第3話「勇者さん、迷宮へ入れない」

 ユキさんがうちに来て数日になる。




「それではワイトさん、行ってきます!」




 彼女は毎朝、迷宮に勇んで出かけて行った。心配になって僕も後をついて行った。迷宮だって素人が入ればかなり危険な場所なのだ。あの子が迂闊に入って、ケガでもされたらこちらも大変だと思ったからだ。




 だが彼女、迷宮の入り口に着いたは良いが、立ちすくんだまま入れないでいた。どうやら暗いのが怖いらしい。散々右往左往した挙句にようやく意を決して迷宮に入るが、五分と経たずに出て来てしまった。




 結果どうして良いのかわからなくなったらしい。途方に暮れて、迷宮の入り口で祖母の作った弁当を食べて帰って来る、という有様だった。




「今日はユキさんも随分と頑張ったようですね」




 祖母はそんなことお構いなしに、手放しでユキさんを褒める。迷宮に入るのが五分から一〇分に伸びただけで、晩のおかずを一品増やしたくらいだった。




「明日こそは迷宮のもっと奥に入って見せます!」




 そう決心するユキさん。しかしあの様子では迷宮の最初の部屋にすら到達できていないはずである。このペースでは最深部にあるという聖剣を手にするまでに、肝心のユキさんの寿命が尽きてしまうだろう。




「ワイト、あんたも遊んでいるならユキさんのお手伝いをしなさい」




 祖母の命令だった。金儲けで迷宮に入るのはけしからんと怒る割に、ユキさんが聖剣を求めて入るのは実に感心なことと思っているようだった。




 それに比べて同じ年頃の僕がふらふら遊んでいるように見えたのがお気に召さなかったらしい。僕としては遊んでいるつもりは無いのだが、傍から見ればそう映るらしかった。




「ええ、本当ですか! ワイトさんが私を手伝ってくれるんですか!」




 僕の手を取ってまで喜んでくれるユキさん。いやユキさんが喜んでくれるのならば、僕としても嬉しい。だがそんな大袈裟に喜ばれると、こちらも恥ずかしくなってしまう。




 だがその一方で、迷宮にはもう関わり合いたくない僕だったので気持ちは複雑だった。結局こうして、再び荷物持ち兼護衛としてまた迷宮に潜ることになったのだから。






 翌日から僕はユキさんの迷宮探索を手伝うことになった。荷物持ち用の背嚢を背負い、それとは別に護衛用に手製の竹槍を持って行くことにした。箸より重いものを持ったことの無さそうな彼女に魔物が倒せるのか、甚だ不安だったからだ。




 うきうき気分に鼻歌混じりで足取りも軽いユキさん。しかし一緒に歩いている僕としては何やら恥ずかしかった。何より同年代の女の子と朝から堂々と歩くということ自体、なにやら気が引けたからだった。




 村の中を突っ切って迷宮へ向かう道すがら、何やら自分に向けられる奇異の視線が背中に突き刺さり痛い限りだった。




「あら、お早うございます。勇者様冒険ですか?」




 通りすがりのおばさんが声をかけて来た。まあこんな挨拶が成立するくらいには、この村には勇者、冒険者の類がいるということなのだが。




「はい! これから迷宮探索に行ってきます!」




 勇者と呼ばれたのがよっぽどうれしかったのか、はきはきとした返事をした。そしてユキさんは御満悦の表情をするのだった。僕としては『勇者』の単語にあの連中のイメージを引きずっており、複雑な気分になった。






 村の裏門を通り抜け、しばらく山道を進むと例の迷宮の入り口が顔を表す。岩肌がむき出しになった垂直な崖にある日突如として現れた洞窟だった。




「これから中に入るんですよね……?」




 入り口で立ち止まるユキさん。崖にぽっかりと空いた、薄暗い入り口は確かに不気味ではある。しかし何度も入っている僕としてはそこまで意識するものだろうか、という考えが先に立ってしまう。




「入りますよ」




 僕はそう言って促した。しかし深呼吸し出したユキさんは傍目にも落ち着かないようだった。




「あの……私と手を繋いでいただけますか?」




 よっぽど入るのが怖いらしい。これで本当に勇者認証試験の合格者なのだろうか、という疑問が僕の中で浮かび上がった。それでもこのままではどうにもならないので、彼女と手を繋いだ。




「ありがとうございます!」




 それだけで勇気が湧いて来る、という表情をしたユキさんだった。僕は異性の子と堂々手を繋ぐことの方がよっぽど勇気がいるのだが……。




 洞窟の狭い入り口を抜けると視界がパッと開ける。かなり広い吹き抜けの空間になっている。さながらエントランスホールといったところだろうか。




 きれいにくり抜かれたような岩壁には青白い光が点々と続いている。先行した冒険者が灯してくれた魔力の照明の光であり、そのお陰でそこまで暗いという印象は無い。




 しかし日々、大勢の勇者達が行ったり来たりする、入ってすぐの場所だけあって別段目ぼしいものもない。魔物だって退治され尽くして出て来ることは稀だろう。




「ワイトさん……すごい緊張しますね」




 僕の手を握る力が強くなった。迷宮よりも、ユキさんに手を握られる方がよっぽど緊張する。しかしユキさんがそれを気にする様子は全く無かった。

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