勇者さんと僕 ~無病息災スキルでレベル1勇者と迷宮攻略がんばります~

介川介三

第1話「迷宮バブルと僕」

 田舎もド田舎の僕の村がここ最近にわかに騒がしくなった。




 村の裏山に迷宮ダンジョンが見つかったからなのだった。しかもそこには『破魔の聖剣』なる物があるらしく、それを求めて自称『勇者』の冒険者が大挙して訪れるようになった。




 村は迷宮バブル景気に沸きに沸いた。




 客もほとんどいなかった宿は連日満室で、泊まり損ねた冒険者が庭にテントを張るくらいだった。冒険者を当て込んで宿の主人が隣の畑を潰して建て増ししたくらいだ。




 鍋や箒、鋤に鍬など生活雑貨ばかり扱っていたよろず屋も大繁盛している。薬草や毒消しはおろか、埃をかぶって売れ残っていた剣や鎧まで飛ぶように売れたらしい。今では在庫欠品ばかりで棚がスカスカになっている。




 安いのはともかく、味も今一な食堂のおばちゃんも毎日忙しそうに走り回っている。最近は朝一から迷宮の入り口で冒険者相手に弁当を扱い始めた。これが意外に結構売れるらしい。




 ついには商売っ気の全く無かった古道具屋の店主まで人が変わってしまった。自ら迷宮に潜って貴重なアイテムを集めては売り払い、迷宮成金になってしまった。




 僕ら子供の中にも勇者相手にバイトを始めた奴までいる。とはいえ出来ることと言えば勇者パーティーの荷物持ちくらいだった。食糧や薬を背嚢に入れて迷宮に潜り、帰りは見つけたお宝を背負って帰る。ただそれだけだが、結構な駄賃稼ぎになる。






「だからさ、ワイト。お前も荷物持ちに付き合えよ」




 アランとスミスにそうやって誘われた。昔から僕を虐めて、仲間外れにするくせにこういう時は調子が良い奴らだ。何でも王都でも有名な勇者のパーティーで、一人でも多く人手が欲しいらしい。


だからって非力な僕まで無理に誘うことも無いだろうに。




「ふーん。君も荷物持ちになりたいのか」




 結局二人に押し切られて、無理矢理勇者の荷物持ちにさせられた。しかし一目見ていけ好かない連中だと思った。




 世に言う「弱きを助け、強きをくじく」とは最も縁遠い、自己中心的な性格をしてそうだった。いや、していたのだ。




 彼らは毎夜毎夜宿屋でどんちゃん騒ぎをしている一方で、荷物持ちに払う給金はとことん渋った。それだけならまだしも、人使いがとことん荒い。バイトを始めて二、三日だっただろうか、とにかくすぐ僕は嫌になった。




「ほら、何グズグズしてるんだ! 早く荷物をまとめてついて来い!」




 魔物モンスターを倒すと手に入る魔石。都会に出れば魔物討伐の証として換金できる代物である。しかし魔物を倒せば当然あちらこちらに散らばってしまう。それを一つ残らず僕らに手で拾わせるのだ。だが、ぼやぼやしているとすぐに怒号が飛んでくる。




 その上、僕を引っ張り込んだアランとスミスまでもが仕事をサボりだしたのだ。そしてその分を僕に押し付けて来るようになった。迷宮で拾った、重くてかさばるアイテムまで僕が背負う担当にさせられた。これで同じ給金というのは割に合わなかった。




 ついに僕は勇者と衝突した。というより、ちょっとイラついて不満そうな目を向けただけなのだが。




「……なんだ? ワイト、お前は俺に文句があるのか? ……あ、そう」




 その頃にはクビにするなら早くクビにしてくれ、と思うようになっていた。僕は『自称』勇者の言葉を黙って聞いていた。




「じゃあ、丁度良いや。そこの廊下、床が地雷原になっているらしくて、とてもじゃないが俺達は進めない。お前が歩いて安全なルートを探して来い」




 そう言い放つ自称勇者。他のメンバーまでニヤニヤ笑って様子を見ている。




 冗談じゃない、なんで荷物持ちの安い給金でそんな危険な仕事を請け負わなくちゃいけないんだ。




「あ、あの。勇者様、さすがにそれは……」




「なんだ? アラン、俺に何か言いたいのか?」




 アランとスミスはさすがにやりすぎだと思っているのか慌てている。だけど自分達に難が及ばないかが怖くて黙ってしまった。結局、あいつらも奴らと同類ってことだ。




 とは言え拒否権は無さそうだった。無駄に装飾が施された高そうな剣に手をかけている。脅しているつもりなのだろう。もう僕もへとへとに疲れていて、その時は何もかもどうでも良くなっていた。




 廊下はそこだけ幅が広くなっていて、人ひとり分サイズの四角い石の床板が綺麗にはめ込まれている。その床板のどれかを踏めばドン、ということなのだろう。




 ジグザグに行こうか、大回りして渡ろうか。そう考えていたが、面倒くさくなって、腹立ちまぎれに真っすぐ歩いて行くことにした。




 普段だったら足元がすくんでいただろうが、その時はイライラしていたためか恐怖感は無かった。


僕は一気に歩いて渡ってしまった。ついに最後までトラップは発動しなかった。




「これで良いでしょう?」




 投げやりに僕は言ってやった。全くこの廊下が地雷原なんて嘘をどこから仕入れて来たんだか。




「……罠は無い? よし、俺らも行くぞ」




 そう言って首を傾げ、顔を見合わせる自称勇者パーティーの四人。だが廊下に踏み込んだその瞬間、耳をつんざくような爆発音と閃光が走った。




 閃光で眩んだ目が落ち着いて来た僕の目の前には、大ダメージを負った自称勇者達一行が廊下に転がっていた。連中は脱出魔法で命からがら地上へ戻った。そしてその時、ついに僕は念願のクビを言い渡された。




「ふざけるな。なんで罠がお前の歩いた時は発動しなかったんだ! ワイト、お前みたいな役立たずはクビだ!」




 僕は散々怒鳴られたが、そんな事情など知ったこっちゃなかった。だがようやく、この理不尽でふざけた迷宮探索から解放されて清々したのだった。




 軽い足取りで家へ帰る途中、その日の給金をもらい損ねたことを思い出した。しかし連中の顔は二度と見るのも嫌だったので、そのままにしておいた。




 今思い返せば、どうして僕の時だけ地雷の罠が発動しなかったのか真剣に検討するべきだった。




 ともあれその時は、自称勇者達の変に気取った馬鹿面が煤で真っ黒けになっているのを見て腹を抱えて笑いたい気分であり、深くは考える余裕も無かった。




 これでもう僕はあの迷宮と関わることもないと思った。村の連中がどれだけ迷宮様様と拝んでいようと、僕の生活には一切入り込ませないつもりだった。




 だけどそうも行かなくなった。『あの人』と出会ったからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る