第10話「勇者さんと地図」
「よう、ワイト」
僕は古道具屋からの帰り道、アランとスミスに声をかけられた。二人は未だにあの自称勇者連中の荷物持ちをしているらしい。
「なあ凄えだろ。俺達こんなに稼いだんだ」
そう言って二人は僕に財布の中身を見せびらかして来た。銅貨ばかりでなく、銀貨がかなり混じっている。迷宮のかなり奥にまで進んだあのパーティー。色々探索しては強い魔物を倒し、宝箱を開けているという。
「ふーん、凄いね。じゃあ」
僕はそう言い残して立ち去ろうとした。あんな尊大な奴に顎で使われてまでお金を稼ぎたくは無かった。それを自慢されたところで正直イラっとはしても、羨ましいとは思えなかったのだ。
だが僕はアランに腕を掴まれた。
「お前、最近別の勇者の荷物持ちしているらしいな。いくら稼いだんだよ?」
僕は無視した。ゴブリン数体を倒しただけで、小銭数枚にしかなっていないのだ。どうせそんなことを言えば、奴らは馬鹿にしてくるに決まっていたからだ。
「おい、逃げるのかよ。お前んとこの勇者、滅茶苦茶弱いらしいな。それで稼げないからって怒ること無いじゃないか」
スミスが無遠慮に言った。稼げないから怒るんじゃない。ユキさんを馬鹿にされるのが許せなかったからだ。
「俺知ってるぞ。あの勇者、結構可愛いもんな。それでお前、わざわざくっついてるんだろ?」
下品に笑うアランの言葉に僕は内心キレていた。ユキさんの荷物持ちをしているのは祖母の命令であったというのもある。でもそれだけじゃない。純粋にユキさんの応援をしたいという思いからだった。
それをこんな形で囃し立てられたのがたまらなく悔しかった。……後々、冷静になって考えれば、アランの指摘は図星だったのかもしれない。
ともかく僕はアランに掴みかかった。そのまま取っ組み合いになる。力任せに殴ったが、僕は元々力が弱いということを忘れていた。すぐに形勢は逆転し、スミスも含めて二人がかりで打ちのめされてしまった。
「なんじゃ情けないのう」
とぼとぼと歩く僕にペケペーケ様は言い放った。そんなことは知っている。冒険初心者のユキさんと一緒にいるから最近忘れていたが、これがまごうこと無き本来の僕の姿だった。
「じゃがお主、逃げずに立ち向かった。それは認めるぞ」
ペケペーケ様なりにフォローしてくれているらしい。だが僕は答えなかった。
「ペケペーケ様、これ」
「なんじゃ?」
僕はさっき古道具屋で手に入れた小銭をペケペーケ様へ手渡した。
「お賽銭。好きに使って良いです」
「ほー。良い心がけじゃ。じゃが、わしの力では喧嘩に勝たせることはできんぞ。そこは専門外じゃ」
そう言うとペケペーケ様は唐草模様のがま口を取り出して小銭を入れた。彼女のつらい境遇を表すかのように、中は空っぽのようだった。
「そこまで期待はしていません」
少なくとも自分はアランやスミスとは違う。そう思いたくて、例えわずかな小銭でも持っておきたくなかったのだ。
村では最近、一つの話題で持ち切りになっていた。
迷宮の地図を作って売り出す人が現れたのだ。もっとも僕は世の中には何にでも商売につなげる人がいるものだな、と半ば呆れ気味で見ていただけだった。
「ほれほれ、わしが迷宮の地図を手に入れて来たぞ」
そう思っていた矢先に、ペケペーケ様が例の地図を買って来てしまった。地図なんてわざわざお金を出して買わなくても、自分で作れば良いのだ。だが、ペケペーケ様は新しい話題や噂話の類が大好きなようで、衝動買いしてしまったらしい。
「わあ、迷宮の中ってこうなっているんですね」
興味深げに地図を覗き込んだユキさんが言った。もっとも僕らはまだ入ってすぐの一階を巡っただけで、そろそろ次の階へ行こうか相談していたところだった。この地図に記されている地下五階まで行くには、まだまだ時間がかかるだろう。
でも僕が前に行った、あの地雷原の罠は確か地下六階だったような……?
「なんじゃ? 地図に載っていない、まだ先があるのか。なになに……『この先は君の目で確かめてくれ』じゃと!? 全く無責任な奴もおるものじゃな」
大体こんなオチになるのは見えていた。あの迷宮、地下一〇階以上の深さはあると、あの自称勇者連中が言っていた。だからこの地図に載っている範囲はまだ序の口と言ったところだろう。
「地下に進めば進むほど、道も込み入って来るんですね。しかも罠や毒の沼地まで沢山あると書いてあります」
ユキさんは不安そうな表情だ。何とかしたいところだが、僕の『無病息災』スキルでどうにかなるのだろうか……大いに疑問だった。
ところがペケペーケ様がニヤリとしながら、肘で僕を突っついて来た。「心配するな」と言いたげな表情をしている。僕としては依然半信半疑であり、軽く受け流すことにした。
とは言うものの、ユキさんをそのままにする訳にもいかない。例え僕がどれだけ大丈夫でも、あの自称勇者連中のように、ユキさんが罠にやられてしまっては意味が無いのだ。これは何とかしなくてはいけない。
ともあれ、僕らはひとまず次の階層である地下一階へ行ってみることにした。地図が本当に正しいか大いに疑わしかったし、前へ進まないことにはユキさんもレベルアップできないのだ。
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