第2話 ローデッド王国ゲスマン侯爵領
銀行強盗を行った男女は該当領地を出ると南に向かった。
向かった先は無法国家と名高い『ローデッド王国』という国にあるゲスマン侯爵領。ゲスマン侯爵が治める街であるが、ローデット王国内にある領地で最も「アウトローが多い」とされる街であった。
軍事国家であるローデッド王国は「力こそが全て」という思想が根底にある。王国のトップである女王も兄弟姉妹達を蹴落とした末に女王の座に就いた。
国がそういった思想を持っているからこそ、国には悪人が多く引き寄せられる。特に数十年前まで他国との最前線であったゲスマン侯爵領には多くの傭兵達が住み着いた。
傭兵といっても様々だが、先に説明した通り「悪人」と称される傭兵達が多い。彼等はゲスマン侯爵領に残り、独自のコミュニティや組織を形成して今に至る。
勿論、侯爵領の治安は悪化した。殺人、盗み……思いつく限りの悪事が巻き起こる領地であるが、ゲスマン侯爵本人は傭兵達を追い出そうとはしない。
むしろ、好きにしろと野放しだ。戦争で減った領地人口を埋める目論見もあるのだろうが、傭兵達が使えると判断したからだろう。
その理由の1つとして彼等は「悪」であるからだ。大体の悪人は金を見せれば何でもする。そういった人種が多い。
故にゲスマン侯爵は悪徳傭兵達を領地の売りとして国内貴族達に宣伝したのだ。
『彼等は金を見せれば何でもしますよ。なに、失敗したら殺せばいい。だって、元は悪人だもの』
簡単に言えば捨て駒だ。使い捨てのクズ、使い捨てのゴミ。金さえ払えば殺人までしてくれる便利な駒。そういった経緯もあって、ここゲスマン侯爵領に住み着く傭兵達には毎日のように国内貴族から依頼が届く。
「身分証を」
ゲスマン侯爵領地である要塞都市ゲスマン内、都市の北側――北区にある高級街。道にゴミ一つ落ちていない、建ち並ぶ建物はしっかりとしたコンクリート製、エリア内を歩く人々は高級服に身を包んだ者達ばかり。悪の傭兵共が暮らす街の中でも特別整った区画だ。
この高級街の入り口にある検問所で身分証の提示を求められたのは銀行強盗を行った男女だった。
二人は大人しく懐から身分証を取り出す。名前と住所が掘られた銀のカードだ。
「リュカ」
身分証を受け取った憲兵隊員はエルフ女性の顔を見ながら名を読み上げ、隣に立つ書記官が木のボードの上に張り付けたリストに現在時刻と彼女の名を書き加える。
「ジーク」
次に読み上げたのは鎧男の名だ。2人の名を記入し終えると憲兵隊員は「通って良し」と口にしながら、開放されたゲートへの道を譲る。
憲兵隊員総勢30名で警備されるゲートを通って高級街へと進入した二人が目指すのは、高級街の中でも一番宿泊料金が高い高級宿だ。
宿の受付で依頼主の名を告げると宿の係員がご機嫌伺いをしに向かった。数分ほど待っていると、依頼主の従者と共に戻ってくる。二人は従者に連れられて、今回の依頼主が宿泊する部屋の中へ通された。
「やぁ。終わったようだね」
部屋の中にいたのは優しそうな笑みを浮かべる白髪の老人。ニコニコと笑ってはいるものの、二人は決してこの老人に対して油断しない。
何故ならこの老人はローデッド王国の貴族。笑顔の下でどんなクソッタレな考えを浮かべているのか分かったもんじゃないからだ。
「銀行の金と本命を奪ってきました。あと、指定された人物の殺害も」
鎧男――ジークが告げると老人は「ホホホ」と笑い声を上げた。
「ああ、知っているとも。あの領地で発行される新聞を取り寄せてね。君達には感謝しておるよ」
そう言う老人は部屋の壁を指差した。指の先を目で追うと、壁には額縁に入れられた新聞記事が飾られているではないか。
「どうしてあの二人を殺害するよう依頼したか聞きたいかね?」
「いや、結構」
老人の問いに間髪入れず否定するジーク。すると、老人は更に笑みを深めた。
「なるほど。評判通りだ。君達に依頼して本当によかった」
老人は頷きながらテーブルの上に置かれたバッグを手に取る。大量の札束の間に挟まっていた茶封筒を取り出し、詰まった金はそのままにしてバッグを二人の方へと押し返した。
「これはボーナスだ。取っておきたまえ」
どうやら奪った金は二人に与えるらしい。依頼金も破格であったが、それに加えて強奪した金までくれるという。だが、この老人は金になど最初から関心など無かったのだろう。
本命は例の2名殺害と茶封筒の中身。これだけに違いない。
老人は茶封筒の中身を出すと少しだけ眉を潜ませた。中身は白黒の写真で写っている内容は「一人の女性と複数人の男性が致している姿」であった。
「まったく、女王陛下のヤンチャにも困ったものだ」
そう、写真に写っている「一人の女性」はローデッド王国女王であった。彼女が旅行の最中に行った「やんちゃ行為」が写真に収められ、老人はそれの回収を命じられていたようだ。
ただまぁ、二人も驚きはしない。この国の女王は頭も行動も非常に「ブッ飛んでいる」からだ。
「依頼料は傭兵組合を通して振り込んでおこう。君達の名は覚えておくよ。また何かあったら依頼しよう」
「どうも。それでは」
むしろ、二人の感想としては「覚えておくな」だろうか。誰だって国の重鎮らしき老人に使い捨てにされる未来など望みはしない。
早足で部屋を出た二人はその足ですぐに高級街から出て行った。ゲートを潜り、庶民街に戻るとエルフの女性――リュカは猫のように体を伸ばす。
「あー、疲れた。おい、ジーク。飯食おう、飯」
「賛成だ」
リュカはサングラスを胸ポケットに差し込み、大きな欠伸をしながら庶民街を歩き出す。その隣を歩くジークは「何を食う?」と問うた。
「ダンジーの店でいいだろ」
馴染みの店を指定したリュカは両手をショートパンツの尻ポケットに突っ込んで、ゴミや浮浪者が道の端を占拠する庶民街を東に向かって進み出した。
先ほど厳重な警備が敷かれた高級街と違って『庶民街』と呼ばれる東西南エリアは衛生状況もよろしくない、謂わばゴミ溜めのようなエリアである。建ち並ぶ店や住居も木造が多く、外観は汚いしボロボロで痛みが出ているものばかり。
道の端にはゴミが至るところに落ちているし、ボロを着た浮浪者が廃屋の壁に背を預けて座っていたり、気の立った猫のような目つきをした子供達が財布を盗めそうなカモを探していたり。
今にも崩れそうなボロ商店の間にある小道の奥からは「死ね!」「金を返さないからだ!」と裏組織の構成員が叫び声を上げ、悲鳴に似た泣き声と打撃音が微かに聞こえる。
裏組織と何かの問題を起こした者の死体が『見せしめ』や『晒しもの』として転がっているのも日常茶飯事だし、街のルールを知らぬよそ者が傭兵達に追っかけられているのもいつも通りだ。
とにかく、庶民街は汚らしい無法地帯という言葉がよく似合う。
不衛生で、欲望に塗れ、悪の全てが詰まっている街。これが要塞都市ゲスマンの本当の姿。ここで生き残れる者はどこに行っても生き残れると言われるほど悪意に満ち溢れている。
そんなゴミ溜めを歩く二人は東エリアに到着した。馴染みの店に向かって歩いていると、ブカブカの洋服とハンチングを被った少年が路地から姿を現わした。
「あ、リュカにジーク」
「おう」
「どうした、ガディ」
ジークにガディと呼ばれた少年は二人に歩み寄る。まだ年齢的には10歳かそこらで、二人と身長差のあるガディは二人の顔を見上げながら口を開いた。
「ノーティアスが二人の事をダンジーの店で喋ってたよ」
そう言うガディの顔にはニヤニヤと馬鹿にするような笑顔があった。
「へぇ。どんな話だ?」
「リュカはいつか俺の女になる。ジークの野郎はナニまでマキナ化してるってよ」
リュカが問うとガディはノーティアスという傭兵が言っていた事をペラペラと喋り出す。
彼は美人なリュカをモノにすると前々からほざいていたが、当の本人からは全く相手にされていなかった。
どうやら自分が相手にされないのはリュカの横にいつもいるジークのせいだと言っているようだ。発言の中にあった『マキナ化』というのは半機械化人間の略称だ。ジークのように体の一部が欠損し、機械で人体を補う者をマキナと呼ぶ。
酔っ払ったノーティアスはジークを侮辱する言葉と根も葉もない噂を並べて、それを大声で風潮していたらしい。
といっても、ノーティアスは傭兵として三流もいいところ。名の売れたコンビであるリュカとジークとは比べ物にならないほどの小物だ。
ノーティアスの名が知れ渡っているのは傭兵としてではなく、悪酔いする酒飲みとして有名なだけなのだが……。一体どうして大口を叩く事になったのか。
「そろそろ手を打った方がいいんじゃない? 二人の評判に響くよ――あたっ!」
「うるせえ。テメェが偉そうに言うんじゃねえよ」
ニヤニヤと言うガディの額にリュカはデコピンを一発。子供らしい声を上げて額に手を添えるガディだったが、涙目になりながらも片手をジークに伸ばした。
「抜け目のないガキだ」
ジークはガディの小さな手の上に千ローデッド札を置いた。毎度の如く、これは立派な情報料であるとガディは言うだろう。
「ヤツはダンジーの店で飲んでるぜ! じゃあなー!」
札を握り締めたガディが去って行き、彼の背中を見送った二人は店に向かって再び歩き出す。食事の他に別の用事も出来てしまったからには、店を変える理由もない。
二人は目的地であるダンジーが経営する酒場に到着すると、入り口にあるスイングドアを押して中に入った。
来客の到来にマスターであるダンジーはカウンターの中でグラスを磨きながら視線を向ける。例の二人であると知ると、リュカとジークに見えるよう露骨に大きなため息を吐き出した。
二人はダンジーのリアクションを見ながらも、黙って酒場の中央に並ぶテーブルへと向かう。足は真っ直ぐ『酔っ払いノーティアス』に向かっており、未だ二人の姿に気付かないノーティアスは下品な笑い声を上げ続けていた。
「よう、ノーティアス。ご機嫌じゃねえか」
「ああ? リュカか。どうした? 俺の上に跨りに来たのかよ?」
ノーティアスが足を乗っけるテーブルに辿り着くと、ニコリと笑うリュカはノーティアスの対面に座った。
彼はチラリとジークの姿を確認したが、それでもニヤニヤと笑い続けてリュカの体にいやらしい視線を向けながら酒を呷った。
「急にデカイ口を叩くようになったじゃないか」
リュカの横を通りすぎ、椅子に座るノーティアスを見下すジーク。すると、相手は「ハッ。マキナ野郎の登場だ」と鼻で笑った。
「よう、クソマキナ野郎。お前こそあまりデカイ口を叩かない方がいいぜ?」
「ほう?」
鼻で笑うノーティアスは腰に下げていたホルスターの中からとある物を取り出してジークに向ける。彼が取り出したのは旧文明時代に開発されたというアーティファクトだった。
「見ろよ。アーティファクトだ。コイツのおかげで俺は最強ってことよ」
彼が手に持つアーティファクトは鉄で出来た筒だった。知る者が見ればそれを『銃』と呼ぶだろう。
所々が錆びているが、どうやらアーティファクト自体は機能するようだ。ノーティアスは既に使い方を知っているらしく、撃鉄を親指で起こして銃口をジークの頭部へ向けた。
有名な傭兵や軍人、英雄と呼ばれる存在もアーティファクトのおかげで成り上がった者も多い。有名な話であるし、それを手に入れたノーティアスが調子に乗るものも当然か。
だが、銃口を向けられたジークは態度を変えなかった。むしろ、指をクイクイと動かして彼を挑発する。
「そうか。ならば撃ってみろ。酔っているからって外すなよ」
アーティファクトとは大体の物が絶大な効果を秘めており、一つの
しかし、ジークはアーティファクトという単語が出ても一切臆さなかった。相棒であるリュカも黙って見守るだけだ。
「ヘッ! 死にたがりがよォッ!」
ノーティアスは容赦なく引き金を引いた。銃口から飛び出した金属製の弾はジークの頭部に向かって行き――カツンと音が鳴った。
鳴った音の原因はジークが被る兜を貫いたからじゃない。弾かれたからだ。当事者達も周囲で成り行きを見守っていた者達も、揃って銃弾の行く先を目で追う。
弾かれた弾はジークの真横に飛んで行き、隣の席で魔獣肉のステーキを食べていた男が持つフォークに当たった。フォークと刺さっていた肉が弾け飛び、テーブルの上にはステーキソースと千切れた肉片が散る。
「おおう!?」
フォークに当たった衝撃で男が驚くも、弾は次の位置へと飛んでいく。
次に弾が向かった先は、ステーキを食べていた男の更に隣。テーブルに座りながら酒を飲んでいた男の元だ。ただ、彼は運が悪かった。
「ぎゃああ~!?」
トイレに行こうと立ち上がった瞬間、彼の胸に銃弾がヒット。流れ弾が心臓を貫き、男はその場で絶叫しながら絶命した。
といっても、立ち上がらなかったとしても体のどこかには当たっていただろう。この席に座った時点で哀れな男は今日が命日であると決まっていたのだ。
「あー……」
「あーあ」
見守っていたギャラリーとリュカは口から「なんとも言えない」と言ったような声を上げ、当事者であるジークとノーティアスは言葉すらも出なかった。
誰もが弾の行く先を追っていたものの、今では床に沈んだ男の死体に釘付けた。
ノーティアスがどういった経緯で『アーティファクト』を手に入れたかは不明であるが、どちらにせよ彼の立場は危ない。なんたって喧嘩を売って、買われて、殺そうとしたら殺せなかったのだ。
「アホウめ」
ジークの放ったこの一言に尽きるだろう。彼は腰からマチェットを抜くと、未だ自分の顔に向かって伸びていたノーティアスの腕に向かって振り下ろす。
「ぎゃああああッ!!」
マチェットの刃が彼の肘から先を一刀し、ノーティアスは悲鳴を上げた。
切断された腕は床に落ち、切断面からは大量の血が噴き出す。
「良かったな。これでお前もマキナだ」
マチェットに付着した血を振り払い、床に崩れ落ちたノーティアスを見下しながら告げるジーク。
周囲からは『自業自得』『とんだ大馬鹿者』などという感想と共に笑い声と「ちゃんと掃除しておけよ!」というダンジーの叫び声が酒場に響く。
「さて、終わったし飯食おうぜ。おう、ノーティアス。床とあの死体は片付けておけよ」
リュカは椅子から立ち上がると、床に這いつくばるノーティアスの脇腹を蹴飛ばした。なんとも酷い追い打ちだ。さすがに同情して……しまうような聖人はこの街にいない。悲しいが、これがこの街の現実である。
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