第11話「勇者さんVSスライム」
「ほら、ここも違う。随分いい加減な地図だな」
僕の度重なる指摘に、わざわざついて来たペケペーケ様が「ぐぬぬ」という表情をする。
僕のお賽銭、つまりはペケペーケ様の全財産をつぎ込んで買った地図の作りは大雑把というかおおらかというか。とにかくそんな印象だった。
省略や想像、手抜きで描かれた部分が意外に多い。うっかり信用しようものなら道に迷ったり、罠に嵌りかねない恐れがある。不良品を掴まされたペケペーケ様は悔しがったが、後の祭りだった。
「あ、でもここは地図の通りですよ」
ちょっとでも相手の良いところを見つけよう、という美しい心がけの持ち主であるユキさん。地図が正しい部分を見つけるとすかさずフォローを入れてくれる。
「となると……ここには罠があるってことだな」
僕はあえて危険を冒して、罠に突っ込んでみた。
だが反応は無い。……そうだ、無病息災スキルのせいで罠の有無がわからないのだ。
「罠、無いんですね。じゃあ私も行きます」
それを知らないユキさんが近付いて来た。
「待って、危ない!」
慌てて止めようとする僕だったが、遅かった。
「きゃあ!」
天井の割れ目から緑色のドロドロとした液体が落ちて来た。グリーンスライムだった。思わず身構えるユキさん。
緑色のスライムは防御の姿勢を取ったユキさんに飛びついた。彼女は辛うじて革製のマントを翻して攻撃を防ぐ。だが、マントはたちまちボロボロになって崩れ落ちてしまった。
「ユキさん、大丈夫!?」
僕はすぐに駆け寄った。
「はい。でもマントが……」
スライムの中でも一番弱いグリーンスライムは取り付いた相手の水分を吸い尽くす奴だ。人間の肌に直接吸い付かれると厄介だが、半液体状の体故に剣での攻撃が効かないのだ。
「どうしましょう……。私の剣で倒せますか?」
ユキさんの剣は魔法銀を含んでいる。刀身が放つ魔力で弱い敵なら焼き切ることも出来るだろう。
だが、それには及ばなかった。
僕は背嚢から革袋を取り出すと、中に入っている塩をのたうち回っているスライムにパラパラと振りかけた。
するとスライムはブルブル震えだすと、どんどん萎んで行く。ナメクジと同じ原理で、塩をかけると水分がどんどんスライムから抜けてしまうのだ。
「わあ、すごい。こんな倒し方があるんですね!」
驚いてその様子を見つめるユキさん。どうやらナメクジを見たことも、当然退治したことも無いらしい。よっぽどのお嬢様なのだろうか。僕はちょっと不安になって来た。
僕らはスライムの魔石を回収すると、再び迷宮探索を続けることになった。
「えーと次は毒の沼地がありますね。……あ、ありました。地図の通りです」
ユキさんが指し示す先に、ヘドロの溜まったような一帯があった。僕としてはすっかり地図の信用がガタ落ちしていたところだったので、逆に驚いてしまった。
洞窟内にしては随分と広い沼地だった。とは言ってもその先に何かがありそうでもない、こういうのは無視するに限る……訳にも行かなかった。沼地の中央部に島状の陸地があり、これ見よがしに未開封の宝箱が一つポツンと置いてある。
「どうしましょう。でも危ないですし、諦めましょう」
しょんぼりしてユキさんが言った。だがこういう宝箱にこそ重要アイテムが入っていたりするのだ。何とかしたいと思う僕だった。
「ワイト、こういう時こそ無病息災じゃぞ」
ペケペーケ様が言った。
だがちょっと待ってほしい。罠をすり抜ける効力はよくわかった。だが相手は毒の沼地である。歩くごとに生命力を削られ、下手に進んだら途中で力尽きてしまうだろう。
「わしを信用せんか!」
そう言ってペケペーケ様は僕をドンと突き飛ばした。バランスを崩した僕は沼地の端へ片足を踏み込んでしまった。
「痛っ! ……くない?」
普通毒の沼地へ足を踏み入れたなら、すぐにでも足がビリビリ痺れるような痛みを感じる。ひどいときは毒がそのまま体中に回ってしまう。
だがそんなことはなかった。ただ泥水に足を突っ込んでいるような感覚で痛みもかゆみも感じない。
「わかったか。これがわしの無病息災の力じゃ」
無病息災って、果たしてそういうものなのだったっけ? 何か意味が違うような気がするが、突っ込むのはやめておいた。
もはや何でもありだった。要するにペケペーケ様渾身の力を込められた加護により、僕の体には一種のバリアーが張られているらしかった。
こうなってしまえばもう恐れることも無い。ジャブジャブと泥の沼地を掻き分け進み、宝箱まで進むことにした。
「おい、そこの子供! 危ないから戻って来い!」
心配して別の冒険者達が声をかけて呼び戻そうとするが、僕は気にせず宝箱へ到達した。
「さて、中身は何だろう?」
幾多の冒険者が目にしながら、毒の沼地に阻まれて諦めざるを得なかった宝箱。こうして自分の物にできるというのはちょっとした快感だった。
息を飲んで宝箱を開ける。中には……マントが入っていた。白い色で、魔力で加護が付与されている。王都にでも行かなければ売っていないような、デザインも凝っている高級品だった。
「ユキさん、丁度良いマントが入っていたよ」
先程スライムにマントをボロボロにされていたユキさん。早速着けてもらうことにした。
うん。今までの地味な色のものより、ユキさんにはずっと似合っていた。
「あの、これ貰って良いのですか?」
「もちろん」
プレゼントというのはおこがましいけど、僕が身に付けたり売ってしまうより、ずっと役に立つだろう。
「ありがとうございます!」
そう言ってニッコリ笑ってくれるユキさんを見ていると、僕まで幸せな気分になってしまった。
ペケペーケ様が僕に何か言いたげだった。僕の周りをウロチョロ歩いて見せる。
「大したものです、ペケペーケ様」
ここは素直に僕も彼女を褒めておいた。
「そうじゃろ、そうじゃろ!」
ここぞとばかりに自分の力を誇示するペケペーケ様だった。
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