第23話「勇者さんとキノコ」
「あれ、こんなところにキノコが生えてますよ」
ユキさんが足元を指さした。本当だ、さっきは気付かなかったけど一つ生えている。いや、一つじゃないな。二つ、三つ……気付くと迷宮の空間一面にキノコが生えていた。
「毒があるかもしれないから、触らないようにしよう」
「はい。でもいつの間にか一杯になっていますね。本当、不思議」
休憩と言ってもそんな長時間いた訳じゃない。それなのに、凄まじいスピードで成長したキノコの群れ。見た目はちょっと綺麗だけど、こんな迷宮の地下深くにある以上油断は禁物だ。僕はちょっと嫌な予感がしていた。
「ユキさん。僕らもそろそろ出発しよう」
「はい。……あら」
立ち上がったユキさん。彼女はうっかりそのキノコを一つ踏んでしまったようだ。そしてそれに連動するかのように、辺りのキノコの傘が次々にポンポンと弾けたのだ。
「なにかしら?」
「次々と白い粉が舞い上がって来るな。……あ、胞子か」
キノコの破裂は次々と伝播して部屋中がキノコの白い粉で薄い霧がかかったようになった。
しばらくすると白い霧が晴れた。一面に映えていたキノコの姿は消えていた。この空間にいるのは僕らだけ。辺りは不気味な静けさに支配されていた。
「何だったんだろうね、ユキさん?」
僕は振り返ってユキさんを見た。ところがユキさんは……。
「にゃははははははははははっ!」
突然大声で笑い出した。よっぽどおかしいのか、涙を流しながら僕の肩をバシバシと叩いて来る。しかし「にゃははは」って笑う人初めて見た……。
「どうしたの、ユキさん」
「どうしたも、こうしたも。おっかしくてしょうがないんだから~。アッハッハッハ~」
ユキさんの目はトロンとして、何だか酔っぱらったような印象を持った。おかしい、僕はお酒なんて持って来てないぞ。ユキさんがさっき休憩で飲んだ水だって、うちの井戸から汲んだものだ。
お腹を抱えて倒れ込んでしまったユキさん。いつも上品でおしとやかな彼女からは想像もできない、あられもない姿だった。
「むー、どうしたんじゃ」
この騒ぎでペケペーケ様が目を覚ました。だが寝起きでやや機嫌が悪そうだった。目を擦りながら、ユキさんの姿を不審げに見るのだった。
「ユキは一体全体どうしたのじゃ」
「僕もわかりませんよ。突然こんなことになって」
困惑する僕らを差し置いてユキさんはしばらく笑い続けたが、突然ピタリと止んだ。
「大丈夫、ユキさん?」
僕の声にユキさんは依然トロンとした目を僕に向けた。
「は~い、大丈夫れす。私は何ともありましぇーん!」
こりゃ駄目だ。普段のユキさんはこんなことを言わない。僕はキノコのことをペケペーケ様へ話した。
「うむ。そりゃメイキュウシアワセタケじゃな。こんなところに生えておったとはな」
ペケペーケ様の解説によると、地下迷宮の奥深くのような場所に生える特殊なキノコらしい。胞子を吸うと非常に幸せな気分になるということで、一部冒険者の間では珍重されているらしい。
もっともすぐに破裂して飛散しまい、胞子をまとめて採取するのが難しいので幻のキノコと呼ばれている。でもそれって危ないキノコなんじゃ……。
「幸せと言っても、こんな酔っぱらうんじゃ駄目じゃないですか」
「駄目? ワイトさんは私が駄目って言うんですか~?」
僕の言葉にユキさんが絡んできた。
「そんなひどいこと言わないでくださいよ~」
今度はユキさんが僕に抱き着いて来た。ちょっとうれしい……いや、早くこの状況を何とかしないと。僕は背嚢の中にある毒消しを取り出した。でも、これって塗り薬だよな。飲ませて大丈夫なのかな?
「あーワイト、キノコの胞子は毒では無いからな。毒消しは効かんぞ」
毒じゃない? それは困った。僕は無病息災のお陰で影響がないけど、ユキさんはそうも行かないだろう。
「ワイトさーん。ううん、ワイトくーん。うーん、ワイト……」
ユキさんが今度は僕を親し気に、いや妙に色っぽく呼び捨てして来たのだ。
「いっつも私を見てくれてるんでしょ~。うれしいな~。……でもちょっとはエッチな目で見てたりするんでしょ~?」
いえいえ、そんなことは恐れ多くて。天地神明に誓って、この場合の神様はペケペーケ様のことだけど……間違ってもしていません! 僕はしどろもどろになってユキさんを引き剥がそうとした。
「そうじゃ、ワイト。お主がユキへ接吻すれば胞子の効力はわしの力で消えるぞ。うん、わしは目をつぶっておいてやるから、さっさと済ませろ」
ペケペーケ様の爆弾発言だった。そんな気軽に薬草を使うみたいに言わないでほしい。そりゃユキさんと出来るのならば……いや、こんな形でするのは嫌だった。何か弱みに付け込んだだまし討ちみたいで僕の気が咎めたのだ。
「ペケペーケ様の力をちょっとだけユキさんに分けてあげれば済むことじゃないですか」
「細かい力のやり取りは神経を使って疲れるからやりたくないのじゃ。第一わしは若い男女がチューするのが見てみたくてのう」
ペケペーケ様、初めからそれを覗きたくて言っていたようだ。妙にわくわくした表情で待ち構えている。ますます僕はする気が無くなってしまった。
「えー、ワイトさーん。しないのー?」
今度はユキさんが駄々をこねだした。ああ、もうどうすれば良いんだ!?
「私、ワイトさんとだったらしても良いな~。というかしたいでーす!」
ユキさんが僕へ覆いかぶさり顔を近付けた。今までにないくらいの接近距離だった。
「ユキさん……」
「ワイトさん……」
見つめ合う僕達。そして手で目を覆いながらも、しっかり開いた指の隙間から決定的瞬間を見逃すまいとするペケペーケ様。しばしの沈黙が流れ、僕の掌は汗でじっとりとした。
「あああああああ! またか! またこの前の子達がイチャイチャしてるぅ!?」
「おい、気を正気に保て! しっかりしろ!」
これで三度目だろうか。例のオジサンパーティーが現れた。と思ったらまた泣きながら走り去って行った。毎度毎度何なんだろう、と思いつつもこの時は感謝せざるを得なかった。このまま雰囲気に流されてはいけないのだ。
「あの、ワイトさん!」
「はい!」
ユキさんの呼びかけに僕も思わず答えてしまった。
「そ、その。キノコの胞子ですけど……今の叫び声で抜けました。だ、だから……」
僕はホッとした。いつもの優しいユキさんの喋り方に戻っていたからだ。だけどユキさん石のように固まったままになってしまった。
「ワイトさんの上からどかなきゃと思ってるんですが、体が緊張して動かなくなってしまって」
顔を真っ赤にしているユキさん。うん、この恥じらいのある彼女こそ本物のユキさんなのだ。僕は優しく彼女を支えながら、何とか距離を取りつつ引き離すことに成功した。
「ワイトさん、さっきまで胞子のせいで幸せというか気が大きくなってしまって変なことばかり言いましたけど……全部無しにしてください! と言っても、別にワイトさんとしたくないとかそういう訳じゃなくて……と、とにかく見なかったことにしてください!」
そう言うとユキさんはそっぽを向いてしまった。僕は僕でまだドギマギがおさまらず、それどころではなかった。
ペケペーケ様ときたら「残念」と言いたげに指をパチンと鳴らしたのだった。全くこの神様は何を考えているのやら。全くとんだ休憩時間になってしまった。
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