第25話「勇者さんの勇気」

 ユキさんがペケペーケ様へ帰依してからは時間がそう経っていない。だからペケペーケ様も様子見期間と称して彼女には御加護をまだ与えていない。その分、僕へ集中させているという。しかし相変わらずレベル1のユキさんに何も力の底上げが無いというのもやはり僕としては心配だった。




「ユキさん、試しにこれ着けてみる?」




 僕は手に入れたばかりのアイテムを手に、提案してみた。それは『勇気の腕輪』というモノだった。戦闘の神ミリート様の御加護の付くらしい。




「綺麗な腕輪ですね。でも私にはペケペーケ様がいらっしゃいますので」




 そう言って断られてしまった。勇者なら普通はミリート様を信仰する。これを着ければユキさんももっと自信を持ってもらえると思ったんだけどな……。




「なんじゃミリートか」




 ペケペーケ様が興味を持ったらしい。




「知り合いですよね」




 僕の問いに「もちろん」と答えるペケペーケ様。




「あいつは気の良い奴じゃ。ちいとばかし頑固なところはあるがの」




 商売の神コメルト様とは違って仲は悪くないらしい。とは言え戦神と平穏無事の神様じゃ対極も良いところだろう。だから利害がぶつからないのかな、などと僕は考えてしまった。




「あやつのものなら悪い気もせん。どうじゃユキ、着けてみてはどうじゃ?」




「はい!」




 ペケペーケ様の鶴の一声でユキさんは早速装備した。




 傍目にはそう変わる訳じゃない。いつも通りのユキさんだ。……その時はそう思っていた。




「じゃあ張り切って行きましょう!」




 いつになくユキさんは元気になっていた。これが腕輪の力なのかな、と僕は何となく思っていた。




「あ、あそこに魔物がいますよ!」




 確かにいるのだが、あいつはサイクロプス。はっきり言って強敵だ。ガーゴイルの時のようにはいかないだろう。幸い居眠りしているようなので、そのまま通り過ぎようと思ったのだが……。




「ワイトさん、好機です。ここは先手必勝ですよ!」




 あふれんばかりの勇気の行き場を求めてユキさんが攻撃を申し出た。元気になるのは良いけど、ちょっとそれは無茶なんじゃ。




「よーし、勇者の刃を受けてみよ!」




 僕は制止する暇も無かった。ユキさんはうたた寝しているサイクロプスの後頭部目掛けて剣を振り下ろしていた。うん、腕輪で勇気が出たせいなのか、ユキさんのキャラまで変わっちゃってるぞ。




 寝込みを襲われた不意打ちで、防御の姿勢を全くとっていないサイクロプス。非力なユキさんではあるが、あの剣の威力もあったのだろう。なんと一撃で倒してしまった。




「やりました! 私やりましたよ!」




 ぴょんぴょん跳ねて喜ぶユキさん。勇気が出るだけでこんなに違うなんて、ひょっとしてユキさん本当は強かったのだろうか?




 慌てて魔石を回収する僕にユキさんが駆け寄って来た。




「ワイトさん、私サイクロプスを倒しちゃいました。凄いですか?」




「うん。ユキさんやればできるんだね。これならこれから先も安心だよ」




 僕はそううっかり答えてしまった。だが僕の言葉が増々彼女を勇気づけてしまった。




「ああ、ワイトさんに褒めてもらえるなんて! 私頑張った甲斐がありました」




 そう言って僕に抱き着いて来たのだ。ええ!? 勇気が出るってそういうことなのか?




「よーし。ワイトさん、これから先出て来る魔物は私が全部退治しちゃいます!」




 ユキさんの発言に僕はビビってしまった。雪だるま式に勇気が勇気を呼び、彼女が暴走し始めたのでは、と思えたのだ。




「ペケペーケ様、あの腕輪大丈夫なんですか?」




「ミリートも普段からあんな調子だからの。想定の範囲内じゃ」




 しかしペケペーケ様の想定の範囲って、自分の無病息災スキルですらよくわかってなかったのだ。となるとミリート様の力だってどこまで知っているかわかったものじゃない。僕は心配になってユキさんに近付いた。




「ユキさんが強いのはわかったよ。でも、そろそろその腕輪外そうよ」




 僕はユキさんの腕に手をかけた。




「ワイトさん、そんな強引……。でも今は勇気があります!」




 彼女、何を勘違いしたのかそのまま目をつむって顔を突き出して来た。唇が若干すぼまったような……まさか僕がキスをするとでも思ったのだろうか。これはまずい。




「あ、ユキさんあっちに魔物が!」




 とっさに僕は話を逸らした。運が良いのか悪いのか、たまたま通りかかったオークと目が合った。




「本当だ! ありがとう、ワイトさん!」




 そう言い残すと、今度は怯えるオーク目掛けて剣を上段に振りかぶったまま突進するユキさん。このままじゃどんどん強敵を相手に喧嘩を吹っ掛けかねない。僕は止めようと必死で追いかけた。




「ちと勇気が出過ぎたかの?」




 ペケペーケ様がぼやいた。うん、見ればわかるよ。やっぱりアイテムは効果をきちんと確かめて使うべきだった。でもまさかちょっと勇気が出ただけで、ユキさんがこうなってしまうなんて……。




 爛々とした目の勇者が魔法銀の剣を振り回しながら追いかけて来る。その恐怖は魔物にとっていかばかりのものなのか、僕には知る術はない。でもあの勇猛なオークが尻尾を撒いて逃げてしまっているのだ。余程のものなのだろう。




「私、どんな相手でも逃げません!」




 そう言いながら、ユキさんは逃げるオークの背中へ剣を振り下ろした。あえなくオークも魔石へと変わってしまった。強い、強いけどこれは本物のユキさんじゃない。




「待ってよ、ユキさん!」




「ワイトさん、あっちにも魔物がいますよ! よーし、勇者ユキが成敗してくれる!」




 結局ユキさんは目につく魔物を片っ端から討伐しまくった。気が付くと僕らのいる地下七階はすっかり敵がいなくなってしまった。




 静まり返ったフロアでユキさんは……真っ白に燃え尽きていた。


どうやら勇気の腕輪、元気の前借とでも言うべき効果を持っているらしい。実力以上の力を出すことができる反面、うっかりしていると体力を消費し尽くしてしまうようだった。




「ワイトさん、私……一体何を?」




 床に横になったユキさんが顔を真っ赤にして顔を伏せてしまった。




 ユキさんに自信を持ってもらいたかったのだけど、これじゃ危険で使い物にならないと判断した僕は背嚢の中にさっさと腕輪をしまってしまった。

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