第9話 愛よりも青い海-最終話

 だけど、調子に乗ってたんだよな。ケンカで負けたことなんてなかったし、六年の時にゃあ、近所の中学生の不良なんて片っ端から叩きのめしてたりなんかしてたからな。それで、…町の高校生なんかとつるんで、バイク乗ったりしてたんだ。無免許で。チンピラ気取りだったな」

「ホント?想像できない」

「結構、高校生にも気に入られて、遊びに連れて行ってもらってたんだ。まぁ、ただ、いきがってただけだよ。悪い背伸びしてたんだ。バチが当たったんだ」

「でも、家を出るのは嫌だったのね」

「うん。バチなんて思えるようになったのは、だいぶしてからさ。ずっと、捨てられたと思ってたからな」

「いつから、いい子になったの?」

「一応、緑ヶ丘に入ってからは、ちゃんとしてたよ。お坊ちゃん学校だし、この学校追い出されたら、もう行く所なんてないぞ、なんて脅されてたし。でも…、結局は、違うな。直樹さんだな。あの人を見て思ったんだ。こんな、すごい人がいるんだ、って。こんな人が、同じ学校で、たった二年上にいるのかって、思った時、バカバカしくなった。今まで自分がやってたことが。なんか、自分が、ガキに思えたんだ」

「へぇ、そんなにすごかったの?」

「うん。なんて言うのかな。颯爽としていて、かっこよくて、…そう、輝いてた」

「じゃあ、野球部に入ればよかったのに」

「そうだな…、そうしてもよかったんだ」

「どうして新聞部に入ったの?」

「よく覚えてないな。確か、新田が、カメラ持ってて、それを貸してもらって、直樹さんの写真撮った時からかな。試合の時の写真。ただ、カメラ持って、覗いてたんだけど、あぁ、この人を撮りたいって思ったんだ」

「そんなにすごい人なのね」

「そう。写真部でもよかったんだけど、そんなのなかったしね。じゃあ、新聞部で、報道してやろう、なんて」

「それが、いつの間にか、変な写真ばっかり撮って」

「人聞きの悪い。まともな写真も撮ってるじゃない」

「売れる写真?」

「もちろん!」

「ふふ」

圭一は楽しげに、直樹の話を始めた。きっと近いうちにマスコミに取り上げられるはずで、その時には自分の撮った写真も使われるんだ、と公言する圭一に美雪は見とれていた。


 圭一がひと通り話し終わると、美雪はゆっくりと訊ねた。

「ね、じゃあ、どうして、急に帰ろうって思ったの?」

「え…」

圭一は少しおとなしくなって、窓の風景に視線を合わせた。

「それは…」

「それは?」

「……会わせたかったから」

「え?」

「美雪ちゃんを、みんなに会わせたかったから」

「…え?」

戸惑う美雪に視線を合わせて圭一ははっきりと言い放った。

「みんなに、見せびらかしたかったんだよ。俺は、ちゃんとやってる。こんなかわいい彼女もできた。なんてね」

「そんな……」

美雪は照れてしまい、圭一に背を向けて窓の方を向いた。顔が熱くなってるのが自分でもわかった。

「バカ……」

小さく呟いた。背後で圭一は一体どんな顔をしているのだろう。窓ガラスに映して見ようとしたが、まだ明るい外の光の前には、ガラスは何も映しはしなかった。今日は完全にはめられたな、と思いつつも、悪い気分ではなかった。

 列車は走り続ける、青い海に寄り添いながら。雲は、少し紅みを帯びつつあり、朝見た光景とは違っていて、穏やかな暖かみのある風景になっている。そんな景色もきれいだと、美雪は思った。

 と、列車は大きく揺れてカーブを描いた。崖の下の真っ青な海の深遠が美雪の目に鮮烈に飛び込んだ、次の瞬間、海は、緑の丘陵に隠された。

 列車は次第に紅く染まりつつある風景の中をタンタンと走り続けた。

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グリーンスクール - 愛よりも青い海 辻澤 あきら @AkiLaTsuJi

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