第4話「勇者さん、初めて冒険してみる」

「ちょっと進んでみませんか?」




 そう言い出したユキさん。うん、早く進まないと何も始まらないのだ。この辺りには特に何も無い。既にバイトで何度も通った場所だからそこは僕が保証しても良い。




「あ、あそこに宝箱がありますよ!」




 そう言って声を上げるユキさん。うん、僕も知っている。中には確か薬草が入っている。ただこんな場所で薬草を拾って、わざわざ荷物を増やすような冒険者はまずいない。だから誰からも放置されているのだ。




「わあ、薬草ですよ! 初めてアイテムをゲットしました!」




 そう大袈裟に驚くユキさん。うん、見ればわかるよ。というか、彼女薬草を一つ拾っただけでこれだけ喜ぶなら、聖剣を見つけたらどうするのだろう。心臓麻痺で死んじゃうんじゃないかと心配したくなってしまう。




「あ、ワイトさん。あそこに魔物が」




 そう言って、僕に報告してくるユキさん。うん、迷宮なんだから魔物の一匹や二匹……、キリが無いから考えるのを僕はやめた。




「魔物……初めて見ました。ねえ、ワイトさん。どうしましょう?」




 聞かれても困る。勇者たるもの魔物を倒す、と昔から相場が決まっている。大体荷物持ちの僕としては、魔物退治は専門ではないのだからどうしようもない。


もっともあの自称勇者パーティーについていたお陰で多少は戦える程度にはレベルアップしていた。それにもしもに備えて、竹槍をわざわざ家から持って来たのだ。場合によっては助太刀する準備は出来ていた。




 魔物……と言っても一番弱いゴブリンだった。しかも一匹。僕でも十分対応できる相手なのだ。まして国家公認の勇者であるユキさんなら当然問題にもならないだろう。




「じゃあユキさん、どうぞ退治しちゃってください」




 僕は手を出さないことにした。あくまでこれはユキさんの冒険なのだ。それに魔物退治は荷物持ちの給金には含まれないのだから……あ、そうだ。そう言えば給金の話していなかった。


祖母は「お手伝いしなさい」と言っていたよな。まさかタダ働きしろってことじゃないよな? もっとも、こんな状況でお金の話を持ち出す訳にも行かなかった。




「わかりました! よーし、魔王の手先め、この勇者ユキが退治してくれる!」




 ユキさんは勇んで剣を抜いた。ゴブリン一匹相手に随分と意気込んでいる。もっとも、その姿を見て僕は驚いた。初心者が扱うようなブロンズソード、あるいはショートソードなどでは無かったのだ。




 剣の刀身が薄青く光っている。素人目にもわかるかなりの業物で、恐らく魔法銀の合金で出来た剣であろう。なんで初心者丸出しのユキさんが持っているのかわからない程の名剣だった。


逆に言えばこの剣さえあれば、この迷宮にあるという破魔の聖剣なんて必要無いんじゃ? と思えるほどの立派な代物だった。




「えーい」


 ゴブリンに斬りかかるユキさんだが、とても剣術と言えるようなものではない。へっぴり腰で力任せにブンブンと振り回すだけなのだ。それでも普通に武器屋じゃ買えないような剣を振り回されては、並の魔物ではとても敵わないだろう。




 しかし余程の不注意者だったのか、不運だったのかはわからない。だがユキさんが一生懸命振り回している剣に見事当たってしまったらしい。ゴブリンはバターが熱したフライパンの上で溶けるように消え、退治された。




 僕は反射的に床に転がったゴブリンの魔石を拾い上げた。一番弱いゴブリンの魔石は銅貨一枚が相場だ。およそ駄菓子が一個買える程度……もっとも近頃はダブついているのか、買取拒否する店もあるくらいだ。




「これが……魔石なんですね。私、初めて見ました」




 そう言って僕の掌に乗っている、緑色のガラス玉然とした魔石を熱心に見つめるユキさん。冒険者としては呆れてしまう程に、本当に初心者レベルらしかった。それでもニコニコ顔で喜んでいる彼女を見るのは悪い気分ではない。




「あーあ、こんな所でガキが何やってるんだか。デートなら他所でやれば良いのによ」




「あー本当本当。あたしたち仕事で来てるんだからさ~」




 そんな外野の声が聞こえて来た。後からやって来た、口さがない別の冒険者パーティーだった。僕は思わずムッとした。




 確かに場数を踏んだ人から見れば、迷宮に入ってすぐの部屋で薬草を拾い、ゴブリンを一体倒すだけでは子供のデートに見えるのかもしれない。それでもユキさんにとっては大切な勇者としての第一歩なのだ。




「ユキさん、気にしないで次行こう」




 僕はユキさんの手を取って、奥の部屋へ行こうと促した。ところが彼女は動かなかった。




「どうしたの?」




 僕の問いかけに、モジモジしたままユキさんは下を向いてしまった。




「いえ……、ただワイトさんとデートなんて言われてしまって……。どうしましょう」




 いや冗談で向こうも言っただけなんだから。そこまで照れなくったって良いじゃないか。つられて、こっちまで恥ずかしくなってしまう。




 いたたまれない気持ちになって、結局今日の冒険はここで切り上げることになった。本当これじゃデートに来たと言われても仕方が無いのかもしれない。

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