第22話「勇者さんと伝説の勇者」
「うわあああああ!」
僕は叫んでいた。消えていた光の壁が再び現れた。それはさっきよりもはるかにまばゆいものだった。防御だけなら一人前以上の僕だ。全力でユキさんを護ろう、そう思って再びバリアを展開した。
強い攻撃に出ればその分防御がお留守になるのは人間も悪魔であるガーゴイルも同じであった。全体重を乗せたガーゴイル渾身の右ストレートは僕のバリアに激突した。
「あ」
ガーゴイルの間の抜けた声だった。さながらサンドバッグを殴っているつもりだったはずが、突然巨大な鉄の壁に変ったようなものだ。パンチのエネルギーは全てガーゴイル本人に跳ね返って来た。そのまま石像は右腕から前進へひびが入り、微塵に砕け散った。
「ワイトさん!」
呆然と立ち尽くしていた僕にユキさんが声をかけた。どうやらしばらく反応も無く動かなかったらしい。
既に目の前にガーゴイルの残骸は残っていなかった。ただ一つ、魔石が転がっていただけなのだ。
「ああユキさん」
ぼんやりとした声で僕は答えた。
「凄いです! あのガーゴイルをやっつけるなんて」
ユキさんは僕を祝福してくれるかのように抱き着いて喜んでくれた。うん、一か八かの大勝負だったけど、なんとか勝てた。その報酬としては悪くないなと思った。
でもペケペーケ様の力がこんなにすごいなんて思ってもみなかった。うんあれでも神様なんだ。ガーゴイルぐらいまともにやれば勝てる。今は信者が少なくて力が出ないだけだ。そう思うと何か、あのポンコツ神様が誇らしく思えて来た。
「ありがとうございます、ペケペーケ様」
僕は振り返ってお礼を言った。だがペケペーケ様は……すっかり干からびていた。
「全く、こんなに神遣いの荒い人間は見たことが無いわ」
幸い命に別条が無かったペケペーケ様。非常食だった団子を全て平らげるとあっという間に元に戻った。
「でもペケペーケ様のお陰でガーゴイルに勝てました。本当に凄い力ですね」
「おだてたって駄目じゃ。もうわしは疲れてしもうて歩けんわ」
すっかり駄々っ子のようになってしまったペケペーケ様だった。仕方が無いので背嚢をユキさんに背負ってもらって、僕はペケペーケ様をおんぶした。
「じゃあ行きますよ」
だけど返事が無かった。余程エネルギーを使ってしまったのだろう。既にペケペーケ様は寝息を立てていた。
「本当寝顔も可愛らしいですよね、ワイトさん」
そう言ってユキさんは微笑んでいる。自分の信仰している神様を可愛いというのもどうなのかとも思うが、大人しくなったペケペーケ様はそんな表現が良く似合うのだった。いつもの騒々しい……いや元気いっぱいの彼女からは想像もできないけれど。
「ワイトさんが頑張っているから、私も負けないようにしないと」
ユキさんがそんなことを言った。それは僕も一緒だった。ユキさんが頑張っているから、僕も冒険者になる決心がついたし、ガーゴイルとの戦いにも挑めた。そう思うと、僕らは持ちつ持たれつの関係なのかもしれない。いつか二人でもっと強くなって、あのギルドのお姉さんをびっくりさせてやろう。そんな気持ちになった。
廊下をしばらく進む。さすがにガーゴイルを倒した後だけに魔物が出ないかビクビクしていたが、幸い現れることは無かった。ペケペーケ様が寝てしまっている以上、さっきのような大技は出来ないだろう。そうなると戦闘面ではちょっと心許ない。
やがて僕らは地下六階に入った。やはりここら辺も見覚えが無い。どうやらこの迷宮、多数のルートがあって以前来た時とは別の道らしい。地図もいよいよ当てにならないので、僕は緊張して来た。
「ユキさん、荷物持っていて大丈夫? 疲れてない?」
僕はユキさんを気遣ったが、彼女は首を横に振った。
「いえ、大丈夫です。それよりワイトさんの方が疲れていませんか?」
逆に心配されてしまった。ユキさんはやはり優しいのだなと思う。どんなに辛いことがあっても弱音を吐かず、文句も言わない。まして嫌な顔をすることなど考えられない。僕としてはもうちょっと頼ってもらっても良いのにな、と考えてしまった。
「じゃあもう少し歩いたら休憩しようよ」
「はい!」
ユキさんはにっこり笑った。うん、こういうところを見ると僕も彼女を見習おうと思うのだった。
周囲を見渡せる広い空間にでた。ここなら魔物に急襲されることもないだろう。ペケペーケ様と荷物を降ろすと僕らはようやく座ることができた。
「随分と奥まで来ましたね」
「うん。だけど僕らより先行している冒険者も多いだろうから油断はできないね」
そんな他愛無いことを話しながら、話題は次第にユキさんのことになった。
「ユキさんは魔王を倒した勇者に憧れてたんだね」
「はい。自分のことを顧みず、人のために旅を続けた姿に感動したんです」
伝説の勇者の話になると途端にユキさんは目をキラキラさせて、そして熱っぽく語るのだった。それはまるで小さい女の子がおとぎ話に出て来る白馬の王子様のことを話すような印象を受けた。
僕としては何やらその勇者様が絶対に勝てないライバルのように思えて来て、ちょっと意気消沈してしまった。……いや、僕が対抗心を燃やしてどうするのだ。あくまでも僕はユキさんを応援して支える立場なんだ。そう無理矢理思うことで、心を落ち着けようとした。
「伝説の勇者か……。ユキさんは凄い目標を持っているんだね」
「でも私なんかまだまだです。冒険に出てからも失敗ばかりで、やっぱり遥か彼方にいる存在なんだってよく思うようになりました」
ユキさんはちょっとショボンとしてしまった。しまった、話題を間違えてしまった。僕は何とか軌道修正しようと試みようとした。
「そんなこと無いよ。ゴブリンだって最初の頃より簡単に倒せるようになったし、一歩ずつでもユキさんは前に進んでいる。いつも見ている僕が保証するよ」
「ありがとうございます。その、ワイトさんにいつも見て頂いているなんて私……うれしいです」
ユキさんは頬を赤らめて下を向いてしまった。ああ、どうしよう。うれしいような、恥ずかしいような。話の選択をまた間違えてしまった焦りが僕の中でとぐろを巻いた。
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