楽しく生きたいと私は思ったから

アールサートゥ

第1章

プロローグ

 私は神を信じない。


 いや、別に宗教家の人たちを敵に回したい訳ではないし、それぞれが信じる信仰を否定する訳でもない。

 間違ってもそれだけは言っておく。

 私だって正月には神社にお参りに行ったり、旅行ついでにおみくじを引いたり、時には寺社仏閣じしゃぶっかくで手を合わせることだってある。

 神様の存在自体を否定はしないし、むしろ世界には神がかった存在はいると思ってすらいる。

 世界には神様に愛されたとしか思えない人間もいる。

 生まれながらに恵まれている人間なんて数え切れない。

 けれども、それよりも遥かに恵まれない人間の方が、この世には多くいる——と、私は思っている。

 そんな区別も差別も存在する世界で、変わらないこととは何か。

 『結果には努力が必要なようなこと』だ。

 勿論、必要な努力は個人個人で異なるだろう。恵まれた人間は恵まれない人間よりも少ない努力で、より良い結果を出すなんてザラだ。

 頭の良い人間はテストの点数だって取れる。

 発想力豊かな人間ならば、斬新なアイディアを提案する。

 体格が良ければスポーツだって得意だろう。

 それでも、恵まれた人間でも努力をしていることは事実。

 言わば才能とはスタートからゴールまでの距離を縮めるための、ボーナスに過ぎないと言うことだ。

 結局のところ、自らの行動を持ってしか結果は出せない。それが私の根底にある考え“だった”。


 そう、『だった』だ。

 お察しの通り今は違う。『結果は自分で努力を持って引き寄せるものだ』という私の持論は、今や粉々に粉砕されている。

 理由はいくつかあるが、まず一番に言うとすれば、今私が置かれている状況が挙げられる。

 とはいえ、いきなり現状を説明しても何が何どうして持論を砕かれたのか、分からないだろうから。とりあえずはなる以前の自分を言葉にしていくことにしよう。


 前提として、私という人間は酷く冷めている。

 客観的事実として、私は幼少の時から早熟で大人しい子供だった。これは育て親や妹からもよく言われたものだし、周囲の人たちからも言われているため、まず間違い無いことだ。

 いつからかは忘れてしまったが、少なくとも物心ついた頃には私は周りから孤立していた。

 いじめられた訳ではない。

 ただ周りの子供は私を徹底的にいない者として扱った。

 そして私自身がそれを許容した。

 この二つの事項が合わさり、元気に跳ね回る子供を横目に、私は孤独を手に入れた。

 その頃の私に話しかけて来たのは、せいぜい育て親である児童養護施設の院長と、あとは私を姉と慕ってくれる妹ぐらいのものではなかろうか。

 別に自分以外の人間が嫌いだった訳ではない。話しかけられれば答えるぐらいのことはした。

 ただそう、合わなかったのだ、感性が。

 他の子供たちが喜ぶものを、私だけは喜べなかった。

 興味を抱く対象が周りと致命的に違っていた。

 まるでテレビの違うチャンネルを視聴するように、周囲から私は孤立した。

 それを寂しいとは思わなかったし、不満に思うこともまたなかった。

 私という人間がそれを変えようと行動しなかった。だから孤立し続けた。

 自業自得。

 当然のことだ。

 …………こういう反応も、冷めていると言われる原因だろうか?

 いや、今は関係ないか。

 とりあえず、私はそんな生活を続けて生きてきた。

 小学校も行かせてもらったが、友達など望むべくもなく。休憩時間は大体図書室で過ごし、そうでない時間も一人で本を読んでいた。

 他人と過ごすことの少ない私が時間を潰すための手段。

 積み重なる暇を避けるための手段、それが読書だった。

 おかげで使い所のない知識だけは、有り余るほど覚えた。

 やる事といえば、勉強か読書。

 協調性のない日常は中学校でも続き、成績だけは良いが素行に問題のある生徒として、私は一定の地位を確立した。

 そんな私だから院長や妹には心配かけたし、悩みの種だったらしい。

 何度も人との関わりの大切さを説かれた。

 耳にタコができるほど聞かされたおかげで、なんとか最低限の礼儀は身につけられた。これについては感謝しかない。

 人との関わりこそ壊滅的だったが、人並みには恵まれていたと言えるし、これまでの日常に異存などない。

 他人に興味を抱かない代わりに、他人からも興味を抱かれない。

 面倒な関係を築かない代わりに、誰からも邪魔されない。

 人間関係を広げない代わりに、自分だけの時間を増やす。

 因果応報、身から出たサビ。

 酷く薄っぺらで透明でありきたりな生き方。

 それが私の15年の人生だった。

 これまでと変わらない、山も無く谷も無い生活を送っていくのだと、そう思っていた。

 

「……だったんですけど……」


 ああ、そろそろ今私が置かれている状況を説明しなければいけないか。

 正直言って、気分の良いものでもないが、状況説明はしっかりとしなければいけないと院長にも言われているし。


  ————暗い。


 当然だ。目隠しをされているのだから。


 ————冷たい。


 コンクリートと鉄でできたここは、酷く肌寒い。


 ————淀み。


 密閉された空間は、静かで重い。


 ——————痛い。


 これだけは如何いかんともし難い。


「せめてこれだけでも外してくれませんかね…………」


 腕を動かそうとしてみるが、その度に酷い鈍痛が走り、口からは苦悶の息が漏れる。

 肝心の腕は、引けども押せども一向に動かない。

 最も痛むのは手首部分だ。

 目は見えていないが、おそらくは手首に杭のようなものが打ち込まれているのだろう。


「はぁ……監禁に傷害とか、人としてどうなんでしょう」


 こんな目に合わせた連中の人間性など当てにはしていないが、とりあえず口にしてみる。

 腕がダメならば足はと言うと、動かすごとにジャラジャラと音が鳴り、こちらもまともに動かせない。

 鎖で拘束されているであろう足を投げ出したまま、退屈紛らわすために、しばらく鎖を鳴らしてみる。

 空虚な空間にジャラジャラと金属の擦れる音が響く。


「………………」


 そう私は今、監禁されている真っ最中だ。

 特になんてない毎日を送っていた私は、突如として誘拐なんてモノに遭って、何処かも分からない場所に一人監禁されている。しかも手首に杭を突き立てられるおまけ付き。

 はっきり言って、最悪だ。

 多少無愛想ではあったかもしれないが、人様に迷惑をかけるような人生ではなかったはずなのだが…………。

 

 さらに悪い情報もある。

 ……何と言って伝えればいいものか。

 端的に言えば——————


 ————私は人間ではなかったらしい。


 何言ってんだコイツ、と思っているだろうが、とりあえず聞いて欲しい。

 ここに連れてこられて最初にされた事、それが事だ。

 何で殺されたのかは、なんとなく当たりをつけている。

 おそらくは拳銃の類で頭を撃たれたのだろう。

 パンッ!という思いの外軽い音と、瞬間に頭部に走った一瞬の衝撃から鑑みて、おそらくは間違いない。

 なぜ分かるのかって?

 流石に慣れるということだ。

 ここに来てもう三十回は殺されている。

 全く、私が何をしたというのか。

 ここまでくれば、私がなぜ持論を粉砕されたか、わかってくるのではないだろうか。

 この世の理不尽を現在進行形で体感しているからだ。

 そして神様がいるのならば、きっとその神様は優しくて平等なんかじゃない。

 神様を信じて何か行動しても、見返りがあるとは限らない。

 気まぐれで残酷な神様だから私はこんなことになっているんだろう。


(ここに来てどれくらいだったっけ…………)


 もう随分と経っている気がする。

 殺された後に意識が戻るまでにはかなりの時間がかかるようで、手首の杭も眠っている時に打ち込まれたものだ。

 起きている時に打ち込まれていたら、正気を保てていたかも怪しい。

 コレは一回目の後にされたものなので、起きた時にはかなり痛んで涙が浮かんだものだ。

 今は感覚が麻痺して、動かさなければそう痛むこともない。

 この意識が覚醒するまでのタイムラグのせいで、私は時間すらまともに把握できていない状態だ。


(そろそろ次に殺しに来る頃かな……)


 とは言え、何回も殺されていればなんとなくルーチンは掴めてくる。

 起きてから約1時間。それが私が殺されるまでの、大体の時間だ。

 その間は飲食もせず、ただ放って置かれるだけ。

 点滴をされている訳ではないようなので、私はどうやって生命活動を持続しているのか不明だ。

 新陳代謝が止まっているのかどうなのか、寒いと感じると言うことは体温はあるはずだが。

 空腹というものも無い。

 死からの蘇生。

 不可思議な生態活動。

 ここまでくれば本格的に人外をしている。


「………………」


 眠ってしまおうと考えるのを止める。

 昔から眠ろうとすればすぐ眠れるたちだった。

 眠ってしまえば痛みも感じないし、恐怖も感じなくて済む。

 それは遅かった。


 ギギィィ………


 人間が入ってくる音がする。

 しばらく、私を殺しに来たらしい。

 

「……来ましたか。次はどうやって殺しますか?」


 誘拐犯たちは私の言葉を無視する。

 ここに来てから、言葉を返されたことは一度もない。

 ただ淡々と私を殺す準備を整え、そして実行する。

 今回もそうだと思っていた私は、期待せずに自分の殺し方なんてものを聞いてみる。


「殺されたいのか?」


 驚いたことに相手は言葉を返してきた。

 若い女性の声だ。

 これまでなかったことに少し戸惑うが、せっかくなので少し会話をしようと返事をする。

 どうせ殺されるなら、理由ぐらいは知りたい。


「いいえ、生憎あいにく殺されたいと思ったことはありません」

「そうだろうな、でも死んでいいとは思っている。生き返ることは関係なくな。違うか? 」

「…………」


 思わず言葉に詰まる。

 死んでいいと思っている? 私が?


「お前本当は死にたいんじゃないか?」

「何を根拠に…………」

「根拠なんてないよ。ただの妄想だ」


 彼女が近づいてきたのだろう。僅かな息遣いが耳に届く。


「お前が死にたいというのなら私が殺してやる。だが、もし生きたいというのなら…………ここから出してやってもいい」


 突然の提案。

 どこか暗いものを帯びた声が耳に入る。

 まるで悪魔との契約のようだと思った。


「ま、ここから出てもあたしが引き取ることになるけどね。これまでの生き方を変えることになるだろうよ」

「私は………………」

「しっかりと考えてから返事するんだな」

 

 彼女の言葉を頭の中で反芻はんすうする。

 死にたいうんぬんは今考えることではない。

 生き方を変えることになる? どうしてだろう。

 いや、分かっている。今の自分は人間とは程遠いものだからだ。それは十分身に染みている。

 今までの人生を振り返ってみる。

 酷く薄っぺらで透明でありきたりな生き方。

 他人に興味を抱かない代わりに、他人からも興味を抱かれない。

 面倒な関係を築かない代わりに、誰からも邪魔されない。

 人間関係を広げない代わりに、自分だけの時間を増やす。

 そんな生き方はとても——————


「————つまらない人生でしたね」

「何?」


 そうだ、つまらなかった。言葉にして漸くわかった。

 私はそういう生き方をしながらも、心のどこかで変化を望んでいたのかもしれない。


「ふふふっ」

「どうしたんだ?」

「いえ、何も」


 笑いが込み上げてくる。

 こんな時になってようやく気付いた自分が酷く可笑おかしく感じる。


「一つ聞いてもいいですか」

「なんだ」


 笑いを飲み込んでから、私は彼女に聞いた。


「ここから出たら、楽しいことはありますか?」

「それは……お前次第だ」


 そうだ、私次第だ。

 面白く生きようとしなければ、面白く生きられない。

 だったら次は神様に祈ったりなんてしない。私が自分で面白おかしく生きるんだ。




 そして私は——

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