御熱心ね」




 僕はホッとした。……ユキさんには秘密だけど、お姉さんに会いたかったというのもあったのだが。




「今日は僕らガーゴイルにサイクロプスにオークを倒したんです。だから少しは経験値が溜まったかなと思って」




「へー、随分強いのを盛り沢山ね。よーし、じゃあお姉さんが腕によりをかけて調べちゃおうかな」




 そう言って腕まくりをする素振りをするお姉さん。もっともノースリーブの衣装だから意味は無いのだけど、ちょっと期待してしまった。




 僕らはまた石板に手を当てた。さすがにちょっとくらいはレベル上昇しているだろうという安心感と以前晩成型と判断されたことが不安材料だ。この二つの板挟みになった僕は思わず緊張してしまった。




「はいはい出ました……。どっちから教えようかな?」




 思わず僕はユキさんと顔を見合わせた。そしてどうぞどうぞと譲り合う形となってしまった。ジャンケンでもして決めようかとも考えたがさすがにまどろっこしくなって、僕から聞くことになった。




「ワイト君……おめでとう!」




 お姉さんが深刻な顔を最初したので心配したが、それは杞憂だった。すぐにパアッとした明るい表情に変わったお姉さんに僕は胸を撫で下ろした。




「前回……と言っても今朝のレベル3から5に上がってるわよ」




 そう言って僕の手を取って祝福してくれた。やった! ちょっとだけど前進できた。本音を言えばガーゴイルを倒したのだから10くらいは行っているかと思ったんだけど、そこまで世の中甘くは無かったようだ。




 しかもお姉さんの手を触ってしまっている。冷たいけど滑らかな感触を実感して思わず赤面してしまった。




「ワイトさん、しっかりして下さい! お姉さん、次は私の番です!」




 ユキさんの声で我に返った僕。ああ、ユキさんの前でまたやってしまった。ちょっと怒らせちゃったかな……。




「ユキさんはね……うーんガッカリしないでね。レベル1のままね」




 「え?」と僕は思った。勇気の腕輪の助けがあったとは言え、今日一日でワンフロア分の強敵を倒しまくったユキさんが全くレベルアップしてないなんて、僕はちょっとショックだった。それはユキさんも同じようで、がっくりと肩を落としてしまった。




「そうなんですか……」




「でも心配しないで。あとちょっとでレベルが上がるって出てるから。それにこういうのは個人差がどうしても出ちゃうものなの。一旦上がり出せばドンドン行くって人も結構いるからそう落ち込まないでね」




 お姉さんもユキさんを慰めている。うん、それでもユキさんだってきちんと前進しているんだ。そう悲観することも無いと僕は思ったけど、自分がレベルアップした手前それを言い出すことはできなかった。

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