第20話「ペケペーケ様とボタン」
「全く、さっきからわしに無茶のさせ通しじゃ」
迷宮奥深くへどんどん降りて行く僕達。それに従ってペケペーケ様の御機嫌は斜めになって行く。ぷりぷりとしたペケペーケ様は不平を漏らした。
でも彼女の力無くしては今の僕らは先に進めないのだ。僕は背嚢から祖母の作った団子を取り出すと、ペケペーケ様の口へ放り込んだ。
「ふほっ。むむむ。わしは物では買収されんぞ!」
そう言いつつも、団子をむしゃむしゃと食べるペケペーケ様は大人しくなった。何とか彼女を丸く収めるためには、僕は何でもする覚悟だった。
しばらくは一方通行の廊下が続いている。僕らはただ黙ってまっすぐ歩く事だけに集中していた。すると突然廊下の途中に小部屋のように広くなった空間が現れた。その中央には何かの像が置いてあった。
「ワイトさん、あれガーゴイルですよ」
ユキさんの言う通り、蝙蝠の翼を生やした悪魔の石像が廊下のど真ん中に鎮座している。僕らにとっては結構な強敵であるが、こいつはこちらから攻撃しなければまず襲われない。だから遠巻きに避けながら歩いて行くことにした。
「悪魔の中では一番下っ端とは言っても、怖い顔してますね」
恐々とした表情でユキさんが言った。確かに石像だが、意外にリアルな造形をしている。あれが動き出すと思うと……。僕は思わずつばを飲み込んだ。
「でもこちらからちょっかいを出さなきゃ、あんなのでくの坊だよ。大丈夫だから。ハハハ」
ちょっと怖かったが、僕はそう言って強がって見せた。
「なーんじゃ、ガーゴイルなどただの石っころではないか。あの程度恐れるに足らんわ」
そう放言するペケペーケ様。……いやペケペーケ様だって普段は石像じゃないか、とツッコミを入れたくなった。
廊下をしばらく進むと行き止まりに突き当たった。どうしようかと思い、僕は地図を取り出した。あの当てにならない地図に自分で道を書き加えた改訂版だ。だがこれ以外にルートは無さそうだった。
あの自称勇者連中の荷物持ちをしていた時は確かにこの階は通過しているはずなのだ。しかしすっかり嫌な仕事で疲れ果てていた僕は、細かいルートを記憶することを怠っていた。あの時はまさかユキさんと迷宮探索に出るなんて思ってもいなかったからな。後悔先に立たずだった。
「ワイトさん、これボタンですかね?」
行き止まりの壁に不自然な丸いボタン。如何にも「押してください」と言わんばかりのそれを見て僕は嫌な予感がした。きっと何かの罠だろう。
と言っても、ここで引き返す訳にも行かない。試しに僕が押してみることにした。
「何も起こらないですね」
辺りをきょろきょろ見回すユキさん。僕が押しても何も起こらないってことはきっと罠なのだろう。となると覚悟を承知でユキさんに押してもらうしかない。
「のう……、わしはこういうボタンを見るとつい押してみたくなるんじゃ」
ペケペーケ様が妙に畏まった顔で言って来た。小さい子供ってこういうところあるよね。もっとも、そんなことを言おうものなら怒られそうなので黙っておいたが。
散々押したいとねだるペケペーケ様。結局手の届かない彼女を僕が抱え上げ、ボタンを押してもらった。
妙にわくわくした顔をするペケペーケ様だが、次の瞬間に何が起こるかわかったものじゃない。無病息災の神様も、今現在その力の大半は僕に行っているのだから。
結果としては正解だった。行き止まりの岩の壁それ自体が扉となっており、ボタンと連動して開いたのだ。
「ほれ見たか。わしの押したボタンで扉が見事開いたぞ」
そう自慢げに胸を張るペケペーケ様。ただ僕は嫌な予感がまだ去らずにいた。それだけならどうして僕が押したときに扉が開かなかったのか?
廊下はまだまだ続いている。とにかく前へ進まねばならないのだから、変なことを考えるのはやめようと思った矢先、ユキさんが言葉を発した。
「ワイトさん、後ろから誰か歩いてきませんか?」
「え、他の冒険者じゃないの?」
確かに足音が聞こえる。だけどよくよく考えてみればこのルート、溶岩に阻まれて他の冒険者はついて来てないはずだよな……?
恐る恐る僕とユキさんは後ろを振り向いた。薄暗い廊下から聞こえてくる、妙に甲高いコツコツという音。まるで石の靴でも履いているような、そんな印象を持った。……石? 僕は血の気が引いた。
「あれ! あそこに何かいます!」
ユキさんの指し示す、僕らがさっき歩いて来た方向から二つの光が徐々にこちらへ寄って来る。松明の光ではない。魔力を持った、不気味な光。僕の背中をぞわぞわするものが走った。
徐々に闇から浮かび上がる、不気味な影。
その正体はガーゴイルだった。石の肌を持ちながらも、しなやかな動きで一歩一歩こちらとの間を徐々に詰めて来る。罠に連動して冒険者を襲うよう命令されていたのだろう。
僕とユキさんは固まってしまった。今の力でガーゴイルに勝てるのだろうか。やはり自分のレベルを無視してどんどん先へ進んでしまったのは誤りだったのだろうか。そんなことが頭の中をグルグル回り出していた。
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