異世界アウトロー ~怪しい女からの依頼編~

とうもろこし@灰色のアッシュ書籍化

第1話 異世界銀行強盗

 とある国のとある領地。名を語るほどの価値もない、平和な国にある土地に領主が運営する銀行があった。


 領民の金を預かってそれを元本にしながら経済を……と、そんな小難しいシステムは省いておこう。


 とにかく、銀行には窓口対応の女性従業員数名と支店長が建物の中にいた。彼等はいつも通りの日常を今日も送れると思っていただろう。


 だが、今日は違う。


 来店を告げるドアベルが鳴った事で従業員達は入り口のドアへと視線を向けると、珍しい恰好をした男女が窓口に向かって向かって来る。


 女性の方はエルフのようで長い耳が特徴的。長い金髪をポニーテールにして、顔にはサングラスを掛けていた。服装はノースリーブの白いシャツ。それに黒色のショートパンツと茶色のロングブーツ。


 服装はありふれた物であるが、身に着けている本人が問題だ。エルフという珍しい種族は非常によく目立つ。


 もう一方の男性は更に特徴的だ。全身真っ黒な金属製の鎧のような防具で身を包み、頭部に装着した兜は竜を模したような形をしている。その上に毛皮のコートのような物を羽織っていた。


 男性の全身に目を奪われるが、従業員達がそれ以上に驚いたのは男性が手に持つ物だろう。


 片手にはやや大きめのサイズである手持ち鞄が2つ。もう一方の片手には血塗れのマチェット。マチェットから滴る新鮮な血が大理石で作られた床を汚し続ける。


 さて、この男女は一体何者なのか。聡い者であればすぐに気付いただろう。


 男女は窓口で取引をしていた客を押し退け、鎧男が片方の鞄をカウンターに置いた。そして、エルフの女性が口を開き、こう言うのだ。


「このバッグに金を詰めな」


 なんとも典型的なセリフだ。この一言で、この男女が銀行強盗であると気付かされる。


「妙なマネはしない方がいい」


 兜を被っているせいか、男性の声は少し籠っていた。竜を模した兜にある目の部分は色ガラスがはまっているのか、赤色に光輝いていた。


「ヒッ!?」


 女性従業員は初めての「銀行強盗遭遇体験」に恐怖した。体が強張り、目の前にいる男女から目が離せない。


「おい、聞こえなかったのか? さっさと金を詰めろってんだ!」


 エルフの女性は従業員女性に対して怒声を上げた。更には、手の平に魔力の塊を生み出す。それを壁に向かって投げると、壁は破裂音を発しながら抉れてしまう。


 私達に逆らうとどうなるか。銀行員達が従順になるようにデモンストレーションしたのだろう。


 銀行員達は勿論の事、銀行内にいた客達は一斉に悲鳴を上げた。客達は死にたくないとばかりに店から飛び出して行くも、銀行強盗である男女は客を見送るだけで止めようとしなかった。


「オラッ! 金を詰めろ!」


「は、はい!」


 本気だとようやく認知したのか、従業員達はカウンターの下から札束を手に取ってバッグの中へと詰め始める。


「よう、別件は頼むぜ」


「ああ」


 エルフの女性は金を詰める者達を監視しながら、鎧男に向かってそう言った。すると、鎧男は持っていたバッグをエルフに預けるとカウンターを乗り越えて進入する。


 靴底から金属音を鳴らしながら向かった先は、金庫室の中へと続く分厚い鋼鉄製の扉だ。


 鎧男がハンドル型のドアノブに手を掛けて回そうとするもドアノブは回らない。 


「き、金庫室は専用の鍵が無ければ開かないぞ!」


 それを見ていた支店長が顔からズレたモノクルの位置を直しながらそう叫ぶ。まぁ、当然のセリフだろう。常時解放されている金庫室など魔獣のクソより価値がない。


 鍵の在りかを知るのは支店長と領主のみ。では、目の前にいる彼に在りかを吐かせればよいか。


 ノンノン。鎧男にはもっと単純で早い方法を知っている。


 鎧男は分厚い鋼鉄製の扉の縁を片手で掴むと思いっきり引っ張った。


「何を馬鹿な……」


 支店長が漏らした言葉も最もだ。鍵が無きゃ開けられない。人の力では開けられない。だからこそ、金庫の中に貴重品を入れておける。簡単に開かないからこそ金庫なのだ。


 ましてや片手で開けようなどと愚の骨頂。あまりにも学が無いと失笑する支店長であったが、次の瞬間には分厚い扉から「ギギギギ……」と音が鳴り始めた。


 その次は「ガチンガチン」と扉の中にある鍵の構造部分が破裂する音。破裂音が鳴り終わると、分厚い扉がゆっくりと開いていく。


「嘘だろ……」


 鎧男の人とは思えぬ怪力に唖然とする支店長。鎧男が完全に金庫の扉を開け放つと、中には番号付きの引き出しがいくつもあった。


「89、89、89……」


 鎧男は引き出しに刻まれた番号の中から『89番』を探し始める。該当の番号が刻まれた引き出しを見つけると、またもや強引に引っ張って引き出し型の貸金庫を無理矢理開け放つ。


 引き出しの中にあったのは茶色い大きな封筒だった。


「あったか?」


「ああ」


 エルフの女性が問うと、鎧男は封筒の中身を覗き込んでから返事を返す。どうやら目当ての物は見つかったようだ。


「お前達、こんな事をしてタダで済むと思うなよ!?」


 支店長は鎧男に向かって「ここは領地が運営する銀行だぞ。バックには領主がいるんだぞ」と言わんばかりに睨みつけた。


「どうなるんだ?」


「え?」


 睨み顔を見た鎧男は支店長に顔を向けて問う。ハッキリと口にしてみろ、と言うが支店長の顔には「言ったら激昂して何をされるか分からない」と戸惑いがあった。


 だが、表情で語ってしまっているのだ。もう遅い。


「こうか?」


「ムゴォォォッ!?」


 鎧男は空いている左手で支店長の顔を掴んだ。ギリギリと万力のように握り締め、そのまま支店長の頭を壁に叩きつける。


 叩きつけられた支店長の頭部は潰れたトマトのように粉砕し、壁に大量の赤い跡を残しながら床にベチャリと落ちた。


「キャアアアッ!?」


 女性従業員達の悲鳴が上がった。なんとも惨い光景だ。


 だが、安心してほしい。この支店長は利用者の預金額から一部横領して風俗で豪遊するような男である。


 先日も街にある風俗でお気に入りであるプレイガールの胸の谷間に札束を突っ込んでいた。突っ込んだ金の持ち主は今年で70になる老人の金。老人が家に金は置いておくのは怖いと銀行に預けた金である。

 

 まさか老人も銀行の金庫に保管されるんじゃなく、プレイガールの谷間に入金されているなど思ってもみないだろう。


 それはさておき、たった今頭部が弾けた男は死んで当然とも言える人間なのでどうか安心してほしい。


「ようし。金は頂いたし、依頼のブツも手に入れた。帰ろうぜ」


「ああ」


 エルフの女性は金の詰まったバッグを持ち上げてアピールする。サングラスを掛けた顔にある口元は「ニヤッ」と吊り上がり、鎧男は言葉少なく頷きを返した。


「仕上げは頼む」


 鎧男が金の入ったバッグを受け取って、詰まっていた金の間に封筒を押し入れた。


 その間、エルフの女性はもう片方のバッグから赤い筒のような物がくっついたベストを取り出す。


「よっし。おい、そこのお前。カウンターの外に出ろ」


 エルフの女性は一人の女性を指差した。厚化粧をした金髪の女性だ。彼女にカウンターから出て近くに寄れと命じる。


 体を震わせながら近寄って来た女性に赤い筒がくっついたベストを着せ、バッグの中にあった荒縄を取り出すと背中側で両手を縛る。


「あの、これは……」


 声を震わせながら問う厚化粧金髪女。だが、エルフの女性は「ニヤッ」と笑ってこう言った。


「安心しな。カレピッピの元に行けるぜ」


 最後にエルフの女性は厚化粧金髪女の肩をポンポンと優しく叩く。


「それじゃあ、良い週末を」


 エルフの女性と鎧男は銀行の裏口から外に出て行った。


 中に残された従業員達は銀行強盗が去ると、慌てて外に飛び出す。先頭を走るのは両手を縛られた厚化粧金髪女だ。彼女達が外に飛び出したタイミングで騒ぎを聞きつけた街の憲兵隊が姿を現わした。


「強盗は!?」


「金を奪って裏――」 


 厚化粧金髪女が髪を振り撒きながら叫び声を上げるが、その途中でベストにくっついていた赤い筒が「ピー」と音を鳴らした。


 瞬間、赤い筒はドカンと破裂。爆発範囲はかなり絞られていたのか、大きな被害を受けたのは……というよりも、爆発四散したのは厚化粧金髪女だけだった。


 周囲にいた他の女性従業員、憲兵隊共に爆発の衝撃で転んだ程度。それと爆発四散した女の肉片が体に付着したくらいだろうか。


 ああ、なんと酷い有様だ。だが、安心してほしい。


 この女性は死亡した支店長のオンナだ。彼女もまた横領した金で宝石やら高級服を買い漁っていたような者である。カレピッピだった支店長同様、死んで同然の人間だ。


 それは置いておき、翌日になるとこの領地内で発行される新聞には「銀行強盗発生!」と大々的な記事が掲載された。


『大量の金が盗まれる! 被害者は支店長と女性従業員1名!』


『まだもやローデッド王国民の仕業か!?』


『悪行三昧の国の国民に領主様もブチギレか!?』


 などと書かれていたという。

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