第6話「無欲な勇者さん」

「この罰当たりが!」




 朝早々、祖母の怒号で目が覚めた。どうやら野良犬が裏のペケペーケ様の像へ粗相をして行ったらしい。まあありがたみも無く、放置されている石像なのだ。犬も丁度良いものが転がっていたと思ったんだろう。




 結局二度寝をするつもりが、そのまま祖母に引っ張られて朝のお祈りをさせられた。ペケペーケ様に無病息災を祈るのだそうだが、あんなことがあった後ではありがたみも何も無かった。




 祖母とユキさんは熱心に手を合わせている。僕はまあその振りをしただけだった。




 第一ペケペーケ様の御利益って一体何なのだろう、と考えてしまう。商売繁盛や世界平和、恋愛成就とか世の中もっと叶えたい夢や望みは一杯ある。それらに対応した神様はそこかしこにいるのだ。




 それに対してペケペーケ様は文字通り『平穏無事』が御利益だと祖母から聞いた。ありがたいと言えばありがたいが、なんとも面白みに欠ける。だがそれが一番大事だと祖母は何を言っても聞かない。ユキさんもそんな祖母と一緒になって平穏無事を祈っているのだ。




 僕としては……せめてもう少しユキさんの力になれれば良いな、くらいの願いはある。とは言うものの、ペケペーケ様にそんな力があるとも思えなかった。




 祖母はペケペーケ様へバケツで水をかけるとゴシゴシたわしで洗い出した。まあ野良犬の被害に遭った以上そうせざるを得ないのだろう。自分としてはそこまでしなくても、と思いユキさんと今日も今日とて迷宮探索へ向かうことにした。




「ペケペーケ様を信仰する人は今とても少ないのです」




 歩きながらユキさんは寂しそうに呟いた。何でもこの世界には二五五柱の神様がいるらしい。しかしほとんど景気の良い現世利益型の神様ばかりで、当然そちらへ人気が集中している。一方で地味でマイナーな神様は忘れられがちだという。




 彼女の話ではペケペーケ様の信者は世界広しでも一〇人もいないという。絶滅危惧種の黄金竜よりも少ない。確かにこの村でも祖母以外手を合わせている人をついぞ見たことが無かったくらいだ。




「でもワイトさんも私と同じペケペーケ様を信仰していて良かったです」




 自分もいつの間にか計算に含まれていた。僕としてはただ祖母に付き合わされているだけなのだが、彼女のためにそこは黙っておいた。




「私は憧れの勇者様がペケペーケ様の力で魔王を倒した、と聞きました。それで私もペケペーケ様を信仰することにしたのです」




 大昔、何代か前の魔王を倒した勇者がいたとは聞いたことがある。その影響で霊験も無さそうなマイナー神様を崇めるというあたりは、ユキさんも相当憧れているのだろう。




 でも無病息災じゃあんまり冒険の役にも立ちそうにないな、と僕は思う。少なくとも僕がこの村を出て行くのに何のプラスになるのかわかりはしなかった。




 向こうの方から走って来る影が見えた。目を凝らして見たところ、あの女の子だった。どうやら犬に追われているらしい。




「ぎゃー、助けてー!」




 そう叫びながらこちらへ向かって来る。あの生意気そうな女の子だが、犬には弱いらしい。ちょっといい気味だな、と思ったがさすがに放ってもおけなかった。




「ワイトさん……」




 心配そうなユキさんに僕は頷いた。カバンの中に非常用食料として干し肉があったのを思い出したのだ。それをひとかけら、犬へ投げつけたのだ。




 犬は女の子から目標を変えた。見事空中でキャッチすると、満足そうにどこかへ走り去って行った。




「はわわわわわ。死ぬかと思ったわ……」




 涙目の女の子。しかも何故か全身濡れ鼠。息も絶え絶えで僕の足元へへたり込んでしまった。




「大丈夫?」




 声をかけたが、しばらくは返事も出来そうに無かった。




「……すまぬ、礼を言うぞ」




 ようやく気を取り直した女の子。それでも言葉遣いは相変わらずだった。




「ワイト、お主の願い聞き遂げたぞ。ではさらばじゃ」




 一方的にそう言うと女の子はまたどこかへ行ってしまった。願いと言われても何が何やらわからない。そもそもあんな女の子に何ができるのか、と僕は半信半疑……どころか疑いしかない。




 出鼻をくじかれたが、ユキさんと迷宮探索をしなくてはならない。そもそも未だに一階から奥へ行けていないのだ。他の冒険者達はとっくにもっと奥の階層へ探索範囲を広げてしまっている。グズグズしていると聖剣は取られてしまうし、何よりも落ちている目ぼしい財宝やアイテムを全て持って行かれてしまうのだ。




 ユキさんも大分レベルが上昇して来たようだった。たまに現れるゴブリン程度ならなんとか倒せるようになった。もっとも剣の力によるところが大きく、どこまでが彼女の実力なのかは今一判然としないのではあるが。




「うーん。何もありませんね」




 そうユキさんはため息をついた。




 一階のエントランスからはいくつもの通路がタコの脚のように伸びている。その一つ一つを辿って行きつく部屋を探索している僕達。だがとっくのとうに他の冒険者が通り過ぎ、入った後なのだ。宝箱は空ばかりで収穫は無い。




 もっともユキさんは無欲な人だった。荷物持ちこそ僕が担当するが、ようやく見つけた薬草や他のパーティーが捨てて行ったゴブリンの魔石などは、全て僕のものにして良いと言うのだ。




「私からはワイトさんに何もお礼できないですから。せめてこれくらいは」




 そう申し訳なさそうにユキさんは言った。荷物持ちの給金もユキさんは最初出すと言ったが、祖母からの命令で無給となったのを気にしていたようだ。




 うん、良い子なんだろうなと思う。だけどもう少しがめつくないと、あの自称勇者みたいな連中に顎で使われる結果になるだろう。まるで僕のように……。

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