第3話 怪しい女

 ノーティアスの片腕を奪った後、二人は予定通り食事を始めた。


 リュカはパスタを頼み、ジークは魔獣肉のステーキを注文する。


 生身のエルフであるリュカの食事風景に問題はないが、初めて見る者が絶対に目を奪われるのがジークの食事風景だろう。


 ジークは体の一部を機械になった『マキナ』であるが、食事ができないわけじゃない。ただ、被った兜は絶対に外では脱がないのだ。


 口元の部分にあるパーツを外して口だけ露出させ、切り分けた肉をパクパクと頬張る。リュカも「兜を外せばいいのに」とは絶対に言わない。


 二人が食事を始めてから数十分後、見慣れぬ人物が店に来店した。


 来店した人物は頭まで覆われたローブを被っており、人相が分からない。ただ、シルエットからは女性であると分かる。


 謎の女性はカウンターの中にいたダンジーと一言二言話すと、ダンジーはジークとリュカのいるテーブルを指差す。フード付きのローブを着た女性は傭兵達の視線を浴びながら一直線に二人の元へとやって来た。


「………」


「………」


 食事中のリュカとジークは無言で女性の顔を見た。近くに来たおかげでフードの中にあった顔が見えたからだ。


 ローブで身を隠す女性は若く美しい人間だった。顔にはほんのりと化粧を施しているようで、唇にも薄い桜色の口紅が塗られている。


 彼女の顔を見て、ジークはフォークに刺さっていた肉を口元に運ぶ途中の動作でピタリと止まる。リュカもフォークに巻き付けたパスタを頬張る寸前で手を止めた。


 二人は必死に脳を回転させているのだろう。


 この女は何者だ? と。


 この街にいる傭兵に仕事の依頼をするのは大体が国内貴族だ。それも後ろめたい事をしてほしい時に依頼する。


 そして、その依頼は傭兵組合と呼ばれる組織を通して依頼されるのがほとんどだ。直接依頼をしようと足を運ぶ貴族は少ない。先の強盗の件に関してもレアケースと言えるだろう。


 故に迷う。二人はこの女性が『貴族か否か』という問題に。そして、貴族に対する態度を取るか否かという問題に。


「ごきげんよう。お食事中に失礼しますわ。お二人がジークとリュカかしら?」


「そうだが……。貴方は?」


 問われれば答えるしか道はない。チラリとリュカを見たジークは、未だ脳内で貴族か否か問題について悩んでいたのだろう。迷った末に中間的な態度を取った。


「ごめんなさい。私の身分は明かせませんの。ただ……実家は王都にあるとだけ言っておきますわ」


 二人は彼女の言葉を聞いて「なるほど」と頷き合った。


 身分は明かせない。実家は王都にある。この二つだけで十分だ。彼女はどうやら、貴族のご令嬢らしいと二人は推測した。


「失礼しました。しかし、このような場でよろしいのですか?」


 フォークを更に置いて、まだ料理の残る皿をテーブルの端に移動させたジークはナプキンで口元を拭ってから着脱式の口部分を再び覆う。


「ええ。あまり目立ちたくなくて」


 そう言う貴族令嬢であるが、どう見ても酒場の中で一番目立っている。彼女が目立ちたくない場所というのは高級街の事だろうか。


 ただ、依頼主の事情に対して深く聞かないのがジークとリュカのやり方だ。首を突っ込んでもロクな事にならない。これは長年この街で傭兵稼業を続けてきた事で得た教訓である。


「私、お二人に依頼したい事がございますの」


 早速とばかりに令嬢は本題に入った。


「私の婚約者が悪い人に掴まってしまいまして。彼を助けてほしいのですわ」


 令嬢の依頼は人質救出らしい。ここで実家の力や貴族の力を使わないのか? などと問うてはいけない。


 貴族という生き物は厄介だ。特にこの国の貴族はとびきり厄介である。例えまだ当主ではない令嬢、世間知らずのような雰囲気を醸し出す者であっても絶対に油断してはいけない。


「人質救出ですか。相手の詳細をお聞きしても?」


「ええ。私の大事な人を誘拐監禁しているのは真紅の刃と呼ばれる組織ですわ」

 

 二人はその組織の名に聞き覚えがあった。


 真紅の刃とはこの街から南にある小さな廃砦を拠点とする組織だ。元は傭兵の集まりだったが、今では隣接する国の村を襲う野盗集団といったところだろうか。


 野盗といっても他国からしてみればタチが悪い。殺し、誘拐、密輸……犯罪とされる行為を躊躇い無く行う血も涙もない組織であった。


「なるほど。囚われた方の特徴は?」


「綺麗な金髪で品が良い顔立ち。やせ型で身長は――」


 彼女が告げる特徴からして囚われているのは男性のようだ。外見的特徴を聞く限り、どこにでもいそうな男性のように思えたが……。


「頬に傷跡がありますわ」


 目立つ傷跡があるので顔を見れば一目で分かる、と彼女は断言した。


「承知しました」


 ジークがそう返すと、令嬢は「あら、そうだわ!」と少し焦るようなリアクションを取った。


「早急にお願いしたいの。ですので、報酬は弾みますわ。5000万、手渡しでどうでしょう?」


 どうでしょう? と言う彼女の報酬額は破格も破格だった。


 先の強盗で得た報酬のトータル額はボーナス込みで2000万ほど。これでもかなり高額な依頼料だ。だというのに、倍額以上を彼女は提示してきた。


 果たしてこの金額は正当なのか。それとも世間を知らぬお嬢様が妥当と考えた金額なのか。加えて傭兵組合を通さず、報酬を手渡しするという点も気になるところだ。


 ただ、金額を聞いたジークはリュカに視線を向けた。彼の視線には「どうする?」との問いが含まれていて、それを受け取ったリュカは一瞬だけ考えるような表情を浮かべる。


 傭兵が依頼を受けるかどうかは任意だ。ただ、拒否して後でどうなるかは組合も保証してくれない。拒否されたが故に激昂した貴族に首を刎ねられそうになっても、誰も助けてはくれないのがこの傭兵という世界である。


 考えた末に、リュカは静かに頷いた。受けるという意味だ。


「依頼を受けましょう」


「まぁ。ありがとうございますわ。早速お願いしますわね」


 そう言いながらフードで顔を隠す令嬢の口元に笑みが浮かんだ。席を立つと去り際にローブの中から一枚の紙を取り出してテーブルに置く。


「私はここに宿泊しておりますわ。出来る限り、早くお願いしますわね」


 急ぎの依頼である事を何度も強調する彼女が宿泊しているのは街の西にある宿だった。高級街にある高級宿には宿泊していないらしい。


「ご期待に応えられるよう、全力を尽くします」


 宿泊先を見たジークがそう返すと、彼女は小さな声で「優秀な人」と呟きながら去って行った。


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