第2話「勇者さんと女の子」

 ともあれようやく自由の身になった僕は家へ向かって歩いていた。一四年間歩きなれた代わり映えの無い村。村に来ている冒険者を除けば、皆顔見知りの人ばかりだった。




 だけどその日は違った。道に見慣れない女の子が立っていたからだ。六、七歳位の子だろうか。服装も変に大時代的なぞろっとした服を着ている。変に思ったが、とにかくもう今日は家に帰って寝ることしか考えていなかったから、無視して通り過ぎようと思った。




「おい、ワイト」




 その女の子に声をかけられた。随分偉そうな子だな、と思った。それに僕の名前を知っているということは、やはり村人なのだろうか。




「君、どこの子?」




 僕は不機嫌に問い返した。




「お主のおばあさんの願い、確かに聞き遂げたぞ」




 そう言って女の子はどこかへ歩いて行ってしまった。事情が呑み込めず、女の子を目で探そうとした時には忽然と姿を消してしまっていた。




 首をかしげながら僕は家へ帰った。疲れていたから、幻でも見たんだろうかと思って大して気にもしなかった。




 村の外れに僕は祖母と二人で住んでいる。


祖母は狭い畑を借りて耕すだけで、村を賑わしている迷宮バブルに関わろうとしなかった。そもそも村の人達が迷宮の一件でお金お金とうるさくなったのを、「拝金主義」と言って軽蔑していたくらいだ。




 小遣い目当てだった僕もあの自称勇者の一件で懲りたので、我が家は完全に迷宮とは縁が切れた格好になった。そのはずだった。




「ただいま」




 二人が暮らす狭い家だが、祖母の返事が無かった。出かけているのかな、と思ったがどうやら違うらしい。




「ああ、ワイト。帰ったのかい。こっちにおいで」




 少し遅れて遠くから返事が返って来た。どうやら家の裏にいるらしい。あんなところにいて何をしているんだろうか。僕は家の裏手へ回った。




「ばあちゃん、どうしたの? こんなところで」




「お客さんが来てね。今日からこちらの方が家へ泊るから」




 そんなことを急に言われて、僕は目を白黒させた。横にいる人物が苔むした石像を拝んでいる。


この石像、この地域特有の神のものらしいのだが詳細はよくわからない。何にせよ村人のほとんどは、全国共通のメジャーな商売繁盛の神様を拝んでいる。こんなマイナーな神様を信仰しているのは、この村では祖母くらいのものだった。そう言えば、祖母以外で像へ手を合わせている人を見たのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。




 ようやく祈りが終わったのか、その人が立ち上がってこちらを向いた。女性……というよりは歳は僕と同じくらいの女の子だった。髪は明るい茶色におさげで、冒険者特有の地味な服装のせいで本人まで地味な印象を受けた。顔は……まぁ可愛い方かもしれない。何にせよこんな田舎では採点が甘くなるのは仕方ないことかもしれない。




「こんにちは、ワイトさん。私は勇者のユキと申します。これからしばらくの間、こちらで御厄介になります」




 そう言うとユキさんは丁寧に頭を下げた。感じは悪くない子だった。


しかし勇者、という単語で僕は一気に嫌な気分になった。つい先程、あの嫌な嫌な自称勇者と喧嘩してクビになったばかりなのだ。この子もその仲間かと思うと、つい胡散臭さそうなものを感じてしまう。




「はぁ、よろしく。えーとユキさん、うちの祖母とはどういうご関係で?」




 それでも祖母の手前、挨拶をしない訳に行かなかった。それにしても親戚もいない我が家のこと、どういうつながりなのか気になったのだ。




「いえ、それが今日初めてお会いしました。この村でペケペーケ様を信仰する方がおばあ様以外にいらっしゃらなくて。お話している内に、泊めていただけることに……」




 会話の内容がよくわからなくなった僕は一旦天を仰いだ。その上でユキさんと祖母を交互に見比べた。




 つまりはあのよくわからないマイナー神様、ペケペーケ様を信仰する信者同士の縁だけでこの子を家に迎えることになったらしい。そんな子をうちに引き入れて大丈夫なのか心配になって来た。




「ワイト、ユキさんはね若くてもれっきとした勇者様なんだから。あんたも粗相の無いようにするんだよ」




 祖母の言葉に併せるように、ユキさんが胸元から一枚の鑑札を取り出して見せた。確かに『国王陛下認証の勇者』と記されている。


冒険者ブームに対する規制として、勇者を名乗るにはこの鑑札が必要なのだ。しかしこの鑑札が近年濫発気味らしい。




 あの自称勇者ですら持っており、これだけではどうにも信用し難いものがあった。しかも彼女の勇者ランクは一番下だった。




「あの……ワイトさんが疑うのも良くわかります。実は私も勇者になりたてで冒険のことがよくわからなくって」




 顔を近付けて自分の身の上を力説し出したユキさん。彼女の柔らかい香りがちょっと鼻をくすぐって、僕もちょっと照れた。




 勇者に子供の頃から憧れていたユキさんは一念発起して、勇者認証試験を受験し合格したらしい。しかしそれまで故郷の町を出たことも無く、冒険の『ぼ』の字もわからない状態だったらしい。




 話の端々から察するに、随分な箱入りお嬢様のようだった。そんな彼女がいきなりこんな大冒険に出ることになったのだという。




 僕も村を出たことはほとんど無い。人のことをとやかく言う資格があるのかはともかく、それでもユキさんのことが心配になってしまった。




「この村で宿を取ろうと思ったらもう満室で……。野宿でもしなければいけないのかと思って途方に暮れていたところ、おばあ様に声をかけて頂いたんです。そしたら偶然にも同じペケペーケ様を信仰されていると知って……私とても感激しました! ペケペーケ様の御加護って本当にあるのですね」




 純真そのものの目をキラキラさせてペケペーケ様の力を力説する彼女。しかしそれだけの神様ならばどうして我が家の裏庭に寂しく放置されているのだろうか、とはとても言えない雰囲気だった。




「それで、いつまでうちに滞在されるんですか……?」




「はい、できれば迷宮にあるという破魔の聖剣が入手できるまではお願いしたいのですが」




 並みいる強豪の勇者達があの迷宮に苦戦して既に一月も二月もこの村に滞在している。そのことを考えれば冒険者を始めたて、初心者レベルの彼女がそこに到達するにはどれだけの歳月が必要になるのだろうか。




「あの、やはりお邪魔でしたでしょうか……?」




 僕の気持ちを察したのだろうか。ユキさんが不安そうに言った。


僕個人としては、もう勇者だの迷宮だのに関わり合いを持ちたくなかったのだ。そんな潤んだ瞳で見つめられても、どうしようもないではないか。




 いや、どうしようもないのは祖母の方だった。普段は温厚な祖母も、ことペケペーケ様が絡むと途端に人が変わる。この分では僕にも聖剣探しを手伝え、と言われかねないではないか。




「とにかくワイト、あんたの部屋に泊まってもらうから荷物出しときなさいね」




 不安は的中した。拒否権は無いようだった。もう二度と関わるまいと思っていた迷宮、勇者にこうして僕はまた付き合わされる羽目になったのだ。

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