第5話「勇者さんとチャンス」
世の中は冒険者時代、と言うことになっているらしい。北の果てに魔王なる存在がいて人間の国々を脅かしている。そこで各国はそれを討伐する勇者を派遣することになった。
しかし一向に埒が明かなかった。魔王が各地に築いた迷宮には山のような財宝が眠っており、勇者がそちらへ目移りしては寄り道するので、討伐が全く進まなかったのだ。
そこで各国は勇者を濫造することにした。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」の論理でどれか一発でも魔王に当たればいい、くらいの実にいい加減なやり方に出たのだ。
結果として巷には一山いくらの自称勇者が溢れた。そのため僕をクビにしたような人間的にアレな連中も大勢出たし、ユキさんのように見るからに危なっかしい勇者も出る事態となったのだ。もちろん製造者側は一切責任を負うつもりは無いようだった。
それでも勇者の鑑札を得ている以上は、それ相応の対応を各地の人々はしなくてはならない。危害を加えて来る
村の宿屋は「勇者御一行御指定の宿」なる看板を掲げているし、万屋や食堂も「勇者御用達」を売り文句にしている。僕にしてみれば、どうでもいいことなのだが、他の人達には重要なことらしい。馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、自分一人で世の風潮へ抗ってみたところでどうにもならなかった。
ユキさんと一緒に行動するようになって、少しずつだが会話をするようになった。最初は女の子と話すこと自体に恥ずかしさが勝ってしまって、面と向かうのも躊躇われる気がしたのだ。もっとも近頃は慣れて来て普通に話せるようになって来た。
「私は子供の頃から勇者に憧れていたんです。大きくなったら世界中を冒険して、悪い魔王を討伐しようと決めていました」
迷宮探索の休憩中、そう目をキラキラさせて熱く語るユキさん。特に夢も希望も無くだらだら生きて来た僕に比べれば志は立派だ。ただその割に冒険者としての、というより世間を渡っていく逞しさに欠けるのは困ったものだった。
「親からはそんな危険なことはいけません、と叱られてしまいまして。それでこっそり家を飛び出して来たんです」
かと思うと意外にアグレッシブな事実を告白するユキさんだった。田舎の僕らに比べれば立ち居振る舞いがしっかりしているから、きっと良いところのお嬢さんだったんだろう。それにしても随分無鉄砲なことをしたなと思うのだった。
「ワイトさんは将来の夢とかありますか?」
いきなり直球な質問をぶつけられてしまった。僕としては……何も無かった。ド田舎の村でずっと貧乏な暮らしをしていくつもりはなかった。だけど外の世界へ出て行くのも怖かった。
知らない世界で自分が何になれるのか、何者にもなれないのではないか。そう思うと不安で最初の一歩が踏み出せそうにないのだ。
「特に……うん。何も考えてないや」
そう答えるのが精一杯だった。夢を持っているユキさん自体がキラキラ輝いて、羨ましくて僕には眩しかったのだ。
「それなら――」
ユキさんは僕に提案をした。
「この迷宮をクリアしても、一緒に来てくれませんか? 私と一緒になってくれませんか!?」
その誘いは嬉しかった。自分みたいな特技も何も無い人間を必要としてくれる人はユキさんが初めてだったからだ。
だけどその言い方は間違っている、というか誤解を招く危険がある。でも、それにユキさんは気付いていないようだった。
たまたま通りかかった、オジサンだらけのパーティーがユキさんの提案を聞いてしまったようだった。
「あー青春しやがってからに、畜生!」
「なんでこんな迷宮の中で、そんな告白聞かなきゃならないんだ!」
と、泣きながら走り去って行くのを目撃してしまった。
僕としてもユキさんに訂正を促したいところだった。しかし真意を知ってしまったら、またユキさんが行動不能に陥りそうなので止めておくことにした。
だけど、返答はしばらく待ってもらうことにした。
その日の帰り道、またあの女の子がいた。今度は呑気に団子なんか齧っている。
「おい、ワイト」
今回も無視して通り過ぎようとしたがやはり、呼び止められた。
「だから、君どこの子だよ」
だけど、やはり女の子は僕の言うことなんか聞いちゃいなかった。
「せっかくのチャンスをやったのにふいにしおって。だからお主は弱虫なんじゃ」
出会い頭に悪口を言われて僕はむっとした。弱虫なのは知っている。だけどこんな見ず知らずの女の子に言われる筋合いは無い。まして今は横にユキさんがいるのだ。
「ワイトさん、どちらのお嬢さんですか?」
「いや、知らないんだよ。この前も変なこと言ってすぐ消えちゃったんだ」
ユキさんに事情を説明した。ちょっと叱り付けてやろうかと思ったが、そうしている間にまた女の子は姿を消していた。
狐につままれたような気分で僕らは家へ帰った。
家では祖母が団子を作って待っていてくれた。
「さあユキさん、どうぞ召し上がれ」
そう言って勧めてくれる祖母だった。
「わあ美味しそう! ワイトさん一緒に食べましょう」
どうにも腑に落ちない気持ちで僕は団子を手に取った。村名物の変哲もない団子であり、どうということはなかった。
ただあの女の子が言った『チャンス』とは一体何だったのか。そのことだけを僕は一人考えていた。
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