第4話 依頼開始

「どう思う?」


 南の廃砦へ向かっている途中、リュカはジークにそう問うた。


 彼女が問いたいのは今回の依頼についてだろう。早急に解決してくれ、と言った今回の依頼は正直言えば怪しさ満点である。


 依頼主も怪しいが内容にも疑問は多い。


 特に彼女が怪しいと感じる理由は内容についてだろう。貴族令嬢が恋人、もしくは婚約者として選ぶ相手は貴族家の者がほとんどだ。


 稀に物語にあるような庶民との格差婚もあるものの、そんなものは数年に1度あるか無いかの確率である。囚われている相手も貴族家の者と考えるのが妥当だろう。


 となれば、疑問の焦点となるのが「どうして貴族の男が傭兵に捕まっているのか?」という事だ。


 この国で暮らす傭兵達は基本的に貴族へ歯向かわないし、直接手出しはしない。


 よくあるケースとしては、依頼してきた貴族が請け負った傭兵に対して報酬を払わない事がある。報酬未払いで済まそうとする場合、傭兵達はゲスマン侯爵直属の「取り立て組織」に報酬の取り立てを依頼する。


 貴族に刃を向ければ苛烈な反撃が待っているし、貴族の問題は貴族に解決してもらうのが一番だからだ。取り立てた報酬の半分以上をゲスマン侯爵に払わねばならないが、タダ働きよりはマシといったところ。


 直接言ったところでロクな目に遭わない。貴族に対して直訴した傭兵達の末路を知っていれば愚かな行為をしようとは思わないだろう。


 貴族の男を捕えているという真紅の刃だって同じだ。野盗のような集団であるが傭兵のルールは知っているし、貴族を敵に回せば恐ろしい存在だというのは承知しているはず。


 ならば、どうして貴族の男を捕えたのか。どんな理由があってそのような蛮行に及んだのか。


「依頼主の話が全て真実とは限らない」


 問われたジークも承知の上。そう言わんばかりに彼は返答した。


 じゃあ、どうして依頼を受けたのか。


「だが、報酬額は魅力的だ」


「だよなぁ」


 二人にとって依頼主の事情や理由などどうでも良い。極論言えば金を貰えれば後は知ったこっちゃないといったところだろう。


 真紅の刃と戦闘になろうが構わない。依頼を完遂し、金が手に入れば良し。周囲に文句を言われる筋合いもなければ、周りがとやかく言う権利もない。それが傭兵の世界だ。


 特に二人は報酬が良ければほぼ何でも依頼を受ける。二人が決めたルールに反していなければ殺しもするし、奪いもするのが二人のスタンスだ。


「真紅の刃はどうする?」


 リュカは一応同業者である真紅の刃についてジークに意見を求めた。


「返答次第だな。素直に応じるとは思わんが」


 ジークの言う通りだ。本当に貴族の男を捕えているならばよっぽどの理由があるのだろう。


 そこに横から「返せ」と言って素直に応じるはずもない。真紅の刃が危ない橋を渡っているならば猶更だ。


「戦闘になったらいつも通りだ」


「あいよ」


 ジークがマチェットの柄を触りながら言うと、彼女はニヤリと笑いながら返す。


 二人が移動を開始して3時間後、遂に視界内に廃砦の姿を捉えた。二人は真正面から近づいて行き、廃砦の正門まで残り300メートルといった位置で停止する。   


 リュカがショートパンツのポケットに捻じ込んでいた白のハンカチをジークに手渡し、渡されたジークはハンカチを掲げて振り始めた。


「真紅の刃! いるか!?」


 ハンカチを掲げた理由は「休戦」もしくは「対話希望」の意味が込められているからだ。相手がまともであれば攻撃はされない。


 廃砦を拠点とする真紅の刃はまだまともだったようだ。砦の奥にある二階建ての建物の窓が開くと、中から無精ヒゲを生やした男が顔を出して二人を見た。


「何か用か!」


 相手も対話する気はあるらしい。無精ヒゲの男がジークに反応を返した。


「依頼人からこの砦で捕まっている男を連れ戻してくれと頼まれた! どうだ!?」


 ジークが告げると、無精ヒゲの男はしばし黙り込む。その後、窓の中に顔を引っ込めてから数分後、再び窓から顔を出した。


「断る! こちらも仕事だ!」


 どうやら男を解放する気は無いらしい。


「そうか。恨むなよ」


「ヘッ。そっちこそな!」


 ジークはハンカチを投げ捨て、無精ヒゲの男はニヤリと笑った後に顔を引っ込める。


 お互いに譲れないとなれば、力で押し通すのが傭兵のやり方だ。


 ジークは腰の鞘からマチェットを抜き、隣にいるリュカに顔を向けた。


「矢が来るぞ。後ろに隠れろ。接近したらいつものアレだ」


「分かっているって」


 リュカがジークの背後に隠れると、彼が言った通りの状況になった。砦の窓や屋上に真紅の刃の構成員達が弓矢を持って姿を現わしたのだ。


 ざっと見て20人はいるだろう。対するジーク達は2人だけ。


「放てッ!」

 

 ジークとリュカ目掛けて大量の矢が降り注ぐ。だが、ジークは怯むことなく砦に向かって走り始めた。


 降り注ぐ頭上の矢をマチェットで払いながら一直線に走る。彼の背後に隠れながら走るリュカも遅れないよう全力疾走し続けた。


「砦の中に侵入されんなよ!」


 窓から数人の男達が下に飛び降りて、砦の正門前でジーク達を待ち受ける。彼等の手にはこん棒やショートソードが握られており、近接担当の者達らしい。


「リュカッ!」


「おう!」


 もう間もなく近接武器を持った者達の間合いに入るジークはマチェットを持った腕を横に伸ばした。背後にぴったりと付くリュカは、ベルトのポーチから革袋を取り出すと中に手を突っ込む。


 リュカはマチェットの刀身にキラキラと紫色の光る粉を叩きつけるように振りかけ、小さな声でブツブツと一言二言口にする。


 瞬間、マチェットの刀身が紫色の光を発した。


「エンチャント完了! やっちまえ!」


 リュカがそう叫びながらジークの背中を叩き、ジークは正門を守る構成員達に向かってマチェットを振る。


「ヒャッハ――あ?」


 相手はジークを迎え撃とうとこん棒を振り下ろすが、紫色の光を発するマチェットの刀身はこん棒と接触するのではなくバターのように切り裂いた。


 切断時の感触は相手も感じられなかったろう。まるで刀身がこん棒をすり抜けるような感覚を覚えたに違いない。それほどまでに切れ味が上がっていた理由は、やはり紫色の光に違いない。


 ジークがこん棒を切断した瞬間、こん棒を持っていた男の体にバチバチと雷が走る。男は悲鳴を上げる暇もなく、体に雷が落ちたかの如く一瞬で体は黒焦げになってしまった。


「テメェ! 魔法なんて卑怯な! 男なら肉体で勝負せんかい!」


 もう片方の男は仲間が黒焦げになったのを見ても大して気にはしていなかった。上半身裸の男はムキムキの筋肉を見せつけながら剣を振り上げるが――


「お前も剣を使っているだろうが」


 一刀した姿勢から振り上げるようにマチェットを再び振るジーク。紫色に光る刀身が再び男の剣を切り裂いた。


「この剣は俺と一心同体でええええええ!!??」


 剣を切断され、剣から伸びた雷がムキムキな体に走る。全身に雷を浴びたムキムキ男はロクでもない言い訳を口走りながら黒焦げになった。


「リュカ、やれ!」


 正門を守る者がいなくなると、ジークとリュカはポジションを入れ替える。リュカが正門を前に、ジークは彼女を守るように背後についた。


 リュカは革袋の中に再び手を突っ込むと、中に入っていた紫色の粉を握る。それを空中に振り撒くと頭からかぶった。綺麗な金髪の中に紫色の粉が混じり、彼女が両手を鳴らしながら合わせて集中すると髪に付着した紫色の粉が光始める。


 全身に浴びた紫色の粉はより強く光り輝くと粒子に変わってリュカの体に吸い込まれていき、彼女の合わせた両手の前には魔法陣が浮かんだ。


「サンダーランスッ!」


 エルフ特有の魔法技術、詠唱と呼ばれるものを短縮しながら魔法を発動させる彼女の技。発現させたい魔法の名を口にすると未完成だった魔法陣が完成する。


 魔法陣を浮かべたまま、合わせた両手をゆっくりと離す。すると、両手の間にバチバチと音を鳴らす雷が生まれた。魔法陣と雷が融合すると雷で形作られた槍に姿を変え、リュカは正門に向かって雷の槍を投げた。


 正門に着弾した雷の槍は内側に向かって大爆発を起こす。爆風でリュカの長いポニーテールが揺れ、3メートルもの高さがあった正門の中心に大きな穴が出来上がった。


「ったく。砦丸ごとぶっ壊せねえのは面倒臭いな」


 大穴を跨ぎながら中へと進入するリュカの口から、そんなボヤキが吐き出された。木造でありながらも分厚い門を壊したリュカはまだ全力を出していないらしい。


 門を突破し、内側にあった中庭に足を踏み入れる二人。最奥にある建物から残りの構成員達が続々と姿を現わす。ただ、先ほどの無精ヒゲを生やした男は相変わらず窓から顔を出すだけだった。


 しかし、無精ヒゲの男は破壊された門を見るなり「あああああ!?」と叫び声を上げた。


「テメェ! よ、よくも門をぶっ壊しやがったな! 修繕のに2ヵ月以上掛かったんだぞ!?」


 口からはこれまでどうやって門を直して来たのかを叫び続けた。曰く、周囲に生えている木を切り倒し、木材を成型して門を修復し、穴だらけの外壁も何十人もが汗を流しながら少しずつこの廃砦を修復してきたらしい。


「お前らにこの苦労が分かるかァ!?」


 目に小さな涙の粒を浮かべながら叫ぶ無精ヒゲの男。汗水流してやっと修復した自分達の住処。それを壊されたらたまったもんじゃない。


 なんとも哀れだ。なんて悲しい現実だ。嘆きと悲しみを一身に受けたリュカは同情……するわけがなかった。


「うるせえ、死ね」


 再び雷の槍を発現させたリュカは奥に設置されていた木製のカカシに向かってぶっ放す。カカシは木っ端微塵になり、周囲に置いてあった武器棚やベンチまでもを巻き込んだ。


「あああああッ!! 俺の作品達がああああッ!! も、もう許さねえ! 野郎共、やっちまえ!」


 無精ヒゲの男が号令を出すと男達は一斉にジークとリュカへ向かって来た。


 ある者は剣を、ある者は槍を、ある者はこん棒を。とにかく人を殺せる武器を持ち、集団で囲んで一気に仕留めようという魂胆のようだ。


「芸がねえな」


「まったくだ」


 呟いたリュカの横を同意しながら駆けて行くジーク。すれ違い様にマチェットには先ほどの「エンチャント」が一瞬で施された。


 真っ直ぐに集団へ駆けていくジーク。長いコートが風に舞い、先頭にいた者と接敵すると紫色に光るマチェットを上から斜めに振った。


 鉄の剣を切断し、そのまま相手の肩口から脇腹まで一刀。大量の血と体の中身をぶちまけながら斬られた相手は地面に沈む。


 振り下ろした腕を水平に直し、そのまま体を時計回りに半回転。横でジークに向かってこん棒を振り上げていた男の腹を両断。彼の体に大量の返り血が降りかかった。


 胴を切断した者の背後にいた別の男が横薙ぎに一撃してくるが、これをその場で姿勢を低くする事で避けた。ジークの頭上を大剣の刀身が過ぎ去って行き、完全に避けたところで男の足を払う。


「あだッ! ぐえッ!?」


 足を払われた男は後頭部を地面にぶつけ、悲鳴を上げるが次の瞬間には断末魔を上げる事となる。ジークが倒れた男の心臓にマチェットを刺したからだ。


 一瞬で三人殺したジークを見て、真紅の刃に属する男達は恐怖を覚えた。ジリジリと下がり、距離を取るが……。


「ギャン――!?」


 距離を取った男達のうち、1人が脇腹に雷の槍を食らった。1人を貫いた槍はもう1人を貫き、見事な脇腹二枚抜きをして霧散する。当然ながら脇腹を貫かれた男達は黒焦げになって死亡した。


「ケケケ。ジークにばっかり見惚れてんじゃねえよぉ」


 ジークが前衛。リュカが後衛。これが基本的なスタンスだ。


 前衛として暴れ回るジークは疎かにできない。かといって、彼から距離を取りながら足を止めたら悪魔のようなエルフが魔法で狙い撃ち。


 並みの傭兵では手も足も出ない。


「だったら、お前からヤっちまえば良いんだろォ!」


 激怒した1人がジークを放置してリュカへと駆け出した。ただ、ジークは駆け出した男を止めようとはしない。


 迫って来る男に対し、リュカも腰に手を当てたままニヤケているだけ。


「このクソエルフがァ! 捕まえてあんな事やこんなことあばばばばば!?」


 リュカと男の距離が残り数メートルになると、男の体には突然電流が流れた。勿論、リュカは一切動いていない。しかしよく見れば、リュカの周囲にはバチバチと静電気のような音が鳴る半透明の膜が張られていた。


「ヒャヒャヒャッ! この私に触れようなんざ百年はええよ!」


 リュカは電流を浴びて地面に倒れた男に近付くと、彼の股間を思いっきり踏みつけた。何度も何度も踏みつけて、終いには男の股間に電撃を浴びせて殺してしまう。


「ひ、ひでえ……」


「ありゃあねえよ」


「悪魔みてえな女だ」


 男達は股間を抑えながら震えあがった。あんな死に方はしたくない。ジークに斬られて死ぬ方がまだマシだ、と。


「ちくしょう! 止めだ! 止めッ!」


 悪魔のようなエルフを見て戦意喪失してしまった仲間を見兼ねたのか、無精ヒゲの男は窓から叫ぶ。


「お前達を相手したんじゃ割に合わねえ! 全員撤収するぞ!」


 真紅の刃は砦から逃げると決めたようだ。どうやら捕まえていた貴族の男は諦めるらしい。


「お前達の探し物は2階にいる! もう好きにしろ! ばーか! ばーか!」


 子供のような捨てセリフを吐いて、無精ヒゲの男は窓に顔を引っ込めた。庭にいた男達も股間を押さえたまま逃げ出して、砦にはジークとリュカだけが残されてしまった。


「タマ無し集団かよ」


「楽でいいじゃないか」


 チッ、と舌打ちするリュカに対し、ジークはマチェットに付着した血を払いながら返した。


 二人は無精ヒゲの男が言っていた通り、建物の2階へ向かった。奥にある部屋以外は扉が開いていて、どうにも分かり易い。


 ジークが奥の扉を開けようとするも扉には鍵が掛かっていて開かなかった。彼が無理矢理壊そうと拳を振り上げた瞬間――


『お、俺はここから出ないぞ! 帰れ! 全員帰ってくれ!!』


 中から若い男の叫び声が聞こえてきた。振り上げた拳を下ろしたジークは、中にいる男性に声を掛ける。


「俺達は貴方を救出に来た」


『き、救出!? ふざけるな! 俺はそんな事望んでない! 俺は彼等に匿ってもらっていたんだ!! ここから絶対出ないからな!!』


 若い男性の返答を聞き、ジークとリュカは顔を見合せた。


 なんと彼は真紅の刃に捕まったのではなく、自ら匿ってもらうよう依頼していたようだ。彼の言い分が真実であるとすれば、二人に依頼した令嬢は一体何者なのか。


 どうすれば、と二人が一瞬悩んだ時――背後からコツコツと靴音が聞こえてきた。振り返ると、そこには二人の依頼主であるローブを着た貴族令嬢がこちらに向かって来るではないか。


 振り返った二人の前に到達した貴族令嬢はフードを下ろしてニコリと笑う。


「お二人とも、見事な手際でしたわ。私の運命の人を救って頂き感謝致します」


 そう言った貴族令嬢は二人の間をすり抜けて扉に近付き、コンコンとノックして――


「お迎えに参りましたわ。さぁ、私と帰りましょう」


『ひ、ひぃぃぃぃッ!!』

 

 貴族令嬢の声を聞いた瞬間、中にいる男は心から恐怖するような悲鳴を上げる。


「開けて下さいまし。どうか、開けて下さいまし」


『ふ、ふざけるな! 誰が開けるかッ! 何度も何度も求婚してきて、何度断っても……ストーカー女めッ!』


 部屋の中にいる男から貴族令嬢の正体が叫ばれた。だが、これで終わらない。


『俺の婚約者まで、こ、殺して! 彼女の首を俺に見せつけてきた女と結婚できるわけがないだろうがッ!!』


 男の叫びを聞いたジークとリュカは再び顔を見合せた。リュカは無言で「ワァオ!」と口を動かし、ジークは兜を抑えながら首を振った。


「当然ですわ! あの女は貴方様に色目を使ったビッチですもの! 私が成敗して差し上げましたのよ! 貴方が幸せになるのは私と一緒にならなければならないの! そういう運命ですのよ! 貴方は私が必ず幸せにして差し上げますわ!!」


 貴族令嬢は叫びながら鍵の掛かった扉をガッチャンガッチャンと揺さぶり続ける。ただ、非力な彼女の力では開けられないと悟ったのか背後に控えていたジークに顔を向けた。


「この扉を開けて下さいまし」


 彼女がそう言うと、中からは『開けるなァァァ!!』と悲鳴のような声が上がった。


『あんたらはこの女に雇われた傭兵なんだろう!? 金を払う! 依頼料の倍額を払う! だから俺を助けてくれッ!』


 倍額、という単語にジークの体がピクリと反応した。貴族令嬢が提示した依頼料は5000万。その倍となればとんでもない額だ。


「依頼料は5000万だぞ? その倍額……払えるのか?」


『えっ……』


 金額を聞き、男が中で戸惑ったのが感じ取れた。恐らく、この男は倍額どころか元々の依頼料である5000万すらも払えないだろう。 


「払えませんわ。彼の家が保有していた財産は私が没収しましたもの」


 彼の両親と兄弟を殺してね。そう言った貴族令嬢は口元に三日月を浮かべながら邪悪に笑った。


「だ、そうだ。諦めてくれ」


『いやだああああッ!! 助けてくれええええッ!!』


 男の悲鳴が上がるものの、ジークは鍵の掛かった扉を無理矢理開けた。開け放たれた扉の向こう側には恐怖で顔を歪ませる美青年が一人。恐怖で表情がぐちゃぐちゃだが、確かに女ウケする顔をしているな、とジークすらも納得してしまうほどのイケメンだ。


 酒場で聞いた通り、頬にはナイフで斬られたような傷跡があった。それもまだ新しい。この男の言い分が正しいのであれば、依頼主であるサイコ女が『教育』として斬りつけたのかもしれない。


「やぁっと会えましたわねぇ~?」


「ひ、ヒィィッ!! いやだ! いやだ! いやだあああああッ!!」


 室内へ歩を進める貴族令嬢を見て、イケメンは後退りするが途中で完全に腰を抜かしてしまう。それどころか、床に水たまりを作ってしまった。


 男に近付いた貴族令嬢はしゃがみ込み、彼の頬にあった傷跡をべろりと舌で舐めた。彼女はジークとリュカに振り向き――


「私はここで彼と愛を育んでから帰りますわ。報酬は必ず振り込むのでご安心を」


「い、いやだぁぁ! 助けて、タスケテェ……!」


 ニコニコと笑う貴族令嬢。絶望的な表情で助けを求めるイケメン。ジークとリュカは顔を見合せると、貴族令嬢に向かって小さく頭を下げた。


「……お幸せに」


「……祝福があらんことを」


 二人揃って幸せを願う言葉を口にすると助けを求めるイケメンに背を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る