第19話「平穏無事な僕達」
僕らにはすっかりお馴染みになった、迷宮一階のエントランス。早くここを通過して地下に行きたいところだが、折悪く……いや幸運にもゴブリンが一体いた。
「ワイトさん、退治しましょう!」
ユキさんが意気込んだが、僕は彼女を制止した。そう、作戦があるのだ。
遠巻きに僕らはゴブリンを眺めつつ、大回りして避けて歩き出した。壁際にユキさんとペケペーケ様を歩かせて、僕は丁度ゴブリンと二人に挟まれる形になっている。ゴブリンは突っ立ったまま何もしてこない……成功だった。
そのまま僕らは無事、エントランスを通過して地下へ降りる階段へ到達できた。
「どういうことなんでしょう。ゴブリンが襲って来ませんでしたよ?」
今一理解できないユキさんだった。
「つまり、僕は平穏無事なんだよ。自分から仕掛けなければ、魔物は僕を襲うことは無い。平穏無事に通してくれるって訳だ」
こじ付けも良いところだが、それは無病息災の方で実証済みだった。これならどんな強敵が待っていても、よっぽどのことが無い限り、戦わずして勝つことも無ければ、負けることも無くなるのだ。
もちろんモスキートクイーンのように、待ち構えている場所へ入ってしまえばその限りでは無いだろう。だがそれにさえ気を付けていれば今の僕らの力でも、かなり深い階までは行くことが出来るという計算だった。
「さすがペケペーケ様、凄い力です」
「そ、そうじゃろ? そうじゃろ?」
僕の称賛の言葉にペケペーケ様は慌てたように勝ち誇った。
うん、ペケペーケ様ここまでは想定していなかったようだ。焦りの色が見られるが、そこは突っ込まないでおいてあげた。
とにかく僕らはこの不戦作戦で迷宮探索を進めることにした。これでかなりの場所まで進めるはずなのだ。それで少しずつでもユキさんや僕のレベルが上がれば儲けものだった。
迷宮をどんどん進むうち、何人かの冒険者が立ち止まっている場所へ辿り着いた。
「どうしたんですか?」
ユキさんの問いに、冒険者の一人からため息交じりの返事が返って来た。
「この先は駄目だ、俺はここで諦める」
冒険者の指差す方向は床だった。床に太い一筋、赤い流れがあった。溶岩が流れていたのだ。走って飛び越えるには距離が長いため、普通の冒険者はここで諦めざるを得ないようだ。
僕の村の近くに火山は無い。この迷宮が恐らくは魔王の魔力で作られているせいなのだろう。こんな大袈裟なものまで作り出して冒険者の行く手を阻もうとしているのだ。
「君らも無茶はしない方が良いぞ……」
溶岩か。毒の沼地より厄介な罠だなとは思う。だが……、僕はペケペーケ様をちらりと見た。
「なんじゃ、その目は……。こ、この程度わしの力をもってすればなんてことはない!」
それを聞いた僕は心を決めた。そしてユキさんを手招きする。
「あの、なんでしょうか?」
不思議そうな顔をするユキさんを僕はそのまま御姫様抱っこした。
「あ、あのワイトさん!?」
状況が呑み込めず、慌てるユキさんは顔を真っ赤にしてしまった。いきなり抱きかかえられればそうなるのも当たり前だろう。僕も緊張してしまったが、それどころではないのだ。
ここは作戦を試してみる価値がありそうだった。
「お、おい君!?」
唖然とする冒険者達に一礼すると、僕とユキさんは流れる溶岩へ向かった。
「こりゃ、わしを置いて行くな!」
ペケペーケ様が僕の背中にある背嚢へ飛びつき、おんぶの姿勢になった。さすがに荷物と二人分の重さは脚にググっと来る。若干ふらついてまっすぐ歩くのがきついが、なんとか僕は踏ん張った。
「ユキさん、ペケペーケ様。それじゃあ行くよ!」
ユキさんがギュっと僕にしがみ付いた。だけど僕は照れる暇は無かった。ペケペーケ様が僕の首を絞めつけるように掴まって来たのだ。
「苦しいです、ペケペーケ様」
「すまんすまん。わかったから早く渡るのじゃ!」
目の前で赤々と煮えたぎる溶岩。とは言っても所詮本物ではない。魔力で作られた一種の幻影なのだ。僕は慎重に第一歩を溶岩の中へ踏み出した。
確かに脚に熱さは感じるが、そこは息災の力で無事歩いて渡れるはず……熱い! 結構熱いな、これ。う、うん。早く渡らなくっちゃ!
「早うせい! ワイト、早く渡らんか!」
恐怖に駆られたペケペーケ様が僕の後頭部をペチペチと引っ叩く。落ち着いて……というか、この場合はペケペーケ様が頑張ってくれないとどうにもならないじゃないか。
「あああ、もう駄目じゃ。が、我慢できん、限界フルパワーでいくのじゃ!」
ペケペーケ様が念を込め出したお陰か、若干熱さが引いて来た。何とかこのまま渡れそうだった。一歩一歩慎重に、しかしなるべく早く僕は溶岩の川を踏み越えて行った。
「ふぅ、到着」
溶岩の川を渡り切った僕達。と言うより、実際に渡ったのは僕だけなのだけれど。
「大丈夫ですか、ワイトさん」
ユキさんが心配そうに僕を見つめていた。
「うん、大丈夫」
心配そうなユキさんの顔を見たくなかったので僕は笑って答えて見せた。本物の溶岩じゃないから、靴も焦げていなかった。もっとも僕は汗がダラダラ流れていた。暑さのせいだったのか、ユキさんを抱きかかえていた緊張のせいだったのかはわからない。
「あの……さっきのワイトさん、おとぎ話の王子様みたいで格好良かったです」
そうユキさんが褒めてくれた。改めて言われると僕もちょっと照れた。王子様か。全く縁遠い存在だと思っていたけど、案外頑張ればなれるものなんだな。
だが一方のペケペーケ様は……。
「あー疲れたー。もうわしは駄目じゃー」
力を使い果たしたのかすっかりバテている。すっかり溶けてしまった氷のように、地面へでろんとなっていた。
「さすがはペケペーケ様です」
ユキさんが精一杯褒めるがペケペーケ様には今一聞こえていなかった。それくらい体力を使ってしまったようだった。
うん、無茶させてしまって申し訳無いなとは思いつつも、迷宮攻略のためにはまだまだ頑張ってもらわなくてはいけないだろう。
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