第24話「勇者さんと吊り橋」

 地下六階ともなると到達する冒険者の数も減って来るようだ。その証拠に未開封の宝箱が結構見つかった。今までの鬱憤を晴らすように僕は手当たり次第に開けてまわった。もちろん全て回収できる訳ではないので有用そうな品を選別しては背嚢に放り込んで行った。




「ほら、ユキさん。上等な薬草が手に入ったよ。これで大ダメージを負っても安心だね」




 新しい宝箱を開けた僕はユキさんに声をかけた。だけどどこかよそよそしい反応しか返って来ない。




「そ、そうですね。でも私なら普通の薬草でも十分です。大事に取って置きましょう」




 そう言ってすぐそっぽを向いてしまった。どうやらさっきのことを気にしているみたいだ。あれは不可抗力なんだから僕も気にしていないのに……いや結構ドキドキはしたけど。




 参ったな。ユキさんとギクシャクするなんて今まで考えてもみなかったことだ。と言って仲直りしようと言ってできるものではない。別に喧嘩している訳でも無いのだ。




 魔物との不用意な戦闘を避けるため、平穏無事な僕が先行して進む。お陰でユキさんの顔を見ることができない。彼女は今何を考えているのか。表情から窺うことができず、僕の注意はどこかそぞろになってしまっていた。




 そうこうしている内に僕らは狭い廊下を抜けた。吹き抜けの広い空間だが、地下七階の高さには地下の水路へ行き当たったのだ。溶岩の川の次は、轟々と音を立てて流れる濁流が眼下に見える。これも魔王のなせる業なのか。




 とは言えあれに飲まれてはどうなるかわかったものではない。どうにかして向こう岸へ渡らないと次の階層へ行くことができないのだ。そこへ丁度おあつらえ向きに吊り橋がかかっている。如何にも渡ってくれと言わんばかりだ。だが僕は自分が罠にはかからない、という油断とユキさんのことですっかり注意力を欠いていた。深く考えもせずに吊り橋へ足を踏み込んだのだ。




「うわっ。結構怖いな」




 ロープも、そこに渡された板もすっかり痛んでいた。一歩踏み出すたびにギシギシミシミシと嫌な音を立てる橋。僕に続いてユキさんとペケペーケ様が続いたことで、増々橋は上下左右に揺れ出した。




「ユキさんも、ペケペーケ様も気を付けてね」




 そんな声をかける僕だが、一番気を付けるべきだったのは僕だった。アイテムを詰め込んだ背嚢はすっかり膨らんで重くなっている。何より痛んだ床板を最初に踏むのが自分なのだから。




 そして丁度橋の真ん中あたりだった。完全に朽ちて穴が開いている床板を避けようと、大きく右脚を踏み出したのだった。慎重に体重移動すれば何てことは無かったのかもしれない。でも油断していた僕は一気に右脚だけで全体重を支えようとしたのが失敗だった。板がバキッっという嫌な音を立てて割れたのだ。




「うわあああ!?」




 割れた板の破片が濁流に落ちていくのが見えた。僕は幸い背嚢が引っかかったお陰で落ちることはなかった。




「ワイトさん!?」




 ユキさんが慌てて駆け寄って来た。それに合わせて橋が上下に大きく揺れる。




「ユキさん、危ないから近寄っちゃ駄目だ!」




 僕は制止した。




「でも……」




 腰から下が宙ぶらりんになっている僕を見て、真っ青な顔をしているユキさん。だけど彼女を心配させたくなくて、僕は精一杯の強がりで笑って見せた。




「『平穏無事』だからね。ほら、何ともないよ。すぐ登るから待ってて」




 何とか橋桁のロープへ手をかけてよじ登ってみせようとする。だけど以外に体が重くて上手く行かない。力を込めても、体勢を維持するのがやっとでうんともすんとも言わなかった。




「私、ワイトさんを引っ張ります!」




 ユキさんが僕の前へ踏み出すと、左手を掴んで持ち上げようとした。何とか支えようとしてくれる彼女。少し楽になった僕は残った右腕に神経を集中して、何とか身体を床板の上へねじ込んだ。




 ようやく床板の上へ腰かけるような形になった僕は一息ついた。依然として足元、眼下の下では濁流が渦を巻きながら流れている。




「あ、ありがとう。ユキさん」




「良かった……。ワイトさんが落ちてしまったらどうしようかと思って」




 ユキさんは胸へ手を当ててしゃがみ込んでしまった。




「ユキさんのお陰で助かったよ」




 うん、彼女の手助けが無かったらあのまま身動きが取れなくなっていただろう。それを思うと、ちょっと背中が涼しくなった。




「さ、先を進もう。早くこの橋を渡らなきゃ」




 一刻も早く、この不安定な橋を渡ってしまいたかった僕ら。今度はユキさんが先行して一歩一歩慎重に残りを渡り切ってしまった。




 ようやく安定した向こう岸に着いた僕達は座り込んでしまった。




「私ワイトさんの力になれたのかなって不安だったんです」




 額の汗を拭っている僕へ、ユキさんがポツリと言った。僕に頼りっきりで、さっきも迷惑をかけてしまったことをずっと気にしていたのだという。




「だけどユキさんがいたから今回は助かったんだよ。力になれた、なんてものじゃない。大活躍だよ」




 僕はユキさんに声をかけた。そうなんだ。迷宮探索は一人の力でどうにかなるものじゃないんだ。僕はユキさんの、ユキさんは僕の力になっている。そして僕の力はペケペーケ様がいて初めて発揮する。そういう関係に僕らはあるんだ。だからユキさんも遠慮する必要なんてどこにも無い。




「僕が困った時はユキさんを頼る。だから一緒にいるんじゃないか。勇気を出して僕を引っ張り上げてくれたユキさんは本物の勇者だと思うよ」




 ユキさんは頷いてくれた。僕は彼女を支えると決心したんだ。だから精一杯のお世辞ではなく、事実を言うことで彼女を元気づけたつもりだった。




「ありがとうございます。ちょっと私も自信が持てました」




 いつものユキさんに戻ってくれて僕も一安心だったのだが……。




「ほれほれ、凄い揺れるぞ!」




 ペケペーケ様がまだ吊り橋の上でジャンプしたり体を揺らして遊んでいた。平穏無事・無病息災の神様があえて虎の尾を踏んでいる……。




「楽しいのう、ハハハ……あ!? ああああああああ!」




 吊り橋は揺れに耐えきれなくなったのだろうか。ブツリと音を立てて真っ二つにちぎれ落ちた。脱兎のごとくペケペーケ様が僕らの元へ逃げ込んできた。




「わわわわわ……。死ぬかと思うた」




 涙目のペケペーケ様がガクガク震えている。そんなポンコツ神様を見て、僕とユキさんは思わず笑ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る